シェルのいつも ~エルハイミ ーおっさんが異世界転生して美少女に!?ー外伝~

さいとう みさき

―シェルのいつもー

‐いつも‐


 あたしはいつもどおりに目を覚ました。


 窓の外からはやわらかい日の光が差し込んでいる。

 いつもの朝、いつものベット。

 もう何十年と同じことを繰り返している。


 う~んと伸びをしてベットから出る。

 と、なにも着ていないのを思い出す。

 いけない、ついつい昨日の夜は楽しみすぎた。

 と、何かの拍子に太ももをつぅぅっとわずかなしずくが流れる。

 慌てて近くにあったタオルで拭き取り、着替える。




 リビングに行くとお父さんとお母さんがいつもどおりの朝食をとっていた。


 いつもの朝食をとり、あたしはいつもの散歩に出かける。

 

 いつもどうりの毎日、変わらないこの村。

 そう、何も変わらないのである。



 

 ここはエルフの村。



  

 全ての時間の流れが止まったかのようにいつもどおりの村なのだ。

 あたしはついぞ数十年前まではこんな生活に何も疑問を持ったことはなかった。



 でも、旅のエルフがこの村に来た時に聞かせてくれた話を聞いてからあたしの心はずっと外の世界にあこがれている。


 

 見渡す限りの大きな水たまり。

 草木が一切生えていない砂だけの平原。

 大木より大きな建物。

 人間という耳の短い種族やドワーフ、リザードマンなどの亜人たち。

 

 旅のエルフが聞かせてくれた話はどれもこれも信じがたいものばかりだった。

 だから見てみたいと思った。




 でもお父さんとお母さんはすごく反対した。




 一族の中ではまだまだ子ども扱いだがあたしだってもうすぐ二百歳になる。

  

 自分で狩りもできるし料理だってお手のものだ。

 弓の腕だって同じ年頃の中では二番目に上手いし、精霊魔法だってだいぶ上達した。



 だから外の世界に行ってみたい、自分の目で見てみたいのだ。




 いつもの散歩はいつもの目的地であたしの考えをいつも通りに終わらせる。

 そう、いつもの泉に辿り着く。



 あたしはいつも通りに服を脱ぎ始め泉に入った。



 そしていつもどおりに先に来て水浴びをしているマーヤに抱き着く。


 「おはよう~マーヤ。」


 「うあっ、シェル!いつも言ってるでしょ!いきなり抱き付くなって!それと胸もまないっ!!」


 いつも不公平と思う。

 マーヤはエルフのくせして胸が大きい。

 あたしもこのくらい欲しい。



 ・・・マーヤまた大きくなったんじゃない?



 しばしじゃれながら他愛の無い会話をする。  

 そしてひとしきり水浴びをしたらいつもどおりにマーヤが準備していた果実と蜂蜜の飲み物で喉を潤す。


 「マーヤ、今日はどんな予定?」


 「うん?いつもどおりだよ、蜂蜜取りに行くよ。」


 マーヤは村で一番はちみつ集めが上手だ。

 彼女の仕事ははちみつ集め。

 あたしはまだ二百歳になっていないので仕事の割り振りが与えられていない。

 だからよくよくマーヤと一緒に蜂蜜取りに行く。


 「ん、じゃぁあたしもいく!」


 そう言って二人していそいそと服を着る。

 もうじき男どもがやってきて水浴びする頃だ。



 エルフの村は「水を分かち合うもの」と言って混浴が当たり前なのだが、男どもは混浴を良い事にあたしのマーヤの胸ばかり見る。



 マーヤはあたしのだ、男どもにはあげない!


 

 だから男どもが来る前にあたしたちは蜂蜜集めに向かう。





 

 森の中にも開けた場所は幾つかある。

 開けたところは日の光がたくさん降りそそぎ、たくさんの草花を茂らせる。


 蜂の巣はこういったところの近くにある。

 

 あたしたちは近くの木の幹の上にある蜂の巣を探す。

 ほどなくマーヤが蜂の巣を見つける。

 マーヤは持っていた小さなツボを木の幹にくくり付け、精霊魔法で蜂たちを眠らせる。

 そして蜂の巣にそおっとストローを挿す。


 そして別の幹へと向かう。

 そこには蜂の巣が有って同じくストローが刺されている。

 ストローの先には小さなツボが幹にくくり付けられていて、マーヤはそのツボを覗き込む。

 そこにはツボ半分以上の蜂蜜が溜まっている。


 マーヤは新しいツボとそれを取り換えて油紙でしっかりと蓋をする。



 前にマーヤに聞いたのだけど、何でこんな少ししか取れないやり方をするのかと。

 すると少しずつ分けてもらう方が長く蜂蜜集めができるらしい。

 巣を壊して蜂蜜を取るのは簡単だけど、そんな事ばかりしていては蜂の巣がすぐになくなってしまう。

 だからこの方法で少しずつ長々と蜂蜜を集めた方が良いのだと。



 現にこのやり方でマーヤは一日に小瓶一つ分の蜂蜜を毎日集めてくる。

 村の倉にはすでに大瓶に蜂蜜がいっぱいに溜まっている。

 当分蜂蜜に困らない量だ。


 だから毎朝蜂蜜入りの飲み物をあたしも飲ませてもらえるのだ。




 ひとしきり蜂蜜集めをしたらそろそろお昼の時間だ。

 あたしは近くの木に登って果物をとってくる。


 それをお昼ご飯にマーヤと食べながら、蜂蜜入りの飲み物を飲む。


 お腹が膨れると眠くなる。

 ぽかぽかと太陽の光が降りそそぐ。

 あたしとマーヤは草むらに寝転がりひらけた空を見る。


 「ねえ、マーヤ。村の外でも空って同じに見えるのかな?」


 青い空に浮かぶ雲を見ながらあたしはふとそんなことを聞いた。


 「!」


 マーヤが慌てて起き上がりあたしを見る。


 「シェル、あなたまさか村の外に出るつもり!?」


 見ると慌てた表情のマーヤがいる。


 「出るというか、ちょっと外の世界が見たいかな~って。」


 するとマーヤがいきなり抱き付いてきた。


 「ダメよ!シェルが外の世界に行くなんてダメ!あんな野蛮で危険な所に行っちゃダメ!」


 いつもはあたしがマーヤに抱き着くのに今はマーヤがあたしに抱き着いている。

 ちょっと苦しいけどやわらかい。

 

 あたしは笑ってマーヤの胸をもむ。


 「きゃっ!シェル!」


 「あはははは、行かない、行かない。マーヤを残してあたしが村出る訳無いよ!村の男どもにマーヤがとられちゃうもん!」


 笑いながら今度はあたしがマーヤに抱き着く。

 

 「絶対よ、外の世界なんてろくな所じゃないんだから。」


 マーヤはそう言ってあたしを抱きしめる。

 マーヤの大きな胸に顔を埋める形のあたしはちょっと苦しい、柔らくて気持ちは良いのだけど。

 どうしたのだろう?

 今日のマーヤはいつもと違う。


 「そう言えばマーヤって外の世界に行ったことが有るの?」


 あたしの疑問にマーヤは体を離し、真剣な目であたしの瞳を覗き込む。

 そして崩れそうな顔つきになってからやさしく微笑む。


 「いいわ、話してあげる。外の世界がどうなってるのか。」


 彼女はそう言って語り始めた。





 それは七十年くらい前の事であった。

 外の世界は国同士の戦争が起こっていた。

 各国は戦争を勝ち抜くためにより強い者を召喚ようとした。

 それは魔獣であったり、妖魔であったり、そして異世界の人間だったりした。

 各国が召喚した者を中心に部隊編成をしていき戦争は更に激しくなった。

 そんな中、とある国が禁断の召還を行った。


 それは悪魔召還である。


 召還した悪魔たちは無類の強さを誇ったがその代償も大きかった。

 そして召還してはいけない悪魔の魔人を召還してしまった。

 魔人は召還した国を滅ぼし全ての国を滅ぼそうとした。



 あたしも小さい頃にその戦争が有ったのは知っていた。

 ただ外の世界の事なので気にも留めていなかったが。


 マーヤはちょうどその頃外の世界に行っていたらしい。

 

 マーヤの話ではそれは凄惨な世界であったらしく戦争をしていた国々はどんどん魔人たちに滅ぼされたそうだ。

 残った大国も被害は大きく、戦争どころではなくなっていたらしい。



 そして各国は休戦協定をして人類最大の敵となる魔人たちと戦うことにしたらしい。



 マーヤは魔人との戦いに協力して人間の英雄と共に戦ったらしい。


 毎日が死との隣り合わせで、何度死にそうになったことか。

 でもマーヤは最後に英雄たちと魔人の王を仕留め、この魔人との戦争に終止符を打った立役者の一人であった。



 そこまで聞いていたあたしは子供の頃に聞かされていた伝説や英雄譚よろしくワクワクしながら聞いていた。



 しかし、戦争が終わった後、人間たちは再び過ちを犯したらしい。


 それは英雄と呼ばれたアノード=シュバルツが何の因果か仲間たちを裏切り魔王の剣を引き継ぎ、世界の覇者となるために悪魔の軍勢を引き連れたのだった。




 マーヤは絶望した。

 そして仲間のユカ・コバヤシとともにアノードを葬り去った。



 それはとても悲しい事だった。

 マーヤは自分の恋人を自分の手で殺したのだから。



 エルフと人間の間には子供ができる。

 ハーフエルフと言って耳が少しだけ長い。

 でも彼ら彼女らは「命の木」を持っていない。

 だからあたしたちよりずっと短命だ。

 中途半端な存在はエルフたちから嫌われていた。

 実際に何度かこの村にハーフエルフが来たことが有ったけど、長老たちが中心に早々に出て行ってもらっている。

   

   

 当時のマーヤのおなかには子供がいたらしい。

 そう、アノードの子供だ。

 マーヤはエルフに伝わる秘術を使い、その子供を流産した。



 そしてもう二度と外の世界に行かないことを誓ったのだ。




 あたしは絶句した。

 マーヤが人間と恋に落ちハーフエルフを身ごもっていたことにも。

 

 マーヤはいつもあたしに優しかった。

 出会ってからこの何十年間、毎日泉であたしを待っている。



 「わかった?外の世界はシェルが思うような良い所じゃないわ。人間たちは愚かで自分勝手、平気で私たちを裏切るのよ。それに私はシェルが思うようなきれいな女じゃないのよ。」



 そう寂しそうに言うマーヤ。

 その姿はとても小さく今にも消えてなくなりそうだった。

 あたしは思わずマーヤを抱きしめた。


 「そんなことない!マーヤはマーヤだ!あたしの一番だ!」



 あたしたちエルフは年齢の差や昔のことはあまり気にならない。


 ある一定の年齢に達したら大樹はえり好みをしない。

 大樹は大樹としてずっとそこに居続けるから。

 だからいつもになるなら、つがいの大樹になるなら、あたしたちエルフは年齢や昔の事なんてどうでもいい。

 大樹の実らせる実は無限だからだ。


 あたしも同じだ。

 

 だからいつものマーヤなら過去にどんな実を実らせたって関係ない。

 女どうしの幹は実を結ぶことはない。

 でもずっと寄り添っていけるつがいの大樹にはなれる。

 いつものどおりの大樹に。


 「シェル・・・。ありがとう。」


 そう言ってマーヤは泣いた。

 そんなマーヤにあたしはそっと口づけをした。





 あたしは外の世界に興味はある。

 でもいつものマーヤの方があたしには大事だ。

 


 だからあたしはいつもどおりに今日も泉に向かう。

 いつもどおりに外の世界のあれこれを考えて、いつもどおりに泉につき、いつもどおりにマーヤと水浴びをして蜂蜜取りに行って。


 

 

 


 

  






 それから数か月後にあたしはあの女に出会ってしまった。

 エルハイミと呼ばれる彼女に。


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シェルのいつも ~エルハイミ ーおっさんが異世界転生して美少女に!?ー外伝~ さいとう みさき @saitoumisaki

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