第58話 報復

「1日だけまってやる。キリっ。こんな感じだったわよ。バッカじゃないかしら」

 宇嘉は怒り半分、疲れ半分という感じで、手下二人に憤懣をぶつける。それからぶるっと体を震わせた。

「それで私の体をやらしい目つきで眺めて気持ち悪いったらありゃしない」


「それは残念でしたね」

 当たり障りのない返事をする石見。

「どうせエッチな目で見られるなら圭太様の方がいいですよねえ」

 誰の発言かは言うまでもない。ピントがずれた返事だったが意外にも宇嘉の反応は悪くない。


 ぽっと頬を染めたかと思うと腰のあたりをもじもじさせる。

「ちょっとぉ、変なことを言わないで」

「あ。想像しちゃました? 圭太様にスケベな目で見られるところ? ひょっとして濡れ……」


 石見が山吹の頭をつかむと親指と中指で両ほほを押さえてしゃべれなくする。

「ひょっひょひゃにひゅんひょひょ?」

「余計なことを言うと話が進まないでしょ。それにお嬢様の抑えが効かなくなったら、ちゃんとあなたが鎮めなさいよ」


 まだ顔を赤らめたまま宇嘉が息を整える。

「大丈夫です。それじゃ話を戻しましょう。あのバカ男ですが、そろそろ鬱陶しくなってきました。別に就職先が無くなろうが、圭太に永久就職するつもりなので問題は全くないのですが、停学なり退学となれば圭太との楽しい学校生活が送れなくなってしまいます」


 瞳に暗い怒りの炎をたたえた宇嘉は冷たい声で言葉をつづけた。

「実害がないので放置していましたが、これ以上、私の恋路の邪魔をするというなら考えなくてはならないですね。馬鹿は際限を知らないので困ったものです。自分が誰を相手にしているかということも分からないなんて」


「では、殺ってしましますか?」

 さらっと物騒なことを言ってのける石見である。あごに手を当ててちょっと考えた宇嘉はにこりとほほ笑んだ。

「そうしたいのはやまやまですが、人が一人消えたとなると平穏な学校生活が崩れそうです。それも困るわね」


「事故を装えば問題ないかと思いますが。馬に蹴られるとか」

 あくまで自説にこだわる石見を宇嘉はたしなめる。

「恋路を邪魔する者の末路としては妥当ですが、命を取るのは許してあげましょう。他の方法で上手くいかなかったら、その時改めて考えます」

「では、他の方法といいますと?」

「そういうのは山吹の方が得意でしょ? えげつない方法を考えるのは?」


「やだなあ、お嬢様褒めないでくださいよ。そんな風に言われると照れちゃいますねえ」

 頭をかきながらあははと笑う山吹を石見が白い目で見る。

「そこは照れるところじゃないでしょ? あまり褒めてないし」


「そう? ほら、私なんてお嬢様に褒められるのは舌使いぐらいだから、あまり慣れてなくて」

 宇嘉がこほんとわざとらしい咳ばらいをする。

「それで何かいい方法はあるのかしら?」


「そうですねえ。脅迫には脅迫でというのはどうでしょう?」

「あまり動じそうには無いけれど、何をネタにするの?」

 山吹は実にいい顔をする。ぐへへと相好を崩した。

「ガチのホモビとかどうですか?」


「ホモビ……ですか?」

「あ、お嬢様には分からないですか? 男の人同士でくんずほぐれずするビデオです」

「山吹。適当なことを言うのはそれぐらいにしなさいよ。どうやってそんなもの撮影するのよ?」


「えっと。この間ナンパされた相手がそういうビデオの制作会社の人だったんですよ。私にも出演しないかって、しつこかったんで」

 山吹はパンチする真似をする。

「ちょいと締めといたんです」


「はあ」

 呆れた顔をして二人が間の抜けた合いの手を入れるのも気にせず山吹は得意そうな顔をする。

「で、何か用があったら呼んでくださいって名刺を貰いました」


「あんた馬鹿じゃないの。そんなのに連絡したら、それこそ報復されるのが目に見えてるでしょ」

「いえ。その点は問題ありません。その後、いっぱい楽しみましたし、すっかり骨抜きにしてあります。それに既婚者ですから、いつでも奥さんにバラすって言えますし。意外と恐妻家なんですよ、笑えますよね」


 とんでもねえ奴だなという視線を受けて山吹は言い訳をする。

「あ。心配しなくても既婚者って知ったのは関係持った後なんで、奥さん側から私に慰謝料請求されることはないです。あくまで私は被害者ポジ。ということで、そいつに連絡して、白鳥で1本撮らせりゃいいんです」


「そんなの白鳥が了承するわけないじゃない」

「問題ないです。だって相手はプロですよ。その辺のアホな高校生を騙して出演させるのなんて手段はいくらでも持ってるに決まってるじゃないですか。実際、いくつか手口を得意そうに語ってましたし」


「それって犯罪じゃないの?」

「殺るとか言っていた人に言われたくはないんですけど」

「それはそうね。まさか山吹、あなたに言い負かされるなんて。まあ、その白鳥ってのがどうなろうと知ったこっちゃなかったわ」


「そういえば、女装した圭太様を襲ったんだし、これぐらいの報いは当然でしょう。ね、お嬢様?」

 文化祭での1件を蒸しかえされ、白鳥の運命は決まった。

「そうでした。では山吹、さっそく連絡を取って頂戴。私の方はあのバカを適当にあしらっておきます」

「了解しました」


 それから数日して宇嘉が学校から帰ってくると二人がAVルームで騒いでいる。ギシシと笑いながら手にしたポップコーンとビールを片手にご機嫌な山吹と少々青白い顔をした石見がいた。

「二人ともどうしたの? 石見顔色が悪いわね」


 口元を手で押さえながら石見は力ない返事をする。

「いえ。ちょっと不気味なものを見ただけです」

「あ。お嬢様も見ます?」

「絶対おやめになった方がいいですよ」


「だから何なのよ?」

「例の白鳥の主演作です。いやあ。これは凄いですね」

 二人の後ろに回り込んでモニターを見た宇嘉の顔から血の気が引く。すぐに顔を背けて後ずさった。


 力ない顔を石見が宇嘉に向ける。

「ですから申し上げましたのに。こんなのを見て平然としていられるのは、この変態ぐらいですわ」

「そうでもないですよ。愚か者の末路。同情なんぞ不要です」


「そ、そうね。でも、まあわざわざ見る必要はないでしょう」

「そうですか。とりあえず、白鳥にあったら『黒塗りの高級車』とだけ言ってみてください。顔色変えますから」

「よく分からないけど、試してみるわ。それじゃあ、山吹。いい加減に仕事に戻りなさい」

 山吹は気の抜けた返事をして、渋々とモニターを消すのだった。


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