第29話 聖夜の狂騒曲 【改訂版】

 悦子が購買から帰ってくると、沙織が弁当箱も開けずに机に突っ伏していた。

「サオリンどしたん?」

 沙織の向かいで無表情にパック牛乳を吸い上げている文奈に聞くと、親友その2は器用に口の端だけを引きつらせてヘラッと笑った。

「おーけー、わかった」

 これはアレ関係だ。三人の間で細かい説明が要らない話題といったら、もうアレしかない。

「今度はマコチン、何をやらかしてくれたの」

 意気消沈している沙織の後頭部に紙袋を載せるも、沙織は叩き落とす元気もなさそうだった。代わりに文奈が説明してくれる。

「今度はやらかしたのはサオリンの方」

「……何やったんよ?」

「昨日マコチンにクリスマスの予定を聞かれて、元気に『パパママとご飯を食べます!』と返事したんだって」

 悦子は自分の昼食を沙織の頭から外すと、代わりに手刀でチョップを入れる。

「おまえはどこの小学生だ!」

「言わないでよう! たった今意味に気が付いて自己嫌悪してるんだから!」

 今更な泣き言を言う沙織の横に椅子を引き出し、悦子は紙袋からコーヒー牛乳とパンを取り出した。文奈が心持ちジト目で悦子の昼ごはんを眺める。

女子高うちの購買部で売っているのもどうかと思うけど、エッコもよく昼食でカツカレーパンなんか食べるわね……そこにさらにあんバターサンドとプリンて」

「なんだろうね? なぜか身体がエネルギーを欲しているのだ」

「ああ、バカは無駄に飛んだり跳ねたり叫んだりするから」

「中間考査はあたしの方がフミーより良かったじゃん」

「世の中に解明されないミステリーって数多いわよね」

 すでに話が他に飛んでる友人たちの会話に、恨めしそうな沙織が割り込んだ。

「こっちの話も、もうちょっと気にしてくれない?」

「流行を走る女子高生は、たらたら生きちゃいられないのだよ。まだ言いたいことがあるならさっさと言いなさい」

 沙織がのろのろと弁当箱を開け始める。

「誠人さんから誘ってくることなんて今までなかったから、油断しちゃったんだよう」

「まあ、それはわかる。マコチンはヘタレで鈍感だしな」

「普段そんなことを全く言わないから、クリスマスとデートがリンクしなかったの……」

「それはサオリンもどうなのよ。クリスマスとバレンタインは絶対はずせないイベントでしょうに」

 口々に言われ、沙織がまた絶望的な顔で箸の先を咥えた。

「しかもクリスマスは家族でって言っちゃったけど、それは二十五日の話で二十四日は空いてたのに……」

 沙織の独り言みたいな呟きに、悦子と文奈が机を叩いて立ち上がった。とんでもない粗忽娘に、二人は肩を並べて詰め寄る。

「タイミング逃すにもほどがあるでしょ!? そこに気づかず自殺点オウンゴールって!? サオリン、バカ過ぎる!」

「男にクリスマスの予定を聞かれて、なんでイブの夜と考えないのかな!? 小学校と中学校で何を学んできたのよ……まったく、これだからゆとり世代って怖いわね」

「ミナちゃん、私あなたと同い年……」


 瞬く間にパンを食べ終えた悦子がプリンの蓋をはがしながら沙織に尋ねた。

「マコチンはどうせクリスマスの予定なんか無いっしょ? サオリンが今から誘ったらどうなんよ?」

 悩んでいる沙織はまだ半分も食べてない。

「それなんだけど、どう言ったらいいと思う? まさか『二十五日のクリスマス当日の話だと思ってました。イブなら空いてます』って……言えないよね」

「それ『ラブホの予約を急いでください』って言ってるようなもんだよね」

「エっちゃん、直接過ぎ……」

「当日裸にリボン巻いて『メリークリスマス! 実はサプライズでした!』って押しかけたら?」

「ミナちゃん、もっとエグい……」

 ゴミをまとめて入れた紙袋をくしゃくしゃに丸めてボールにしながら、悦子は唇を尖らせて「んん~……」と唸った。

「こっから挽回する方法ねえ……」

「何か考えつく? 正直私はさっぱりよ」

「フミーは諦めるの早いなあ。あたしはまだ抜け穴があるんじゃないかと……おっ!」

 しゃべっている最中にいきなり何かを思いついた悦子がゴミのボールを宙に上げ、軽いサーブで教室の端にあるゴミ箱にロングシュートを決めた。

「うしっ、一つ思いついた!」

「どうするの?」

 弁当分と別らしいシュークリームをほおばる文奈が小首を傾げた。

「あたしとフミーで泥をかぶろう。あたしからマコチンにLINEを送るよ。『あたしとフミーがデート入ったんで、サオリンがイブに一人だけ予定が空いちゃった』って」

 沙織が怪訝な顔になった。

「イブの夜にエっちゃんが元々デート入れてないって変に思われない?」

「男にクリスマスの予定を聞かれて二十五日の話をするサオリンにだけは言われたくないわ」


 食事も終えて悦子がまとめに入った。

「とにかくサオリンがイブに空いてるって情報をマコチンに流せばいいのよ。ヤツはきっと他の事なんか目に入らなくなるから」

 悦子の説明に、沙織と文奈がこくこくと頷く。小さく挙手した文奈が聞いた。

「それでもマコチン君が動かなかったら?」

「その時は、アレよ」

 悦子がピッと沙織の鼻に人差し指を向けた。

「フミーの提案通り、サオリンが裸リボンでもミニスカサンタでもいいからコスプレしてマコチン宅へ突撃よ!」

「あー……」

 悦子が鼻息荒く断言するも、沙織はいまいち乗り気じゃない顔をしている。

「何よ? 動かないとチャンスをみすみすつぶしちゃうだけだぞ?」

「うん、そうなんだけど……イブにミニスカサンタは」

「バニーガールをやっといて、ミニスカサンタはダメなの?」

「ううん、そうじゃなくて。お父さんが帰って来てイブはお母さんと半年ぶりのデートなの。で、ミニスカサンタはお母さんが使うって釘を刺されているから持ち出せないんだ」

 沙織の指摘に、はしゃいでいた? 悦子と文奈も真顔になる。しばし黙った後。

「……ホントに家にあるの? ってか、お母さんが使うんだ……」

「さすが、サオリンのあのお母さん……正直、あたしでもちょっと引いた」

 三人の間に広がる妙に重たい沈黙を、通りかかった麻里が不思議そうに見ながら通り過ぎて行った。



   ◆



 バイトを終えた俺は急いで身支度を整え、大慌てで待ち合わせ場所へ向かっていた。沙織ちゃんとの約束の時間が迫っている。

 本屋といえどクリスマスセールには結構お客が来るもので、早上がりのはずが店をなんとか抜け出せたのが終業予定時刻の一時間後だった。かなり予定が狂った。

 幸いプレゼントは事前に買ってある。後は余裕な顔をして沙織ちゃんと合流するだけだ。


 先日俺は沙織ちゃんをクリスマスデートに誘おうとして……そもそも予定の確認の段階で敗北を喫していた。

 それがエっちゃんからLINEが来て、イブの夜に沙織ちゃんの予定が空いたことが分かった。イブは友達で遊ぶつもりだったらしく、ホームパーティは二十五日を指していたらしい。

 まあ細かいことはどうでもいい。イブの夜に沙織ちゃんが空いたことが重要だ。俺は部屋の掃除に来た沙織ちゃんに再度話を持ち掛けて二十四日に食事に行く約束にOKをもらった。

 沙織ちゃん、ちょっと複雑そうだったけど……友達と遊びたかったんだろうに、計画が潰れて残念だったんだろうな。


 大学生と高校生なのでそんな背伸びせず、ちょっとカジュアルなレストランの予約をなんとか押さえた。その前後にはライトアップのモニュメントとか夜景の綺麗な高層ビルの展望台とか、クリスマス限定の雰囲気がいいイベント(かつ入場制限のないやつ)をきちんと調べてある。邪魔になりそうなゴンタも今日は文奈ちゃんと出かけると確認が取れている。文奈ちゃんに三千円払って聞いたんだから間違いない。

 完璧だ。

 あとは沙織ちゃんと落ち合うだけ。そしてデートを楽しんで、雰囲気が良くなったところで告白する!


 俺は決意も新たに、待ち合わせた駅前広場に向かって歩調を速めた。




「お、誠人と沙織ちゃんが合流したぞ」

 ゴンタこと田原の報告に、他の三人も一斉に生垣の上に顔を出した。ニマニマしている悦子が口元を歪ませる。

「マコチンデレデレしてるねえ。ありゃ服を褒めてるのかな」

「毎日会ってるでしょうに、飽きないものですねえ」

 呆れたように言っているけど、文奈も口ぶりは完全に面白がっている。智史も興味はありそうだがちょっと顔に罪悪感を浮かべていた。

「せっかくの初デート、僕らが尾行しちゃっていいのかな」

「いいのいいの、どうせあたしたちがお膳立てしてやらなかったらデート自体無かったんだから。ここはひとつ、仲人のあたしたちが見届けないと」

 悦子は覗き見していることについて全然頓着なく、スマホの動画機能で望遠画像を取ろうと四苦八苦している。

「実のところ、自分のデートの前座に面白がってるだけでしょう?」

「フミーだってそうじゃん。だいたい考えても見なよ。今日のクリスマスイベントで、これ以上に面白いのある?」

 ちょっと黙った四人。

「ないな」

「そりゃ、これに比べたら何を見たって……」

「どう考えても、ねえ」

「というわけで行けるところまで行ってみようぜ! マコチンがどんなデートプラン考えてきたか、絶対見ものだよ!」

 悦子の煽りに、仕方ないなあと言いつつ三人も興味津々だ。

「誠人のやつ、人のことをさんざんモテないモテない言ってくれてるからな。言うだけのことができてるのか、ぜひとも見せてもらおうじゃないか」

 ゴンタなんか、日ごろの恨みも込めて意地の悪い笑みが止まらない。

「きっと砂糖吐きまくりな見てられない感じですよね」

 文奈もドライな彼女にしては珍しく興奮している。

「もう、みんな趣味悪すぎ」

 智史もたしなめているようで、悦子の荷物を代わりに担いで盗撮の手伝いをしている段階で何をか言わんや。


「おっ、そろそろ移動するかな……」

 楽しそうに言いながら腰を浮かした悦子……の言葉が途中で止まった。二人と別の方向を見ている。

「悦子ちゃん? どうしたの?」

 急に動きが止まった悦子に智史が声をかけるが、悦子は黙って固まっている。

 が、急に勢い良く動き出し、慌てて撮影をやめて電話をかけ始めた。

「ヤバい! ヤバいヤバいヤバい!」

「どうしたの悦子ちゃん!?」

 慌てる彼氏も放っておいて、悦子はスマホを耳に当てて……

『はい、もしもしエっちゃん?』

「サオリン、そっちに向っちゃダメ! 逆側に逃げてーっ!」

 沙織が電話に出た途端、悦子はマイクに向かって叫んだ。




 とりあえず夕食の前に繁華街のメインプロムナードでやっている光のモニュメントを見に行こうと、俺と沙織ちゃんが歩き出した途端に着信音が鳴り出した。沙織ちゃんがスマホを取り出して見ると、エっちゃんからの電話のようだ。

「エっちゃん? なんだろ」

 出鼻をくじかれた形の沙織ちゃんがちょっとご機嫌斜めで通話をタップし、

「はい、もしもしエっちゃん?」

 と呼びかけた瞬間。

『サオリン、そっちに向っちゃダメ! 逆側に逃げてーっ!』

 ……。

 俺と沙織ちゃんは顔を見合わせた。

 なにごと?

「もしもし、エっちゃんどうしたの? 近くにいるの?」

 付近を見回しても、街行く人に異常は見られない。話が全然分からないので沙織ちゃんが詳しい話を聞こうとスマホに話しかけるようとしたら……。

「沙織ーっ!」

 いきなり近くから、沙織ちゃんを呼ぶ男の声が上がった。

「え?」

 びっくりした沙織ちゃんが顔を上げると、正面からナイスミドルが駆け寄ってくるところだった。そしてその後ろに、ばっちり決めた格好で顔を押さえている管理人さん……。

 沙織ちゃんもびっくりした声を上げた。

「お父さん!」

「お父さん!?」

「沙織ーっ!」

 お父さんだって!?

 背が高い中年の男性は苦みばしったイイ男で、かっこよく年を取りつつもどこかエネルギッシュな雰囲気のある……いかにもできる男という感じがする人だった。なるほど、ドレスアップした管理人さんにも負けていないハンサムだし、沙織ちゃんのお父さんと言われれば納得の品の良さ……だけど、今は親バカ全開という感じだ。

 そりゃ、沙織ちゃんみたいなかわいくて素直な娘なら目に入れても痛くないに違いない。過保護にもなるだろう……なんか、俺その気持ちわかっちゃうな。

 赴任先から帰って来て、直接管理人さんとデートに入ったのだろうか? 沙織ちゃんとまだ会ってなかったみたいで、やたらと再会を嬉しがっている。

 遅れて歩いてきた管理人さんが渋い顔でちらりと俺を見た。

「はぁー……せっかく今晩はうまいこと連れ出してやったのに……覚悟しとけよ」

「はい?」

 管理人さんは何を言っているのか?


 感動の再会は一段落したらしく、沙織ちゃんの肩を抱いたお父さんが管理人さんのところへ寄ってきた……と思ったら。

 いきなりお父さんが、俺の肩をガシッと掴んだ。痛いぐらいに。

「やあ、君が誠人君かい!?」

「え? はあ、そうです……」

「そうかそうか、詩織や沙織から君のことはよ。沙織とそうで……僕も一度会ってしてみたかったんだよ」

 

 やべえ、お父さん目が笑ってない。


 俺はさっき、なんでお父さんに共感したのかをハッと理解した。


 沙織ちゃんにがつかないようにって意識が滲み出ているんだよ。その気持ち、俺もよく判る。

 ただ、今の状況での悪い虫って……俺か!


 沙織ちゃんのお父さんが俺の肩をしっかり抱いたまま、妙にドスの効いた猫なで声で訊いてくる。

「こんなところでせっかく会ったんだ……君、時間はあるよね? 今夜は沙織の可愛さについてとことん飲みながら語り明かそうじゃないか」

 お父さん、半年ぶりのデートも吹っ飛ぶぐらいに沙織ちゃんが可愛いらしい。そして管理人さんも沙織ちゃんも止められないのなら、なおさら俺に拒否権は無く……。

 クリスマスムード一色の駅前で、牽制と脅迫の気配を目いっぱい溢れさせたナイスミドルに肩を抱かれた俺……廻りのカップルからどう見られているんだろう。しかも両脇に困惑する美女美少女を従えて。


 沙織ちゃん。せっかくデートを受けてくれたのに、こんな結末で……ごめんね?

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