第56話 合宿から帰宅して

「ああ。楽しかった」

 帰宅しての宇嘉の第一声。出迎えた二人に土産物を手渡しながら晴れ晴れとした笑顔を見せる。中身を物色するのに忙しい山吹をしり目に石見が頭を下げて言った。


「それはようございました」

「二人に選んでもらった水着のお陰で圭太の視線もばっちりさらえたし、夜は一緒に線香花火もしたのよ。二人で同じものを見つめあっちゃって、もう、いい雰囲気だったわ~」


 体をくねくねさせて余韻に浸る宇嘉に土産物の物色を終えた山吹が風情の欠片もないセリフをぶつける。

「で、圭太様とはヤッたんですか?」

「山吹っ!」

 石見の制止の声は届かない。


「やっぱ、そのまま砂浜でお月さまの下ですか? それとも人目を忍んで圭太様の布団の中に潜り込んで声を殺して……」

 妄想を並べ立てる山吹に宇嘉がブリザードを思わせる冷たい声を浴びせる。

「もう少し言葉には気をつけなさい」


「なに。お上品ぶってるんですか。言葉を変えたところで結局ずっこ……」

 宇嘉の繰り出したパンチがみぞおちに決まって山吹は白目をむく。

「燃えるごみの回収は明日だったかしら?」

「お嬢様、あんなものを燃やすと環境汚染になるのでいかがかと」


「そうね。じゃあ、庭に埋めちゃいましょうか」

「このような不浄なものを圭太さまとお住まいになる場所に埋めてよろしいのですか?」

「それもそうね」


「阿保は死んでも治りませんのでご寛恕を。あ、お風呂が沸いておりますのでよろしければお入りください」

「そうさせてもらおうかしら。今日も午前中までは練習があったし、汗と日焼け止めで気持ち悪いし助かるわ」


 宇嘉は脱衣スペースでぱぱっと服を脱ぎ捨てて浴室に入るとかけ湯をしてからヒノキの湯船に身を沈める。やはり自分の家の風呂は寛げるわね。思い切り手足を伸ばして宇嘉は大胆に水面に浮かぶ。下半身は辛うじて乳白色の湯に隠れているが、可愛らしい膨らみはすべてさらけ出されていた。


 自分の胸を見下ろすと宇嘉は背中を丸めて腕で胸を寄せる。陸上部は比較的に宇嘉の同類が多いのだが中にはそこそこなボリュームの子もいた。風呂場で見たそれに対抗心を燃やす。大きさはともかくきれいな色をしていると思うのだけど、手の動きによってできたさざ波が自分の先端に寄せるのを見ながら宇嘉は考える。


 山吹の発言に思わず手が出てしまったが、言っていることはその通りなのだった。せっかくの合宿なのにキスの一つもお互いの体をまさぐることもしていない。行きのバスと異なり一気にカップルの増えた帰りのバスの中で、こっそり冷房よけのタオルケットの下で怪しい動きをしていた二人のことを思い出す。


「ちょっと寒いかも」

 そう言って圭太にもかかるようにタオルケットを体にかけた宇嘉に対して、気づかなかったことを謝りながら空調の吹き出し口の向きを変えた圭太だった。あのバカップルのことは圭太の目にも入っていたはずなのに……。


 まあそれでも。宇嘉は自分の左腕や肩を撫でながら圭太の温もりの記憶を探った。肩を寄せ合ったあの体温は悪くなかったなあ。ついでに、ちょっと疲れちゃったと言い訳しながら圭太の肩を枕にして、少し転寝をしたのだった。あともう一歩よ。まだ半年あるんだから頑張らなくっちゃ。


 汗を流すだけにしてはやたらに長いバスタイムのことを気にかけながら、石見は山吹に活を入れて蘇生する。

「ああ、死ぬかと思った」

「本当に馬鹿ねえ」


「その言い方、ちょっとひどく無い? そりゃアタシはあなたよりは頭が良くないわよ。でも死にかけた同僚に言うセリフ?」

「だって自業自得でしょ」

「でも上手くいったかは気にならないの?」


「もしお嬢様が圭太様と……本懐を遂げられたなら、お嬢様から言い出さないわけないでしょう?」

「あ、そっか」

「それなのにあなたったら無神経に何と言おうとしたんだっけ?」


「ずっこんばっこん」

「改めて言わなくてもいいわよ」

「ギシアンの方が良かったかしら? でもベッドじゃないから違うと思って」

「気にするところはそこじゃないわ」


「そうよねえ。もう4か月過ぎちゃったもんね。この生活もあと半年ちょっとと思うとそろそろヤバいわよね」

 急に真面目な顔をした山吹に石見が意外そうな顔をする。

「あんたも一応は考えてるんだ」


「そりゃそうよ。この体だからこそ、ただ酒ただ飯放題なんだからさ」

「あんたねえ。いい加減にしておかないと本当にお嬢様にやられるわよ」

「休みの日に何しようが勝手でしょ。もう、山吹も一度体験してみなって、あれはいいぞ。相性のいい相手だと本当に最高」


「はいはい。それはもう聞き飽きたから」

「で、合宿はダメだったけど、この後は何かチャンスはあるんだっけ?」

「夏休み中ということなら、花火大会ね」

「ああ。2週間後のやつ? 無理じゃない。あの二人がその期間で変わるとは思えない」


 石見はため息をつく。

「それを何とかしなきゃいけないんでしょ」

「そうは言ってもさ。そんなに簡単にくっつけば苦労はしないわよ。ねえ?」

「そうこうするうちに2学期よ。そしてズルズルと時間が過ぎて……」


「とりあえず、花火大会はお嬢様と圭太様が一緒に出掛けるところまでを目標にしない?」

「すごくまともなこと言ってるわね。あなた本当に山吹なの?」

 石見が山吹の首筋の辺りをしげしげと見る。

「別にそんなところにファスナーなんかついてないわよ」


「あら意外。一皮むけばアレなのにね」

「それはあんたも一緒でしょ」

「まあ、いいわ。それで二人を一緒に出かけさせる作戦はあるの?」

「んー。まあ、お嬢様から誘うしかないんじゃないかしらね」


「圭太さまがもう少し積極的になってくれればいいのだけど」

 二人は顔を見合わせて力なく首を振る。

「お嬢様が惚れた相手があんな奥手だったとはねえ」

「石見、それ言うの何度目か分からにゃいひゃよ」


 気が付くと山吹はなにやら包装のビニールに包まれたものを手にして、口をもぐもぐさせていた。

「あんたねえ。かまぼこを丸々一本かじるってどうなのよ?」

「あ、半分欲しかった?」


「食べかけはいらないわ」

「せっかくならお酒も買ってきてくれれば良かったのに」

「高校生が買えるわけないでしょ」

「あ、そっか」

 とことん間抜けな同僚に石見のどんよりした気持ちは増々濃くなるのだった。

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