第69話 相思相愛、そして
よろよろと歩みを進めた先に人の気配はなく、圭太はがっくりとうなだれる。
「宇嘉。宇嘉」
そんな圭太の肩を誰かがポンと叩いた。びっくりして顔をあげると見事な銀髪が目に入った。
「石見さん?」
石見は返事もせずに圭太の手をつかんで走り出す。心臓が口から飛び出しそうだったが圭太は歯を食いしばって耐えた。しばらく走っていき、もう駄目だと思ったその時に黒髪と金髪がもつれ合うようにして争う姿が目に入る。
宇嘉が山吹の首をぎゅうぎゅうと締め上げていた。山吹は半分白目をむきながらも宇嘉の腕をつかんだ手を放そうとしない。宇嘉は振り返って石見が圭太を案内してきたのを見ると更に腕に力を籠める。途端に頭の上から三角の耳が生え、尻尾がぴょこんと着物の下から飛び出した。
山吹を振りほどくのに成功した宇嘉を見て石見が圭太の腕をつかんで思い切り投げる。5メートル近い距離を飛んだ圭太は宇嘉の体にしっかりと抱きついた。まだ息が上がって声が出ない圭太を力づくで引きはがそうとする。圭太は万感の思いを込めて宇嘉の唇に唇を重ねた。
宇嘉の目が見開かれ、拒絶しようとした手は力なくだらりと下がる。その間、圭太の手はしっかりと宇嘉の体をホールドしていた。呼吸が苦しくなって口を離す。息が整うまで宇嘉の首筋にかじりつくようにして強く強く抱きしめる。
「ちょっと。圭太。苦しいわ」
圭太は慌てて少し力を緩めるが決してその手を宇嘉から離そうとはしない。まだ息が上がっていたが無理やりに話し出す。
「う、宇嘉。俺は君のことが好きだ。君しか考えられない。だから、だから……」
「嘘はやめて」
「嘘じゃない。本当だよ」
「だって、私は……。この姿を見て何も思わないの?」
圭太はつばを飲み込んで呼吸を整える。
「最高じゃないか!」
「え?」
圭太は手を伸ばして宇嘉の尻尾をなであげる。宇嘉の体に押し付けられていた圭太の体の一部がたちまちのうちに硬直した。
「ああ。すばらしい」
圭太は恍惚とした声を出す。
宇嘉は体をもじもじさせた。しっぽからじわりと這い上がってくる感じに声が浅くなってしまう。
「はあ。圭太。もう、こんな」
今度は宇嘉が夢中で圭太の唇に自らのものを重ねた。
「へ、変態だー」
手で顔を覆ってはいるが指の隙間から二人の様子をしっかりと見ていた石見が我に返る。先ほどまで失神していた山吹が息を吹き返し、顔にニヤニヤ笑いを張り付けていた。
「ねえ。あれって」
「そういうこと。圭太さまってケモナーだったんだ」
完全に二人の世界に入っているのを呼び戻すために山吹がわざとらしい咳払いをする。
「あー。お嬢様。さすがに初体験が青姦とか、このアタシでもドン引きなんですけど」
はっと我に返った宇嘉の耳の付け根まで真っ赤になる。圭太の顔いろも似たり寄ったりだった。
恥ずかしさのせいか宇嘉の耳と尻尾も消えてなくなっている。
「ば、馬鹿なことを言わないで。こ、これは、圭太が苦しそうだったから人工呼吸をしていただけです。そうよね。圭太?」
両肩をつかまれて揺さぶられた圭太は首をがくがくさせる。
「へーえ。人工呼吸ですかあ。私はあんな濃密な……」
ごがっ。山吹の後頭部を握りこぶしで殴打した石見が反対の手に持ったスマートフォンを振って見せる。
「圭太さまはお疲れのご様子です。どこかゆっくりお休みになれるホテルをお取りしますか?」
「そ、そうね。きちんと一度お話をしなくてはならないですね。石見。部屋をお取りして」
「はい。かしこまりました。その間にお召しものをかえては?」
「そうね。行きましょう」
スマートフォンを操作していた石見が顔を上げる。少し離れたところで圭太が身振り手振りを交えて一生懸命に話をしていた。それを大人しく聞きながら歩いていく宇嘉の姿が見える。
「あいててて」
後頭部を押さえながら山吹が立ち上がった。
「どうやら仲直りは上手くいったみたいね」
「余計なことを言ってぶち壊しにしないでよ」
「はいはい。私はもうしゃべりませーん」
山吹が口をチャックで閉じる真似をする。
「まあ。本気のお嬢様をよくあれだけ抑えておけたのは凄いと思うわ。二人をホテルに送り込んだら、私がおごるわよ」
無言で万歳をして喜ぶ山吹を横目に、石見はホテルへ電話をかける。
「あ。すいません。本日エグゼクティブスイート空いてますか?」
その日、京都は晴れわたった空からさあっと一陣の雨が通り過ぎて、綺麗な虹が彩った。
***
ギシギシ。アンアン。
無言で壁をドンと叩く。超絶的にイライラしていた。アパッチの機首の下に230mmチェーンガンを装着するという神経を使う作業中。全くあの両親ときたら。ため息が漏れる。子供の部屋の隣でここまで盛り上がれるのか? 引越ししたばかりの家で壁が薄いのに気が付いていないのかもしれない。
壁ドンが効果を現したのか、しばらく静かになって、チェーンガンの接着に集中しようとするが、すぐにまた聞きたくもない効果音が聞こえ始める。ため息をついて、自分もベッドに入ることにした。明日からは新学期だ。通学途中に待ち伏せもしなければならない。耳栓をして枕に頭を預けたがなかなか寝付けなかった。
「お早う」
「さえちゃんお早う」
「おはようございますお嬢様」
「ご機嫌はいかがですか? お嬢様」
4人に挨拶されて不貞腐れた顔の前川さえはぶつくさと文句を言った。
「誰かさん達のせいで寝不足なんですけど」
「あらまあ大変」
「そんなことで新学期そうそう大丈夫か?」
全く罪の意識のない両親だった。プラモ作りが趣味というおよそ女子高生らしからぬ娘に余計なことは何も言わないし、子煩悩なのはいいとして、この態度はさすがに頭にくる。さえは芳紀15歳に似合わぬ声を張り上げた。
「誰のせいで眠れなかったと思ってやがる。お前らが夜遅くまでハッスルしたせいじゃねーか!」
ぶるぶると指を震わせて突きつけた圭太と宇嘉はお互いの顔を見合わせる。
「だって。せっかく新居に合わせてベッド新調したんですものね」
「ちょっとスプリングが効きすぎだったかもな」
更に言いつのろうとするさえだったが、石見と山吹がとりなした。
「まあまあ。今日は新学期ですし」
「早くしないとカレが通り過ぎてしまいますよ」
愛娘のさえが一目ぼれした相手のマンションの隣に新築の家を建てて引っ越すという荒業をかました圭太と宇嘉なのだった。
「帰ったらきっちり話をするからな。覚えておけよ」
さえは食パンを口にくわえながら玄関に向かって元気よく駆け出す。鞄を持って追いかけながら山吹が石見にぼやいた。
「なんかすごいデジャブを感じるんだけど」
「珍しく意見が一致するわね」
無事に門前でお目当ての彼に押し倒されることに成功したさえを見届けてダイニングに戻ってきた山吹と石見は、そこで見つめあう2人を発見して嘆息する。
「なんかあの頃やきもきしたのが馬鹿らしくない?」
「まあいいじゃない。それより早く洗濯もの片付けて、学校の様子を監視しなきゃ」
手下2人がそそくさと出てくのを見て、宇嘉は圭太をソファに誘う。
「圭太。愛してる」
「宇嘉。俺もだよ」
二人の影が重なり合ってクッションに沈み込んでいった。
-完-
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