第36話 沙織ちゃん、頑張りました! 下 【改訂版】
ここまで言ってしまえば、もう後はまっすぐ伝えた方が早い。
俺は羞恥心というか、泣きたい気持ちを押さえて告白する。恋心を告白したい相手に、その前にまず性欲を告白するとか……なんて羞恥プレイだよ!
「女の子に言う話じゃないんだけど……沙織ちゃん、そこらのグラビアアイドルとかよりも綺麗でナイスバディだし、ただ見ているだけでも刺激が強すぎなのをわかって欲しいんだよ。それで露出度が高い恰好をされると、いやらしい目で見ちゃダメな相手とわかっていても反応しちゃって……だからお話をする前に、先に着替えてほしいかな……なんて」
この説明って相手に気づかいしているようにみせて、実はセクハラに類する内容だよな。
そんなことをいきなり聞かされる彼女より先に、なぜか俺の方が照れて赤くなってしまう。感動的な話の後にこんな話、大変申し訳ない……。
一番まずい話は以上だ。
沙織ちゃんは今のを聞いて、どう思っているだろう?
恐る恐る彼女に視線を向けると……沙織ちゃんは嬉しそうに、そして満面の笑顔で喜んでいた。なぜ!?
「全然大丈夫です! むしろバッチ来いです!」
「はぁっ!?」
沙織ちゃんは一歩離れると、俺に向かってグラビアみたいなポーズを取って見せた。
「さあ! 見るのも触るのも好きなだけどうぞ! なんなら今すぐこのコスチューム、剥いてくれても構いません!」
「沙織ちゃん!?」
前々から男のアレに理解があるとは思っていたけど。これは理解があるとかいうレベルじゃ……この子、兄妹の仲をどう理解しているんだろうか?
「あのね沙織ちゃん、普通は兄妹でそんなこと……」
「実際に兄がいたってしませんよ、こんな事。当然じゃないですか」
彼女の勘違いを正そうとしたら、そこだけ冷めた目でツッコまれた。
俺は彼女が理想の兄を夢想しすぎて、ブラコンを拗らせているんじゃないかと疑っていたんだが……良かった、常識はあったのね……。
「誠人お兄ちゃん、この期に及んでなんでまだそんな発想が出てくるんですか……」
「あれっ? 俺の方が頭の具合を心配されてる流れ!?」
「当たり前です。ここまで何を聞いていたんですか」
「なんか、すみません……」
「いいですか? よく聞いて下さい」
沙織ちゃんは恐縮する俺に向かって、プルンと揺れる立派な胸を張って宣言した。
「お兄ちゃんと言っても、私は誠人お兄ちゃんを一人の男性として好きなんです!」
彼女の愛情表現が、兄妹にしては過激すぎるとはゴンタにも言われていた。沙織ちゃんの行動は妹としてなのか、女としてなのかを見直してみろと。
俺も思い返してみて、彼女の好意の表し方はどっちかというと恋愛的なそれだな、とは思っていたのだけど……それでも自信が持てなかった結論を、彼女の方からはっきりさせてくれた。
沙織ちゃんは、俺を恋愛感情で好きなのだと。
沙織ちゃんが、俺を好き。
男として、俺を好きだと言ってくれている。
なんと言っていいか判らない、“感動”としか言えない気持ちが俺の全身を包み込んで来る。打ち震える俺に、沙織ちゃんは更に付け加えた。
「誠人お兄ちゃんと将来結婚すると、私は四歳の時に決意したんです!」
……いや、それはさすがに早すぎない?
もう全部
「お兄ちゃんが恐ろしい犬からかばってくれた時、私は思ったんです! 『結婚するならこの人しかいない! お母さんに手続きを進めてもらおう』って」
「沙織ちゃん!? その手続きは早すぎないか!?」
当時幼稚園児だよな!? ませてるの一言で済む決意じゃないぞ!?
「結婚できる年齢まであと十年以上かかると言われて、絶望したのが昨日の事のようです」
「小学校の入学より先に結婚するつもりだったの!?」
「子供は三人とか、色々考えていたのに」
「四歳児が子供を三人とか……」
「年が近い分、子供の気持ちもよくわかる親になっていたと思います」
「自分がまだ幼児だよ!」
なんか頭痛がしてきた俺に、沙織ちゃんはちょっとおどけて胸を強調するようなポーズをとってみせる。
「十二年、本当に長かったです……なのに一生懸命モーションかけてもお兄ちゃん全然襲ってくれないし、クリスマスにやっとと思ったらお父さんに邪魔されるし!」
この下宿に入ってからの、沙織ちゃんの様々な無防備ぶりが頭の中を
眼に怪しい光を帯びた沙織ちゃんが、艶やかな笑みを浮かべて俺にしなだれかかってきた。
「私、今日は絶対に結ばれるつもりでお誕生日会を企画していたんです!」
「はぁっ!? いや、沙織ちゃん“結ばれる”って、意味わかって……」
「当然です! バニーガールだってお兄ちゃんの“反応”が今までで一番良かったから、これだと思って借りてきました!」
「それは余計な情報じゃないかな!?」
沙織ちゃん、意外と肉食系。
清楚で初心だと思っていた沙織ちゃんが意外と積極的なことに慄いていると、不意打ちで沙織ちゃんが胸を押してきた。
「えいっ!」
「うおっ!?」
突き飛ばされてベッドに仰向けになった俺の上に、女豹のポーズで沙織ちゃんが乗ってきた。しなやかな身体で俺の上にのしかかりつつ、こぼれるような極上の笑みを見せる。
「誠人お兄ちゃん、誕生日おめでとう!」
「あ、ありがと……でも今、そんな話をしているシチュエーションでは無いような」
「お誕生日のプレゼントは、私です!」
「そういう趣向か!」
ヤバい。
すごくヤバい。
何がヤバいって、俺の忍耐力がもう限界。
沙織ちゃんは妹みたいなものだって思って、どんなに手を出したくなっても必死に我慢してきた。妹じゃなく一人の女性として意識してからも、余計に高嶺の花と思って吊り合わない自分を抑えてきた。
それが……相思相愛なうえに沙織ちゃんの方が積極的だと!?
正直がっつきたい。沙織ちゃんにメチャクチャそそられている俺の、そろそろ一年になる衝動を余すことなくぶつけたい。だけど、ホントに俺なんかが手を出していいものか……。
「誠人お兄ちゃん、余計なこと考えているでしょ?」
悶々と自問自答していると、気が付けば俺に上から抱きついている沙織ちゃんが目に涙を浮かべていた。
「でも、だってさ!」
「私がいいって言ってるんです! ごちゃごちゃ難しい事なんか今は考えないで下さい! お兄ちゃんだって私の事、恋愛対象として好きなんでしょう!?」
「それは……」
「八洲祭の時もエっちゃんが私の隠し撮り写真を見せたら大興奮で、下着姿のSSRカードが欲しくてフルコンプセットを即決でお買い上げだったって聞きました!」
「エっちゃん!? 黙ってるって言ったのに!」
あの野郎……これだからあの手のキャラは信用できない……。
「年明けに“告白の決意を固めた”って言ったら教えてくれたんです……私が自信が無くて尻込みした時、“これを聞けばやる気が出るよ”ってお兄ちゃんとの商談の音声データも譲ってくれたんです……三千円で」
「やっぱり隠し録り続けてたのか! しかも沙織ちゃんにも売りつけるとか!」
「ミナちゃんが『一石二鳥でしょ。アイデア料寄越せ』ってエっちゃんと揉めてました」
「ねえ沙織ちゃん。あの二人は本当に親友なの?」
「そこは疑っちゃダメなんです!」
「いや、食い物にされているかどうかは疑った方が良いと思う」
沙織ちゃんが俺の胸に顔を埋めてきた。剥き出しの肩が小刻みに震えている。
「私はお兄ちゃんが良いんです……他の男の人なんか考えられません……お兄ちゃんは私じゃ駄目ですか?」
そんなことはない! って大声で叫びたい。沙織ちゃんが大好きだって。だけど、俺は自分に自信がないし……沙織ちゃんに相応しい男には……。
俺の返事が無いので、いよいよ沙織ちゃんは泣きそうになっている。俺の胸に縋り付き、震える声で叫ぶ。
「お兄ちゃん! お兄ちゃんは私なんかどうでもいいんですか!?」
「さ、沙織ちゃ……」
俺が小さく呟きかけると沙織ちゃんも、もう一回細かく言い直した。
「お兄ちゃん! お兄ちゃんに振られた私が怪しいバーで飲んだくれている時にゲスなチャラ男たちに目を付けられてヤバいお薬を飲まされて拉致されて監禁されて飽きるまでさんざん弄ばれた挙句、裏DVDを撮られて裏風俗で働かされて誰も知らないところで売り飛ばされて闇に消える事になったとしても私の事なんかどうでもいいんですか!?」
「沙織ちゃん、その聞き方ズルい!? それで『うん』なんて言ったら、俺どれだけ鬼畜な冷血漢なの!?」
沙織ちゃんが俺の胸に顔を押し付けたまま……一転して静かな声で呟いた。
「誠人お兄ちゃん……お兄ちゃんは私に一言、好きだって言ってくれればいいんです。他の人にどう見られるとか、将来がとか、そんなのどうでもいいじゃないですか。私はずっとお兄ちゃんが好きで、お兄ちゃんも今私を好きでいてくれるのなら、私はそれでいいんです……」
消え入りそうな小さい声で。
返事に怯えて震える小さな声で。
それでもどうしても俺の返事を聞きたくて。
こんなに可愛い少女が、俺をずっと一心に想ってきた気持ちをきちんとしたくて。
……俺のたった一言を待っている。
そんな沙織ちゃんの気持ちを感じ取った俺の心は、いつの間にか落ち着いていた。
一つ大きく深呼吸すると、俺はそっと沙織ちゃんの剥き出しの肩に手を置いた。
「あのね、沙織ちゃん。俺もずいぶん我慢して来たから、今晩寝かせないかもしれないけど」
「……はい」
「ものすごいケダモノになって、沙織ちゃん俺が身体だけが目当てなんじゃないかって疑うかもしれないけど」
「はい」
「それ以前に今まで全く経験ないから、うまくできるかもわからないけど」
「はい」
「とにかく、何が何だか分からなくなる前に、君に言っておきたいんだ」
「はいっ」
俺は柔らかくて華奢で、それでいて女性的にボリュームのある沙織ちゃんを柔らかく、しかし離さないようにしっかりと抱きしめた。
「沙織ちゃん、俺は引っ越して来たあの日から……君のことがずっと好きでした!」
「はい!」
◆
それから何がどうなったのか、そんな野暮なことは誰にも言うつもりはない。
ただ。
沙織ちゃんがせっかく用意してくれた御馳走の数々は、結局朝食で美味しく食べたこと。
そして朝日の中で目覚めた時、腕の中で眠っていた沙織ちゃんが起き掛けに見せてくれた微笑みが最高に可愛かったことだけは……ずっと忘れないでいようと思う。
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