第14話 後藤寺純

 圭太は焦った。本に手を伸ばしてはいないものの眼の前にあるのは性的に強調された女性の絵が描いてある本だ。あまり、その本の前に佇んでいるところを女の子に見られたくはない。どうせ、同級生の目があるかもしれないこの店で買うつもりは無かったのだから移動して考えれば良かった。


「ご、後藤寺さん」

 呼びかけられた後藤寺はびくっとする。自分の名前を憶えられているとは思っていなかったようだ。

「えーと、確か……」


「前川って言います。今年転入してきました」

 圭太は自己紹介をする。

「どうして、私の名前を?」

「あ、涼介に始業式の日に休んでいる子がいるって聞いて」


「リョウスケ……。藤井くんのこと?」

「そうそう。中学の時の知り合いでさ」

「そう……」

 後藤寺は視線を下げて嫌悪感を顔に浮かべる。こぼれ落ちそうなバストが描かれている本を見ていた。


 圭太は頭をフル回転させる。

「問題集を買おうと思ったんだけど、やっぱり別のにしようか考えなおしててさ」

 手にした問題集を掲げて見せる。ちょうど、学習書のコーナーとレジの中間あたりだった。別に俺はこの場所に用があったわけじゃないとアピールする。


「それで、後藤寺さんは何をしに来たの?」

 自分から話題をそらそうと圭太は質問する。

「私は市場調査」

 圭太の表情を見て後藤寺は説明をする。


「私は図書委員なんだけど、リクエスト枠に余りがあって、それでどんな本を買ったらいいか調べに来たの。人気作ばかりというわけにもいかないし、かといってあまり読まれない本を買うわけにもいかないし」

「へえ。結構、図書委員ってのも大変なんだね」


 さりげなく場所を変えながら、人の邪魔にならない場所に誘導する。後藤寺は話を向けられると饒舌になった。内向的で大人しそうな印象だったが、どうやら好きなことは普通に話せるようだ。図書委員のやりがいと縁の下の力持ち的な役割について勢いよく話していた後藤寺が急にしゃべり止めると顔を赤くした。


「ごめんなさい。話に夢中になっちゃって」

 どちらかというと顔色が悪い後藤寺の頬に血が差すと陰気な印象が消え、可愛さが増す。

「そんなことはないよ。面白かった」


「本当?」

「ああ。聞かないと知らないことっていっぱいあるんだね」

「そう。それなら良かった。じゃあ、私はフロア全部を見てこなきゃいかないから。じゃあね」


 少し恥ずかしさを留めながら後藤寺はくるりと振り返って歩み去る。その動きに合わせて揺れるものを見ながら圭太はやっぱモノホンの迫力には敵わねえぜ、と思っていた。一応、ラノベの表紙を眺めていたのは誤魔化せたみたいだし、自然に会話もできたし、おかずも手に入った。


 家に帰ると遥香がエプロンで手を拭きながら出迎える。

「圭ちゃん、お帰りなさい」

「ただいま」

「朝起きたらいないから驚いちゃった。ご飯満足に食べてないからお腹空いてるでしょ?」

「うん。まあ」

「お夕飯は一杯作るから楽しみにしててね」


 これから出て来るであろう料理を頭に浮かべて圭太はそっと心の内でため息をつく。とりあえず精のつく食べ物が出てくるのは間違いなかった。二人の充実したナイトライフの為である。それで精がついても発散する術がない息子のことも考えて欲しいと思う圭太であった。


 自室に入り服を着替えると散歩に出た。とてもじゃないが運動をしないと夕飯が食べられそうにない。あまりに食べないと遥香が何かを嗅ぎつけて色々と質問をしてくるのが面倒だった。歩くだけでなく、軽く流す程度だが5キロほどジョギングもした。基礎代謝が大きい高校生なのでそれぐらいしておけば夕飯は腹に入りそうだ。


 風呂に入って、買ってきた問題集ほかで勉強をする。しばらくすると父親が帰って来た。8時前だというのに珍しい。そんなに早く帰って何をするつもりなのか? もちろん、ナニである。呼ばれて下に降りていくと、リビングの床に銀色の不透明なビニール袋が置いてあった。用意周到としか言いようがない。


 さっとシャワーを浴びてきた父親が加わり、家族3人での夕食が始まる。マグロブツのとろろがけに、にんにくソースで下味をつけたトンカツ、謎のとろみのついたスープなどが並んだ。両親はビールで乾杯をしている。圭太がスープの中身を箸でつまむと弾力があるものが入っていた。


「まあ、聞かなくても答えは分かってるような気もするけど、これは何?」

「すっぽんよ」

 まあ、そうだろうな、と圭太は妙に納得する。しかし、どこですっぽんなんか仕入れてくるんだ? 近所のスーパーで並んでいるのなんて見たことないぞ。


 圭太の疑問に答えるように遥香が屈託のない笑顔を敏郎に向ける。

「あなたに会うの久しぶりだから、お取り寄せしたのよ」

「そうか。嬉しいな」

「だって、あなた、すっぽんお好きでしょ?」


 鼻先をスープの湯気で湿らせながら、圭太は仲睦まじい両親の姿を見る。仲が悪いよりはいいと思うけど、良すぎるのもなあ。さすがに高校生で兄弟ができるとか勘弁してほしいぜ、とすっぽんの肉を噛みしめながら思う。しばらくすると全身が熱くなってきた。


「圭ちゃん、あんまり食べてないみたいだけどどうしたの? お母さんの料理の腕が落ちちゃったかしら?」

「いや、そんなことはないよ。お昼をしっかり食べたからさ」

 言ってから後悔する。


「お弁当も持って行かないのにどうしたの?」

「パンを買っていった。徳用のやつ」

「それじゃあ栄養にならないでしょ」

「涼介がおかず恵んでくれたから大丈夫」

 とりあえず母親の認知する名前を会話に織り込んでみる。


「涼介くんて、中学が一緒だった?」

「ああ。同じクラスでさ」

「おっぱい大好きなリョウくんね?」

 圭太はむせる。いや、まあ確かにそうだけども……。


「私のことを熱心に見てたわねえ」

 遥香はうふふと笑う。

「なんだ、どんな目で遥香の事を見てたんだ。怪しからんな」

「あら? 妬いているのね。布地ごしですもの。あなたはそうじゃないでしょ?」


「うん。まあ、そうだな」

「それに見るだけじゃなくて……」

 自分から話題がそれて良かったと思いつつ、また変な話題になりそうなので圭太は冷たい声を出す。

「おい、いい加減にしておけ」


「母さんに向かってなんてセリフだ」

「だったら、母親らしい話題にしてくれ」

「いいじゃないか。家族なんだから」

「そうじゃねえだろ」

 いつもの心温まる団らん風景であった。


 



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