第13話 二人の関係

「だからさ。深草さんとは単なる知り合いだってば。向こうは俺が小さい時から知ってるらしいから幼馴染ではあるのかもしれないけど」

「向こうはって、前川。お前は覚えてないのか?」

「あ、あれじゃねえか、圭太」

 涼介が思い出したように言う。


「お前、中一のときに体育倉庫の屋根から落ちたことあったじゃん。あのせいで記憶喪失になってるんじゃねえか」

「ああ」


 色んな意味を込めた、ああ、であった。なんでそんなところに居たのか事情を知っているのは涼介だけである。まあ、共犯なので自供するとは思えなかったがうっかり言われても困る。中一にしては発育のいい子がいて、その体育の着替えを覗くために居たとか知られてはまずいのであった。

「どうだろうな。他の事で覚えてないことはないと思うんだが」


「で、本当に深草さんとは何もないんだな?」

 クラスメートの男たちの真剣な問いが放たれる。

「そのつもりだ」

「いや、前川の気持ちはこの際、問題にならんだろう」


「そうだな。正直、前川のどこがいいのか分からんが、深草さんがそういうつもりならどうしようもない」

「しかし、前川にその気がないなら、いつかは熱が冷めるんじゃないか」

「その時は俺達にもチャンスがあるわけだ」


 取らぬ狸の皮算用である。宇嘉が圭太を墜とせなかったときはその存在は消えてなくなるのだ。残念ながら万に一つもチャンスはない。そんなことを知らないクラスメートは圭太に迫った。

「よし。これからはもっと草深さんにそっけなくしろ。その方がお互いのためだろう」


「お互いのため?」

「そうだ。前川にその気が無いなら、早く教えてやった方が俺達…‥、いや、深草さんのためになるし、お前もこの状態ではカノジョが作りにくいだろう?」

 荷物を持って図書室に向かう後藤寺さんへ視線を向けながら一人が言った。


「お前が後藤寺さんにアプローチするのであれば深草さんは障害でしか無い。そうだろう? 彼女はマジメだからな。二股かけるチャラ男認定されて終了だ」

「なるほど。しかし、そっけなくするといってもどうすればいいんだ? それって俺の評価が下がるだけだろ」


 実際、なかなかの難問である。下手な行動をとれば、深草親衛隊に行動を咎められる恐れがあった。圭太は知らなかったが、1年生を中心にすでに結構な宇嘉のファンが男女問わずできている。教師も一目置かざるを得ない気品と誰にも分け隔てない態度に魅了される生徒は多かった。


 結論がでないまま、とりあえず下校しようとする圭太を試練が待っていた。靴を履き替えようと下駄箱に近づく圭太をほっそりとした影が出迎える。

「圭太。一緒に帰りましょう」

 周囲の視線などまったく気にしない宇嘉が圭太に微笑みを浮かべる。


「あ、俺、ちょっと用事があって」

 クラスメートの話を思い出し、とっさに嘘をつく圭太だった。

「それじゃあ、駅まで一緒に」

「ごめん、ちょっと急いでいるから」


 靴をつっかけて宇嘉の脇を通り抜けようとすると誰かが立ちふさがる。

「お前、ちょっと態度悪いぞ」

 大きな胸の前で腕を組み、2Aの市川冴子が圭太のことを睨みつけていた。

「他人事だけどな、こんな素敵な彼女にそんなそっけない態度をとるなんて何様のつもりだ?」


 圭太の脳裏に涼介ファイルのデータが表示される。市川冴子。立派なものを持ちながら空手部所属である。しかも黒帯持ち。竹を割ったような気性で、同性のファンも多い。ちなみにヴァレンタインには下駄箱に5通も手紙が入っていたという話である。顔立ちはきついが、まあ美人の範疇には入る容貌だった。


「え? 俺は単なる知り合いですけど……」

「そんな訳はないだろう。男らしくない野郎だな」

「いや、だから……」

 冴子の目に殺気が宿る。そこへスッと圭太との間に割り込むように宇嘉が入ってきた。


「圭太って恥ずかしがり屋さんなんです。別に悪気はないし私は気にしてませんから」

 宇嘉は穏やかに笑ってみせる。

「そうか。なら、余計な世話を焼いちゃったね」


 そう言いながら冴子は道を開けたので、圭太は急ぎ足で外へと足を運ぶ。さりげなく宇嘉が脇に張り付いてきたが、何も言わないでおいた。ここで揉めて市川さんの鉄拳を食らいたくない。まあ、でも拳を繰り出すときにどれくらい揺れるのだろうか、としょーもない想像をしてしまう圭太であった。


「ねえ。何考えてるの?」

 宇嘉の声が圭太を現実に戻す。脇を見て視線を下げ、改めて惜しいと思った。

「いや。別に……」

「ふうん。そうだ。今日は忙しいみたいだけど、明日は時間あるかな?」


 明日は土曜日だった。圭太には特に予定はない。日曜の夜まで家にいる母親が1日ぐらいは家族で出かけようというかもしれなかったが、まだ何も言われてなかった。可能性としては寝室から出てこない可能性が高い。反射的に答えていた。

「特に予定はないけど」


「それじゃあ、お花見行こう?」

「お花見?」

「うん。もちろん、一杯お弁当持ってくから。花の下で食べるとおいしいよ」

 両親と一つ屋根の下で息を詰まらせているよりはいいかもな。


「分かった」

「それじゃあ、12時ごろに迎えに来て。それまでに用意をしておくから。じゃあね」

 意外にあっさりと宇嘉は手を振って離れていく。約束を取り付けたので満足したらしい。


 跳ねるような足取りで軽快に歩み去って行く宇嘉の後姿を見送りながら圭太は事の推移に驚いていた。ついOKしてしまったけど、これじゃあ完全にお花見デートだよな。まあ、いいか。その時にきちんと二人の関係について話をすれば。だいぶ学校では誤解を受け始めているので解消するなら早めの方がいいもんな。


 用事があると言った手前、圭太は駅前の本屋に寄って時間を潰すことにする。学習書のコーナーに行って英語の問題集をパラパラとめくった。前川家では図書関係は小遣いと別にレシートを出せば代金は自由にもらえた。1冊手に取って、小説のコーナーに向かう。


 ラノベの棚の前で平積みされているものに視線を走らせる。表紙はどれもでかい胸が描かれており圭太には嬉しい限りだった。おかず用に一冊買い足してもいいかな。さすがにこれを両親に見せて代金をもらう度胸はなく、頭の中で小遣いと照らし合わせていると横合いから、あ、という声がかる。圭太が振り向くと後藤寺さんが立っていた。

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