第59話 すれ違い
「はい。約束の品よ」
宇嘉はにっこりとほほ笑むと弁当箱の中の一品を指さした。圭太が視線を向けるとオレンジがかった黄色い薄いものが並んでいる。
「これって?」
「かぼちゃよ。ドリームランドでアトラクション待ちをしたときのことを覚えてる?」
「ああ。秋になったらお弁当に入れるとか言ってたな」
宇嘉はその発言を聞いてますます笑顔になった。何気ない会話をきちんと覚えていてくれた嬉しさに頬にくっきりとえくぼが刻まれる。
「ちょっと時期的に早いかなと思ったんだけど、素揚げにしたの。本当は煮物にしようと思ったんだけどね。粗塩を振ってあるからご飯のおかずになるはずよ」
「ん。うまい」
圭太は律義に宇嘉の料理を誉め、宇嘉が相好を崩す。2学期になっても続く日常の光景だった。
このところ、宇嘉は平穏な学校生活を満喫している。白鳥はしばらく顔を見せなかったし、久しぶりに会った際に山吹から聞いたフレーズを囁くと、見る見るうちに顔色が変わった。それ以来、白鳥は宇嘉と関わろうとはしていない。むしろ、避けているようにも見えた。妙にそわそわと落ち着きもない。
一方で恋敵の動向も落ち着いていた。圭太が部活のない日に後藤寺と図書室で勉強しているのも相変わらずだったが、密かに本棚の影から観察するに単に一緒に机を並べているというだけである。時折笑顔を見せて話をしているが、宇嘉に見せる表情とは異なるものだった。少なくとも山吹と石見の見立てではあくまで友達にすぎない。
市川はまだ宇嘉のことを諦めてはいないようで、折に触れて何かと誘いをかけてくる。それで一緒に買い物に出かけたり、甘い物を食べに行ったりしていた。やたらとスキンシップを取りたがるものの、一線を越える訳ではないので適当に相手をしている。そのせいかご機嫌で、圭太のことももう目の敵にはしてない。
そんなわけで、二人の邪魔をする人間はほぼいなくなり、宇嘉は圭太と楽しい学校生活を謳歌していた。ただ、当初の目的である圭太と一つになるということについては全くの足踏み状態でありちっとも進展していない。石見は何も言わなかったが、山吹が陰でぶつくさ言っているのは知っていた。
宇嘉としても半年が過ぎ、残りの猶予期間が5か月ほどとなって、心がざわつくこともある。しかし、勢いで同衾しようとした時ならいざ知らず、二人の仲が着実に縮まっているのを感じるだけに強硬手段に訴えるのもはばかられた。
できることなら圭太のリードで恥じらいつつ、いいムードで抱かれたい。再会したその日の痴態のことを考えるといまさら慎みを見せたところで遅いと思われるのだが、そこはそれ、複雑な乙女心である。どういう風に初回を迎えるについては、前川先輩のアドバイスも思い出された。
「宇嘉ちゃん。やっぱり、私の方が年上じゃない。私の方からリョウを誘っても良かったんだけど……」
「良かったんだけど?」
興味津々でおうむ返しをしてしまう宇嘉だった。
「できれば末永くお付き合いをしたいと思ってるのよね。となると、やっぱり向こうに行動させて手に入れさせないと後が不安だったの」
「不安……ですか?」
「そう。簡単に手に入れられたら大事にしないでしょ」
「涼介くんはそんなに軽薄な感じはしないですけど」
「まあね。だけど、念には念をってね。それで……宇嘉ちゃんは聞かないんだ?」
「何をですか?」
「……ほら、どんな感じだったのか、とか。他の子は結構聞いてくるんだけど。ひょっとして、宇嘉ちゃんも経験ずみ?」
「いえ。まだです」
「ごめんね。変なこと聞いちゃって。そうよねえ。カレが相手だもんね。その点、ウチのは欲望に忠実だから。まあ、でもカレは一途そうだし大事にしてくれそうだよね」
部活の帰り道にたまたま出会って、駅前のハンバーガー屋の2階の隅の席でシェイクなんぞをすすりつつ、結構きわどい会話をしたのだった。最後は慰め顔で頑張ってね、と言われたことが宇嘉には少々悔しい。山吹と相通ずる経験者のみが見せる余裕に反発に近い物も感じていた。
ただ、目の前でうまい、うまいと宇嘉の弁当を食べている圭太の無邪気な顔を見ていると幸せな気分の一方で、前川先輩があんな言い方をするのも無理はないかなと思ったりもする。人間の3大欲求のうちの一つが欠けていることを疑わせる表情をしていた。
***
宇嘉に性欲が無いんじゃないかと疑われている圭太であったが、もちろん無いなんてことはない。確かに睡眠欲と食欲には遠く及ばないとはいえ、年頃の一般的な男子高校生並みにはある。いや、一般以上にあるだろう。何と言ってもオープンな両親がいるせいで、いかに相性のいいパートナーとの行為が素晴らしいかはさんざん聞かされていた。
話を聞かされるだけでなく、暇を見つけてはせっせと二人でエンジョイしている様を見せつけられてもいる。この週末も涼しくなって人肌が恋しくなったからとか何とか言って遥香が帰ってきていた。何をとち狂ったのか二人で風呂に入っているので寝る前に歯を磨こうとすると丸聞こえだ。
おかげでベッドに入っても目が覚めて寝られず、昨夜はゲームを立ち上げて追加シナリオに課金をしてしまった。今までのヒロイン達の母親代わりとして面倒を見てきた凛とした佇まいの女の子。年は離れていないのに大人びて見える。何かとプレイヤーにちょっかいをかけてくるのでイベントも多い。
その身体的特徴は何よりスレンダーさだった。他の娘たちのメロンやスイカと見まがうブツと比べるとほぼ平板と言っていい。今までの圭太だったら絶対に選ばなかっただろう。同時に追加されたドジっ子か、健康優良児を選択していたに違いない。どの娘も可愛いかった。それなのになぜ一番体の一部が貧しい子にしたのか。
その娘は全体的に宇嘉に似ていた。それもそのはずで、白鳥が恐喝に使おうとしていたネットに出回る宇嘉の巫女さん衣装の画像をベースに書き起こされたからである。それを昨晩というか今日の早朝のおかずにいっぱい処理をした圭太は賢者モードなのだった。
そして、今更ながらゲームの中のあの娘が宇嘉によく似ていることに気が付いて、実は圭太はどんな表情をしていいか困っていた。目の前でほほ笑んでいる子によく似た娘とあんなことやこんなことをしているイラストが頭をよぎり、まともに宇嘉の顔を見られずお弁当に集中しているふりをしているのだった。
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