鈴カステラ

@uminagisan

鈴カステラ

幼い頃、お祭りに行くとかき氷よりもりんご飴よりも食べたい、買ってとねだっていたのは鈴カステラだ。口に入れると優しい蜂蜜の味がじんわり、優しく口の中に広がってたちまち幸せな気持ちになれる。そんな味が大好きだ。いつも買ってもらうのは1番数の多いパックなのに夢中で食べるといつのまにかなくなっちゃう。

「今度お祭りに来たらまた鈴カステラ買ってね。」と母にお願いしておく。その後は早く次のお祭りの日にならないかな〜とワクワクする。それだけ鈴カステラは私の楽しみでもあり、大好物だった。


でも、私がどんどん大きくなるにつれて、お祭りの出店は少なくなって、お祭りに来る人も、この街に住む人たちも少なくなっていった。私が小学三年の時のお祭りにはあの鈴カステラ屋さんはいなかった。次の年もその次の年も探したけどいなかった。私はいつしかあの鈴カステラのことはあまり思い出さなくなった。いや、全くなくなってしまった。


それから何年も経って、私は高校を卒業し、料理の専門学校に入学した。料理が好きだったから。料理に関する仕事に就きたかったから。

実習ではたくさんのお菓子を作った。ショートケーキ、モンブラン、マカロン、どら焼き、杏仁豆腐...。どれも美味しいけれど、作っていて楽しかったけれど、何かが違うと感じた。私が作りたい料理(もの)。それが思い出せずに専門学校を卒業する日が近くなってきた。


そんなある日、有名な料理研究家の人が講演会をするというので、参加してみた。何か私の作りたい料理(もの)がわかりそうな気がしたから。

「皆さんが子供の頃好きだった食べ物は何だったでしょうか?」研究家の人がそういった途端、私の頭の中であのお祭りの景色が浮かんだ。母に買ってもらった鈴カステラ。優しいあの味。あっ、私の作りたかった料理(もの)って...。答えがわかった。あの味をもう一度、もう一回食べたい、自分の手で再現したいんだ。 強く思った。


その講演会が終わってから、すぐに材料を買いにスーパーに走った。家庭用のたこ焼き器でひたすら配分を少しずつ変えてみた。たくさんたくさん失敗した。半年間頑張った。

そして、ようやくあの味に近い鈴カステラができた。でも、何かが足りない。泣いた。私の目から涙が溢れ出た。何が、何が足りない?自分一人でひたすら悩んで、考えた。


そんな時、先生が言ってくれた。

「料理はね、配分がいくら完璧でも、気持ちがなかったら、完成しないの。あなたが幼い頃食べたあの鈴カステラ。あの鈴カステラにはお店の人がたくさんの人に食べてもらいたい。おいしいって笑顔になってもらいたい。そんな強い気持ちがあったんじゃない?あなたが鈴カステラを作ろうって思った時の気持ちを思い出してみて。」

言われて気づいた。私があの鈴カステラを作ろうと思ったのはあの味を再現したかったから。その気持ちを忘れていた。


早速、その気持ちを思い出しながら作った。一生懸命あの鈴カステラのことだけ考えた。

そして出来上がった。あの鈴カステラ。あの優しい味。その時私はある気持ちが芽生えた。







専門学校を卒業した私は今保育園の栄養士、調理師の仕事に就職した。

あの頃の私と同じくらいの年の子供たちに鈴カステラを食べて欲しかったから。

おやつの人気メニューにまでなった。好き嫌いが激しい子も、食の細い子も、いつもいっぱい食べてくれる子も、おいしいと笑顔になってくれる。その笑顔で私も笑顔になれる。

これからも私は鈴カステラを作り続ける。たくさんの幸せ、笑顔を届けるために。

心を込めて。


END

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