第8話 誤算

 放課後に涼介に紹介された前川先輩は確かに凶悪だった。本来ならブレザーなのだろうがボレロのように見えてしまうのは生地を下から押し上げる胸の圧力によるものと思われる。思わず視線が吸い寄せられてしまう圭太は前川先輩に気づかれたことを知って焦った。


「やっぱりリョウのソウルメイトと言うだけあって、興味津々なんだね」

「す、すいません」

「まあ、慣れっこだからいいよ」

 そう言って笑う前川先輩にえくぼができる。先輩は笑うとぐっと可愛い。涼介の奴いい人と出会ったな。


「さやか先輩。こいつ今まで男子校だったんで勘弁してやってください。普段はここまでがっつく奴じゃないんで」

 涼介がフォローを入れてくれたので、圭太はもう一度頭を下げた。

「そんなにぺこぺこしなくってもいいってば。まあ、女の子はだいたい気づいているから気を付けないとまた変な綽名がついちゃうぞ」


「なんだよ。そんなことまでしゃべってるのか」

「すまんな。ケイタ。俺はさやか先輩には隠し事をしないんだ」

「巨乳男爵なんて広めたりしないから安心して」

 ぐ。圭太は言葉を失う。


「それじゃあ、俺は部活があるのでな」

「部活?」

「ああ。俺は水泳部に入ったんだ」

「お前、そういうキャラだっけ?」


「ふふ。愛の力だよ」

「カッコつけてるけど、私に勧誘されて入っただけだから」

 改めて見ると前川先輩は女性にしては肩幅が広くてしっかりしている。ただ、その印象を打ち消すだけのものが強力に存在を主張しているので気づきにくい。


「ケイタ。お前も水泳部入るか? さやか先輩には遠く及ばないが、なかなかの逸材揃いだぞ」

 前川先輩は涼介の頭をぽふっと叩く。

「そんな言い方しないの。そういうのは嫌な子の方が多いんだから。見るのは私だけって約束でしょ」


「さやか先輩。もちろん分かってますって。俺はさやか先輩しか性的な目で見てません」

 キリっとした顔をして見せる涼介。見てるだけならカッコいいが、セリフが台無しにしていた。それでも前川先輩はまんざらでもなさそうだ。


「とりあえず、今日は帰るよ。リョウスケ。お前がクラスにいて安心したぜ。じゃあな」

「ああ。また明後日な」

「今度、見学だけでも来てね」

 前川先輩の後ろで涼介が胸の膨らみのジェスチャーをする。圭太は苦笑をした。


 ***


「なるほど」

「これは難問ですわね」

 所変わって、ここは宇嘉の家の奥の一間。古めかしい日本家屋に似つかわしくないハイテク機器が揃っていた。ヘッドホンを外した山吹と石見がため息をつく。モニターには圭太の姿が映っていた。


「圭太さまがあのような性的嗜好をお持ちだったとは、この石見とあろうものが抜かりましたわ」

「あのお嬢様に唯一欠ける物がそれほど大事とはね」

「そんなに落ち着いていていいの?」

 石見が山吹を指さす。


「なによ。情報収集は私だけの責任じゃないじゃない」

「違うわ。あんたのそこよ」

 石見は山吹の大きな胸をつつく。

「嫉妬に狂ったお嬢様に切り取られても知らないからね」


「さすがにそんなことはしないでしょ」

「そう言いきれる自信はある? あれだけ思い詰めてるのよ。今すぐは何もなくても圭太さまを他の女に取られたりした日にはどうなるんでしょうね?」

 山吹は震えはじめる。


「ちょっと、石見。あなたも真剣に考えてよ」

「私は大丈夫よ。お嬢様と一緒で慎ましやかだから。無駄にでかい物をぶら下げてるあなたとは違うもの」

「私が居なくなったら仕事は倍よ。しかも怒り狂ったお嬢様とサシよ」


「仕方がないですわね。では、何か対策を考えてみますわ。でも、これは難しい……」

 石見は考えに耽る。

「お嬢様がこれ以上成長する可能性は……。そうだ、山吹。どうやったらそんなに大きくなるのよ」


「あんたも知ってるでしょ。そっちに少し多めに割り振って造形したんじゃない。お嬢様もあなたも肩が凝るし、可愛い下着が少ないからヤダって言って小ぶりにしたんじゃない」

「そうだったわね。それに夏場は暑苦しそうだし、階段下りるときに下が見えなくて危なそうだし」


「なにディスってんのよ。便利な時もあるんだから、こうやってタピオカミルクティ飲みながら作業ができるのよ」

 キーボードに向かって指を走らせる山吹の深い谷間に乗せたプラ容器はまるで専用のホルダーのようにしっかり支えられていた。

「あー、はいはい。便利そうで良かったわね」


「今検索したら、胸を大きくするには豆乳を飲んで揉むといいみたいよ」

「じゃあ、ダメじゃない。お嬢様は豆乳嫌いなんだから」

「お豆腐とか油揚げとかは好きなのに意味分かんないわよね」

「じゃあ、あんたがそう言ったら」

 山吹は首をぶんぶんと横に振る。その動きにつられて別の物も大きく波打った。


「ねえ。山吹。これからはそういう動作は気を付けた方がいいと思うわ。お嬢様の命令であなたの体を抑えつける役とかやりたくないもの」

「……気を付けるわ。もう一つの揉む方はどうかしら?」

「そういう乳繰り合う関係にしようってのに小さいんじゃ対象にならないでしょ。鶏と卵よ」


「じゃあ、もう打つ手なしってこと?」

「まだ、そう決めつけることはないわ。圭太さまに小ぶりの良さに開眼してもらえばいいんだし、あなたがこの間言ってたように既成事実作っちゃうってのも有よね。妊娠すればおっきくなるし。人工授精って手もあるわ」


 石見と山吹の二人に人間としての倫理観はあまりない。割と目的の為には手段は選ばないタイプだった。まあ、自分の体に危機が迫っているともなればあまり非難もできない。


「じゃあ、早速下校時に誘拐して……」

 ぺろっと舌で唇を舐める山吹を見て石見が言う。

「圭太さまはあなたのタイプじゃ無いって言っていたじゃない」

「大義名分があれば誰でもいいわよ。じゃなくて、お嬢さまのために仕方なくよ」

 本音がだだ漏れの山吹に石見が突っ込みをいれようとしたときだった。


「ねえ、二人とも何を話しているのかしらあ?」

 ブリザードのように冷たい宇嘉の声が二人の動きを凍らせる。

「仕事熱心なのはいいことよ。でもね……」

「お、お嬢様、お待ちください。これには深いわけが。ほら石見説明して」


 ぎゃああ。短い断末魔の悲鳴が屋敷内に2度響いたが、その声が外に漏れることは無い。うららかな春の日差しが屋敷を照らしだしていた。


 



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