第4話

ルディ君は、侍女に助けられながら、お着替えの最中でした。ひらひらの寝巻きを頭からかぶっています。私の姿を見ると、踵を翻して本棚に向かい、勢いよく数冊の本を抱え込みます。本をベッドに運ぶと、今度は小さな椅子を一生懸命ベッドの横に移動させています。(かわいいな)


「お母様、ここ、ここに座って。」


自分はベッドに潜り込むと、はいはい、と椅子に座った私に、本を渡してくれます。やや緊張して本を開くと・・・読めた!いけるぞこれは。


「王子様がドラゴンを倒して、お姫様を迎えにくる本だよ。それに、お星様の国を旅する話。お母様は、どっちがいい?僕はどっちも大好きなの。」


「・・・お星様の国の話にしましょうね」


リリアちゃんの件で、あまり王子様にしたしみを持てなかったので、星間旅行記にしました。


幸せそうに読み聞かせを聞いていたルディ君が眠りにつくと、私は、静かに部屋を出ます。目指すは書斎です。本が読めるのであれば、まずは色々情報収集せねば。書斎はおそらく一階でしょう。


あまり迷うことなく書斎らしき場所に到着します。結構な蔵書が並んでいますね。まずは、この家と家族を知らなくては、と、貴族年鑑と、タッパン王国の歴史を引っ張り出しました。(他に王国の歴史書がないところを見ると、この国は、タッパン王国というのでしょう。)


貴族年鑑から、スタイヴァサントを探します。比較的早く見つかりました。


ジョージ・スタイヴァサント侯爵。侯爵・・・結構な階級です。その上、系図を遡ると、文官として、数多くの宰相や、外相を輩出しています。ジョージは、財務官をしているとあります。(あら、私と共通するところがあるわね。)年鑑が数年前のもののためか、ジョージの死亡については全く触れられていません。しかし年鑑によると、ジョージの両親は既に亡くなっており、唯一の身内は、ウイリス・オークデール伯爵に嫁いだ、妹のミリアだけのようです。やれやれ、ようやく小姑さんの名前がわかりました。


領地は、タッパンの東にあるハンプトンというところらしいです。特に記載がないところを見ると、領地経営より、国政に携わる時間の方が多かったと見ました。


私は、といえば、ヘルムズレー子爵家より嫁いだとありますが、子爵家に関する記載はなかったので、後を継ぐ人もなく、数年前に爵位を返上したのかもしれません。貴族なんてどこかで婚姻関係でつながっているものだと思っていましたが、(ヨーロッパなんてその最たるもんだものね)私もジョージも家族の縁に薄いようです。


そこまで把握した後、貴族年鑑を最初からパラパラとめくり、名前と爵位、領土に関する情報を読み込みました。残念ながら挿絵がないので、すぐには顔と名前が一致しないでしょうが、名前を覚えておけば、なんとかなるだろう、と思ったからです。


今度は、リリアちゃんを振った王子様周辺の情報を得るために、王国の歴史を紐解きます。半ばまで進んだところで、遠慮がちなノックの音が聞こえました。


「奥様。まだおやすみにならないようでしたら、何かお持ちいたしましょうか?」


先ほどリリアちゃんの面倒を見ていた、がっしりした中年の女性です。家政婦さんでしょうか。


「カフェインが必要だわ。コーヒーをお願いできる?」


と返答すると、困惑した表情で、


「あの、こーひーとは、なんでございましょう」


と言われてしまいました。う、しまった。ないか。


「いえ、紅茶を。」


ヨーロッパ風中世で、紅茶がない、ということはあり得ないでしょう。


「かしこまりました。」


「濃いやつをお願いね」


さらに本を読み進めている間に、家政婦さんが、 ポットとカップを持って現れました。紅茶を入れながら、さりげなく、話しかけてきます。


「奥様、お嬢様の顔色が非常に悪かったのですが、どうかなさいましたのでしょうか?喪が明ける前に夜会に行ったことを、誰かに悪し様に言われたのでしょうか?学園行事ですから、参加すべきと、ご招待があったと思ったのですが。」


家政婦さんの声音には、心配が溢れています。おそらく長くこの家に仕えている人なのでしょう。


あとで使用人さん達の名前を調べましょう、と、心に覚え書き。これは家計簿か使用人の給料明細から判明するでしょうね。


「いえ、そうではないの。・・・非常に残念なことに、ローランド殿下から、婚約破棄を申しつけられたのよ。それも、公衆の面前でね。リリアにはかなりのショックだったのでしょう。」


私は、残念そうな声音を作るのに失敗しながら、事情を説明します。


家政婦さんの手から、カップが滑り落ち、ガシャンという音がしました。


「奥様!それは・・・それは、誠でございますか!なんということでしょう!陛下もお認めになっていらっしゃるのですか?ああ、旦那様が生きていれば、こんなことには。どうしましょう!」


私には、あのガキンチョがそこまで素晴らしい相手とは思えませんが。


「どうもこうも、殿下の次のお相手はすでに決まっていらっしゃるようですし、リリアも次いこう!次!ですわ。」


家政婦さんの頬は既に涙で濡れています。


「奥様・・・王族から婚約破棄された令嬢に、次なる縁談がそうそうあるとは思えません。そのような醜聞を背負った女性は、お年寄りの後妻か、問題のある男性に嫁ぐ・・・か・・・下手を打つと修道院なのはご存知でしょう?」


いえ、存じ上げませんでした。大変だ、貴族のエチケットブックを探さないと。

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