第55話 置いてきぼり

 3時ごろにスイカ割をするまでは一緒に過ごしていたが、次第に人の数が減っていく。前川先輩と涼介は手に手を取り合ってビーチの外れの方に消えていった。中央部分は砂浜になっているが、北と南の端の方は磯浜になっている。小さな入り江がいくつかあって二人きりでイチャイチャするには最適らしい。


 他にもお気に入りの相手が見つかって二人で出かけていくカップルもいれば、そこまでの度胸がない者もより小さなグループに分かれて散っていく。圭太が気が付いた時には周囲には誰もいなかった。どうやら取り残されてしまったらしい。渋々ながらもその事実を認めざるを得なかった。


 周囲からすれば圭太は宇嘉と付き合っていると認識されている。女子からすれば、多少は興味があったとしても宇嘉と張り合って勝てる自信はない。男子は口にこそしないものの、カノジョがいるんだからさっさと消えてくれと思っている。そんな圭太が誘われるわけはないのであった。


 なんとなくよそよそしさは感じていたものの除け者にされるとは思っていなかった圭太は悄然とする。何よりも宇嘉と後藤寺までが居なくなっていたことにショックを受けた。10日ほど前に宇嘉が自室に来た時のことを思い出して情けなさに拍車がかかる。


 宇嘉の好意をいいことに自分はあぐらをかき過ぎていたのではないだろうか。自分にその気がないのにずるずるとキープするような態度を続けたせいで、ついに堪忍袋の緒が切れたのかもしれない。その一方で後藤寺さんとの距離はそれほど縮まっていないのだ。


 それに1学期の最後の方には圭太にもなんとなく自分が後藤寺さんのことをそれほど好きではないのだということをわかり始めていた。女性に耐性のない自分でも自然と話ができるし、少々野暮ったさはあるものの可愛いの範疇には入る。それにかなり立派な胸の持ち主だという要素もそろっていた。


 けれども、圭太が後藤寺さんと一緒に居てもときめきが無いのだ。何が不足しているのかは分からない。以前の圭太だったら性欲と恋愛感情の区別がつかなかったかもしれないが、今では幸か不幸かその差に気が付き始めていた。これで圭太がろくでなしならそれはそれと割り切って後藤寺さんに手を出していたのかもしれない。


 なんといっても憧れの巨乳である。涼介が前川先輩としているだろう色々なことを自分も体験してみたい。そう切に願わずにはいられない圭太ではあったが、体だけの割り切った関係を結べるほど神経は太くもないし、そんな器用な真似はできるはずもなかった。なんといってもチェリーボーイである。

 

 そして、認めたくはないが圭太は少しだけ宇嘉に惹かれつつあった。涼介と巨乳について熱く語り合った中学の日々に対する裏切りというか後ろめたさがあったが、貧乳もいいんじゃないかという悪魔のささやきは大きくなりつつある。あの日、僅かな膨らみに顔を埋めた感触と鼻腔をくすぐった香りが忘れられない。


 ただ、ぐらつき始めた圭太の心を押しとどめようという大きな障壁もあった。遥香と敏郎である。圭太に根掘り葉掘り質問をして丸裸にした挙句、遥香は眉間にしわを寄せながら宇嘉とお付き合いすることに反対の意見を表明したのだった。

「初対面の相手に、しかも年上にあのような態度を取るのは感心しないわね」


 敏郎もそれに調子を合わせた。

「母さんに対して若作りと言ったのは父さんも許せないな。母さんは実際に若いんだ。肌もピッチピチだし、これだけ大きくて授乳もしているのに形も全然崩れていないんだぞ」


「あなたったら」

 それから熱っぽい目でお互いを見つめあって二人の世界に入って行ってしまったので追及はそれまでになったが、手に手を取り合って寝室に消える前にはっきりと言われた。あの娘はやめなさい。


 もちろん、圭太は宇嘉に代わって言い訳をしたが、もちろん二人の耳には届かなかった。自分のことを取られると勘違いしての行動で悪く思われるようになってしまったと思うと圭太は宇嘉に同情するが、寝室のドアを開けて追いかける訳にもいかず宇嘉の汚名返上はできないままだった。


 圭太は自意識過剰なのかもしれないが、ビーチに一人取り残された可哀そうな奴と周囲の人々に見られているような気がしていたたまれなくなる。そそくさとシャワーを浴びると着替えを済ましてビーチを後にした。特に行く当てはない。


 日が暮れた後にバーベキューをしながら花火を見て引き上げることになっているのに、あと数時間も何をしていいか分からなかった。部長に連絡して先に宿に帰ってもいいが今日は食事が出ない。海の家の昼食では腹の膨れ具合なんてたかが知れている。


 すきっ腹を抱えながら一人寂しく枕を抱きしめて涙にくれるというのも気が重い。カンカン照りの中路上にぼーっとしているわけにもいかず、仕方がないのでコンビニで何か買ってやっぱり宿に戻ろうかと圭太が心を決めた時だった。

「あれ。圭太。こんなところで何してるの?」


 振り返ってみると宇嘉と市川が立っていた。麦わら帽子をかぶって、両肩の出た黄色いワンピースを着た宇嘉が嬉しそうな顔をしているのに対し、市川は不機嫌そうな顔をしている。明らかに目つきが邪魔者めと語っていた。宇嘉が市川を振り返るとたちまちのうちに表情を変える。


「圭太は水泳部の子達と泳ぎに行ったって言ってなかったっけ?」

「そう見えたんだが、人違いだったかもしれないな」

 宇嘉は圭太の方に顔の向きを戻す。

「ねえ、圭太。これから、市川さんおすすめの店に行くんだけど一緒に行こう?」


 圭太が口の中でもごもごしている間に宇嘉は市川の手を引いて圭太の傍にやってくると返事をまたずに腕に自分の腕を絡ませる。もう一方の腕を市川と組むと首をかしげて問いかけた。

「別に圭太も一緒でいいよね?」


 飛び切りの笑顔で問いかけられれば、本心はともかく市川も口に出しては承諾するほかはなかった。女装してればな、と言う言葉は飲み込んだ。

「ああ。楽しみだね。白玉クリームあんみつ。いざ行かん」

 声をかけられた市川が案内をするように歩き出す。


 圭太の腕と触れる宇嘉の肌は日焼け止めのせいか僅かなべたつきはあったがひんやりとして気持ちがいい。

「夕飯はバーベキューなのにその前にさらに甘い物たべるのかよ」

 信じらんれーねな、と言いながらも圭太の心からは先ほどの憂いはすっかり消えているのだった。


 

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