強く、優しく、逞しく〜薄幸の少女は無気力な青年を更生させる
藤八朗
第1話生きてく為に
清々しい筈の何時もの朝なのに、目覚めたら昨日まで居た筈の人がいない。
もとい、父の姿が見当たらなかった。
……。まだ、寝ているか、元々たまにぶらぶら居なくなる事が有ったからどうせ又何処かに出掛けたのだろうと思っていたのだ。
父は働くのが苦手らしく何時も家の家計は火の車。 それでもそんな父に愛想を尽かし私まで置いていった母と違い側に居てくれる父を憎む事なんて出来なかった。
家だってボロボロ、雨漏りもするし、すきま風が寒いけど幸せだって思ってた。
何時だって私を独りにしないでくれたから、寂しさを学ばずにすんだから。
それだけで十分だと今の今まで純粋に思っていたし、続いて行くのだと信じて疑う事なんて無かった。
だから気付くのが遅れてしまった。
私は何時もの様に、ノーランおばさんのところに仕事に行く前に朝食の準備をしようと台所に向かった。
と言っても、私の部屋と扉を一つ隔てただけの距離だけど。
父はまだ寝ているのだろうか?
それともやっぱり出掛けたのだろうか?
台所兼居間には父の姿は無かったが、その時は何時もの事位にしか考えていなかった。……今にして思えば、この時に父の部屋を覗いておけばと考えてしまうが、それを思ったところで、時間は巻き戻せやしないのだから無駄な事だろう。
手伝いと言う名の仕事を終えるとおばさんから新鮮な玉子を貰って、ちょっと何時もよりウキウキしながら家に帰った。
病弱な父にまともなご飯を食べさせてあげられる、そんな事を考えていたから。
数分後……私は父の部屋を訪ねてそれがもう二度と叶わない事を知った。
あれから、どうやって自分が自分を動かしたか何て覚えていない。
覚醒した時には、父との別れも済んでいたし、その父は既に土の中なのだから……もう会えないのだから……自分を取り戻さなければと焦って足掻いた。
此処に居たいけれど、いればダメになる。
ダメになるから、私はおばさんの紹介で働きに行くことにしたのだ。
ここにいても食べてはいけないし、かといって学も無い私。
働ける場所が有るのなら有難い限りだ。
馬車に揺られること数日間、正直スッゴく遠かったけれど、見慣れた場所とは違う景色は心を落ち着かせるのに大いに役立ってくれた。…あのままあの家にいたらきっと私は駄目になるだろうから。
町を抜け、人里離れた多分この一帯がすべて貴族の人の領地なのだろうと思わせる一帯の土地。
長い旅の末にたどり着いた場所はとてつもなく大きな屋敷。年季が入っているのは解るがくたびれた、とか古いとは違って歴史を感じさせる、管理の行き届いた屋敷。
「……こんな立派な屋敷なんて初めて見たわ…どんな人が住んでいるのかしら?……生まれながらに全てを持っている人………幸せな事だわ」
それが私の、正直な感想。
だって活きて行くのは辛いもの。
ただ活きて行けるだけで、ただそれだけでもこの国では恵まれているのだ。
其ほどにこの国は疲弊している。
「でも、無駄に広すぎよねこの屋敷は……何時になったら入り口迄たどり着くのかしら?……まさか正門から突入するわけにもいかないし……困ったな」
勿論、返事なんて期待している訳はない。
だって、ここにいるのは私だけだって思っていたし、だからうっかり発言だってしたのだから。
「本当に、無駄に広いよね」
いつの間に、私の背後を取ったのか!?
声は私の斜め後ろから聞こえてきた。
流石の私も、なれない場所で緊張していた驚いて振り返るとそこには綺麗な顔をした男の人が立っていた。
「ところで、君は何処の何方かな?」
のほほんとした声音で問い掛けられる。
「え!?…あっと、私は本日から此方でお世話になるリンと申します。……失礼ですが、貴方様は?」
「私?…私はルーク、ルーク.アースティア。……この屋敷の今の主だよ?」
これまた、のほほんと答えられて、一瞬、反応が遅れたが私の反射神経は伊達ではないのだ。
「失礼致しました。……ルーク様、私、本日より掃除婦として参りました、リンです」
私達、平民には家の名等ない。
だから、ただのリン。
そこに恥は無いけれど、貴族との差を付けれている様で、やるせなくはある。
「君が今日から勤めてくれる娘何だね。……初めまして、今メイド長のアンを呼んでくるよ」
「いえ、私の事でルーク様のお手を煩わす訳には参りません、私が自分で行きますので…ご配慮有難う御座います」
私は深々と頭を下げた。
こんな事で、雇い主の心象を悪くしたくない。私には、もう帰る場所なんて何処にもないのだから、どんなに辛くてもここで頑張るしか無いのだから。
「リンはまだ幼いのに偉いね」
ルーク様は私の頭を撫でると頬にそっと口付けた。
一瞬…自分が何をされているのか解らなかったけれど、わりと直ぐに思考は回復した。
「………ルーク様は私を幾つだと思っているのですか!?」
語尾が強くなってしまったのは、私の至らなさだ。
「13歳」
「16です!!…私にだって恥じらいは有るのですから、今後はお戯れはお止めください!!」
やっちまった。
やんちゃな子供を叱りつける様に注意した。
雇い主に噛みついてしまった。
私…着いた早々に首かしら?
だが、今回は私の考えている結末には成らなかった。
「ごめんね、リン許してね?」
「………私の方こそ、もうしわけございませんでした。……ですが、ルーク様の様にその手の冗談への免疫は無いので、止めてください。……生意気だと首にするならして頂いて結構です」
嘘です。
ホントは真面目に困ります。
「いやだな、そんなことくらいで君を手放したりしないよ。……君と話すのは楽しいしね」
こいつ、私を愛玩動物か何かだと思っているな。
いや、珍獣扱いか?
まあ、どちらでも働けるなら良い。……お金が有ればお父さんとお母さんのちゃんとしたお墓を作ってあげられるから。
ええ、ペット要員でも何でもやりますよ。
「改めて、これから宜しくね」
「宜しくお願い致します」
ルーク様はメイド長のところまで律儀に連れていってくれた。
私の部屋は屋根裏部屋だったけど、綺麗に片付けられて悲壮感何て何もない位ちゃんとした部屋だった。
「正直、覚悟してたんだけどな」
何故だか部屋に似つかわしくないベットに違和感を覚えたが、悪いものならまだしも良いベットなので何も問題ない。
長旅で疲れた私は、メイド長の明日からの勤務にしては?と言う申し出を有り難く受け入れ深い眠りについた。
このベットは予想以上に気持ち良く、質が良いことが私にも解った。
何故私の部屋がここのなったのか?と言う事の答えは後に知ることになる。
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