第68話 応援団

 ホワイトデーを直前に控えたある日、圭太は涼介にターミナル駅に呼び出されていた。気が進まなかったが、いいから来いと言われれば断ることができない。待ち合わせのファーストフード店に行ってみると涼介だけでなく、前川先輩もいた。二人の仲睦まじい様子に更に気分がどんよりする。


「合格おめでとうございます」

 それでも圭太は一応礼儀として、志望校へ合格した前川先輩へのお祝いを述べた。

「ありがとう」

 そういう前川先輩は以前より色っぽさが増している。


 涼介の向かいの席に座りながら、圭太はダブルデートのことを思い出していた。横に宇嘉がいればどれだけ良かったことか。失ったものの大きさを悔やみながら、用件を聞こうと口を開きかける。すると圭太の横の席に乱暴に座る人がいた。驚きながら横を向くと前川先輩に負けない乳が目に入る。市川冴子だった。


「お。え?」

 変な声を出す圭太だったが、涼介はごく自然に口を開く。

「これで、全員揃ったな」

「何が全員なんだ?」


 いぶかし気な声を出す圭太に前川先輩が明るい声を出す。

「宇嘉ちゃんを応援する会よ」

 さらにハテナマークが増えただけの圭太に涼介が宣言した。

「お前たちに何があったのかは聞かない。だけどなあ。これからどうするかについては意見させてもらおうってんだ」


「意見?」

「そうだ。あんないい子はいないぞ。胸が多少慎ましやかだがそれがなんだ?」

 涼介の口から今までの人生を否定するようなセリフが出る。前川先輩も胸のことは余計よ、と言いながら頷いていた。


「お前の腑抜けぶりを見れば未練たらたらなのは一目瞭然。だから余計な世話を焼こうというのさ。意地を張らずに会いに行けよ」

「何を勝手なことを」

 抗議する圭太に市川が鼻を鳴らす。


「相変わらず女々しい野郎だな。自分の気持ちに正直になれよ」

「うるさい。そんなこと言ってもどこにいるかも分からないんだよ」

「やっぱりそうか」

「宇嘉ちゃんのいる場所なら分かってる」


 自分が知らないことを皆が知っているという事実に落ち込む圭太を前川先輩がフォローした。

「別に宇嘉ちゃんが私達だけに教えたってわけじゃないの。居所が分かったのは市川さんのお陰よ」


 市川は面倒くさそうに話しだす。

「宇嘉ちゃんが居なくなったのはあのバカ白鳥が絡んでると思って締め上げたんだ。最初は知らないとかほざいてたが、宇嘉ちゃんが校則で禁止されているバイトしていることをネタにして脅迫してたのを白状したのさ」


「知らなかった……」

「で、その証拠写真を見たら、京都のとある神社で撮ったものだったんだ。まあ、その件は決着してるんで直接は関係ないことが分かったんで、その件は忘れてたんだけどさ。先週この二人に会うまでは」


「そう。先週偶然会ってね。宇嘉ちゃんのことが話題になったの。その時にその話を聞いて。まあ、論より証拠ね。これを見て」

 促されて涼介がスマートフォンを差し出してくる。巫女姿の宇嘉が写っていた。どことなく寂しげな表情だが見間違えようがない。


「そんな昔のバイトしてた話がなんだってんだよ?」

「いいから日付を見ろよ。このどっかの誰かが、すっげえ美人の巫女さんがいるとSNSにアップしたのは先週なんだぜ」

 圭太はスマートフォンの画面を凝視する。


「そうだ。宇嘉ちゃんは今、京都にいる」

「ああ」

「ああじゃねえよ」

 市川が圭太の胸倉をつかむ。


「宇嘉ちゃんにこんな顔をさせやがって。いつまでそのケツを椅子の上に置いておくつもりだ。とっとと会いに行きやがれ」

 市川に揺さぶられて圭太は首をぐらぐらさせる。

「いいか。2度とこんな顔を彼女にさせるんじゃない。次やったらぶっ飛ばす」

 市川はそれだけ言うと手を放して足を踏み鳴らして出て行った。


 圭太の前にすっと封筒が差し出される。

「俺とさやか先輩からだ。次の新幹線で会いに行け」

「え?」

「遠慮するな。気になるんだったら、俺達への祝儀を弾んでくれればいい。もちろん、二人で出席してな」


 寄り添う涼介と前川先輩が圭太に笑いかけた。

「まあ、今すぐじゃないけどな。式の招待状を送るときに変な気遣いをしたくねえんだ。まあ、人の好意は黙って受けろよ」

 圭太の胸に暖かいものが溢れる。


「ありがとうございます」

 圭太は立ち上がると封筒をポケットに突っ込む。

「いい顔だ。行ってこい」

「頑張ってね」


 圭太はその足で駅に向かい、東京駅から新幹線に乗った。車内での2時間ちょっとみんなへ感謝しながら自分の感情を整理する。京都駅で降りてタクシーに乗った。贅沢かなとも思ったが、初めての場所でよく分からない。なんとなく1分1秒を争うような気がして、もどかしげに行き先を告げる。


 目的地についてタクシーからを降りると境内に入って行った。休日だともっと人出があるのかもしれないが、まだ底冷えのする3月半ばの平日ということもあって人影はまばらだ。涼介に送ってもらった写真を元に宇嘉が写っていた場所を探す。道を曲がったところで圭太の心臓は跳ね上がった。


 冬晴れの空にも関わらず朱塗りの鳥居もくすんで見えていたのが、50メートルほど先のそこだけが光が当たったように輝いていた。

「宇嘉っ!」

 後先考えずに圭太の口から言葉が飛び出す。


 その言葉にはっと立ち止まった宇嘉が周囲を見渡し圭太の姿を発見する。白い顔にぱっと血が差したがくるりと向きを変えると奥の方へと走っていった。

「まって!」

 圭太は夢中で宇嘉のあとを追いかけた。


 坂や階段を宇嘉はまるで空を飛ぶように駆けていく。圭太は夢中でその後姿を追いかけた。自分を避けようとする姿を見て心がズキンとしたが、そんなことで諦めるわけにはいかない。この3か月もの間、ずっと言えなかった言葉を伝えなければならないのだ。


 このところ塞いで家に閉じこもり気味だったのですぐに足にきた。息も上がり鉛のように重くなった足は思ったようには動かない。どんどん宇嘉の後ろ姿が遠くなっていってしまう。ぜーはーと息を切らして走る圭太を何事かと見る周囲の人々の視線も気にせず、一生懸命に走っていた圭太だったが四つ辻でついに宇嘉の姿を見失った。


 はあはあと息を切らし顔から湯気を立ち上らせながら、圭太は三方を見渡す。ここを逃したら2度と会えないということが本能的に分かっていた。目に入った汗をぬぐう。ぬぐわなければいけないのは汗だけではない。不覚にもこぼれる涙が地面に小さな染みを作った。 

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