第5話
「おい、リノ。じゃがいもがたくさん採れたから、ちょっと持っていってくれよ。」
見渡す限り広大な敷地を有する野菜畑の中央付近に男が一人立っている。
厚手のズボンの裾を長靴につっこみ、半袖シャツは既に噴き出す汗で色が変わっていた。日に焼けた小麦色の腕は筋肉質で太さはリノの腕二本分ほどある。
いかにもな農作員の格好をして、声を張っているのは、コニー・フランシスだ。
顎髭が特徴的な四十歳くらいのイケメン風農家で街に名を通している。
「メークインだろ?あいにく外来種は好きじゃないんだ。有難いけど遠慮しておく。」
「ばっかやろう。選りすぐりしないでもらっとけ。いつ食べ物が無くなるかわかんねぇんだぞ。」
コニーは固く腕を組むと、仁王立ちするようにリノの前に構えた。
リノは深い溜息をつく。
「そういって昨日も一昨日も大量のジャガイモを押し付けてきたじゃないか。僕の家にはアンタからもらったジャガイモが入り口を塞いでいる。家から出るのも一苦労だ。そして、それらは既に芽が生えてきている。芽が出たジャガイモは食中毒に繋がりかねない。」
そう答えたリノ・ベイリーが食べた昨日の献立は、朝食にジャガイモの煮物、昼食には油で揚げたジャガイモ、仕事の休憩中にバターを乗せた蒸かしたジャガイモ。そして一日を締めくくる夕飯はジャーマンポテトだ。
じゃがいものフルコースを苦しみながら食べ終えた夜のベッドの上、どうにかしてコニーが譲ってくれるじゃがいもを断ろうと、考え出した言い訳であるところの「外来種」は全く通用せず、気づいた時には両手に花ならぬ、両手に芋を抱えることになっていた。
「助かるよリノ。明日もたくさん採れる予定だから、今日中になんとかしろよー。」
コニーは、高笑いを混じらせ、無理難題を押し付けた。
「一人暮らしでそんなにすぐ減るわけないだろ。それにアンタ、ジャガイモ以外も作ったらどうだ。」
広大な野菜畑で育てているのが、全て混じりけないジャガイモだと言うのだから、手に負えないほどの量になるのはやむを得ない。
リノは呆れた口調でそう言うが、コニーは考える素振りすら見せずに即答した。
「悪いけど、俺の仕事はジャガイモを作る事だからな。それ以外の仕事はできんのよ。」
コニーはそういうと自らの足元に埋まったジャガイモを力を入れて掘り始めた。
「・・・そうかよ。ならせめて、飽きないジャガイモ料理を教えてくれ。レパートリーの貧困さに腕を組んでいたところなんだ。」
リノは諦めたように言う。
「・・・そうだな。フライドポテト。肉じゃが。どれもありきたりか・・・。お!うちじゃあれは毎日食べるぞ。フィッシュ&チップス。本場じゃ、タルタルソースとワインビネガー両方つけるんだとよ。結構いけるぞ!食べ出したら止まらねぇんだ。リノも作ってみろよ。簡単だしな。」
上機嫌に話すコニーの言葉はとても無責任に思えたがリノは憤慨を隠すよう試みた。
リノは一転、緊張感を帯びたような顔つきに変わり、神妙な面持ちを浮かべた。
「・・・フィッシュ&チップス。なぁコニー。僕たちが西洋連合国の奴らになんて呼ばれているか知っているか?」
「あぁ。もちろん。フィッシュ&チップスだろ。知ってるさ。当たり前だ。」
「だったら、どうして。」
苦虫を噛み潰した表情をした利乃に対してコニーは後頭部を掻きながら答えた。
「あのなぁ。リノ。俺たちは今、あいつら西洋連合国の傘下にある。お前も気づいているんだろ?この街は西洋連合国のルールが全てだ。職も。暮らしも。決められたように生きるのが正しいんだ。」
「それが・・・おかしいと、思わないのか?」
リノは疑問を投げかける。
「思わない。俺はこの暮らしに満足している。娘と嫁と共に生きてゆけたら、それ以上は何にもいらない。だからリノ。お前もそろそろ理解するべきなんじゃないのか。」
コニーは困ったような顔を浮かべた。
「諦めろって言うのか?」
「・・・。」
「・・・悪いな。コニー、その考えには同意できない。」
――西洋連合国。五年前の七月十三日。花火大会の夜。日本を制圧した国。あの時の僕は最後に残った花火の火が飛び散り、街に引火したと思っていた。
「リノ、馬鹿なことはするなよ。西洋連合国が課した階級制度は絶対だ。少しでも反発してみろ。どうなるかわからねぇぞ。」
――奈々。母さん。・・・真璃。
リノは思い出していた。五年前の夏の事を。家族の事を。一人の女の子の事を。
「コニー。ありがとう。タルタルソースとワインビネガーはかけないけど、魚という選択肢は無かった。そうだな・・・。一緒に醤油で煮るとするよ。」
リノは笑みを浮かべ歩き出した。
強く握られた拳の中で親指の爪が手のひらにくいこみ、真っ赤な血液が指を伝った。
フィッシュ&チップス。西洋連合国が作った階級制度。最下層民の呼称。
この街に存在する全ての人の階級。
常に食べられてしまう位置にいるとゆう皮肉を込めて。
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