CHAPTER 5


「――始めるぞ」


 叢鮫さんが発したその一言が、合図だった。

 CAPTAINキャプテン-BREADブレッドが、ROBOLGERロボルガー-Xクロスが……PALADINパラディン-MARVELOUSマーベラスが。それぞれの「力」を振るい、一斉に躍り掛かる。


 魔人は8mにも及ぶ圧倒的な体格を駆使して、その巨大な拳を叩き込んで来た。叢鮫さんはそれを巧みに盾でいなしながら、懐に潜り込み拳打を見舞う。


「――フンッ!」


 だが、それだけではダメージには至らず――魔人は彼目掛けて両腕を振り上げた。


「おネムの時間だ、デカブツが」


 すると、次の瞬間。両脚のジェットを噴射させながら、突進して来た火弾さんの体当たりが魔人の胸に炸裂する。

 体重が後ろに傾いた瞬間に体勢を崩された魔人は、踵に重心が向かいよろめいてしまった。


「はぁあぁあッ!」


 そこへ追い打ちを掛けるべく、輝矢君が鉄球の一撃を叩き込む。顔面に強烈な質量攻撃を浴びせられ、魔人は今度こそ転倒してしまった。

 一気に畳み掛ける好機を得た3人は、素早くマウントポジションを取ろうと一斉に跳び上がる。


 ――が、それは彼らを誘き寄せるための罠だった。


「なにッ!?」

結城の鉄球セイクロイザーを――ごはァッ!」


 投げつけられた鉄球を、まるでキャッチボールのように掴み取った魔人は――それを火弾さんの方に投げ返し、彼の腹部に炸裂させてしまう。


「火弾ッ! ――うがぁあッ!?」

「結城――ぬぅッ!」


 その隙に素早く起き上がり、輝矢君の頭を掴んだ魔人は――圧倒的な腕力で彼を振り回し、地面に叩きつけて行った。追撃を阻止しようと背後から殴り掛かる叢鮫さんを、裏拳で撃ち落としながら。


『ピポポ、ポピッ!』

「……やってくれるじゃねぇか、今朝のニコチン全部抜けちまったぜッ!」


 腹に鉄球をぶつけられた火弾さんは、なんとか体勢を立て直すと――肘からの噴射ジェットを利用して、一気に飛び掛かる。だが、その挙動を読んでいた魔人は、迎撃の剛拳を突き出してきた。


「ロブッ! 右腕を――!?」


 辛うじて魔人の拳を飛び越した火弾さんは、外骨格の右腕を砲身に変形させるが――撃つ寸前に魔人の頭突きを受け、後方に吹き飛ばされてしまう。


「ぐおぁッ!」

「くッ……火弾ッ!」


 彼が地面にぶつかる寸前、スライディングで落下地点まで滑り込んだ叢鮫さんは、間一髪火弾さんを受け止めることに成功した。

 その間に、地面にめり込むほどの勢いで叩きつけられていた輝矢君も、なんとか身を起こしている。


「……皆、まだ戦える?」

「あぁ、大丈夫だ。……おい、お前はさっさと立て。男と抱き合う趣味はない」

「ケッ。てめぇから滑り込んで来といて、大層なクチ叩きやがる。……なんてこたぁねぇ、ようやくエンジンが掛かってきたところだ!」

『ポピポポッ!』


 そして再び――3人同時に、それぞれの力と技を武器に挑み掛かって行った、のだが。


「おぉぉおおッ――!?」


 3人が間合いを詰めた瞬間――魔人はその巨大な顎と3本の角から、眩い熱線を放ったのである。


「――ッ!」


 咄嗟に空中で防御した3人は、そのまま吹っ飛ばされてしまった。

 広場の周囲に立ち並ぶ家屋に叩きつけられ、瓦礫が飛び散り――戦いに見入っていた人々が、阿鼻叫喚と共に逃げ惑う。


「……どうだ、テルスレイド。寿命という対価さえ支払えば、魔法の才能が一切ない私のような愚物でも……これほどの力が得られるのだ。上出来、だろう……?」


 ルクファード陛下は憔悴しきった表情のまま、口元から鮮血を滴らせている。このまま魔人を操り続ければ、彼はきっと、助からない。


 そんな兄を、救うために。輝矢君は家屋から自分の身体を引き剥がし、懸命に立ち上がろうとしている。


「……っ」


 混乱の最中、輝矢君から貰った外套に身を包む私は――その光景を瞬きも忘れて、ひたすら凝視していた。


 彼らは、私を助けるために来てくれたヒーローなのだから。せめて、怯えることなく――その戦いを見届けたい。

 最後まで、見守りたい。


「……あの嬢ちゃん、逃げる気ないみたいだぜ」

「いいさ……逃げる必要なんてない。ここで必ず、奴を倒す」

「へぇカッコいい、さすが皇子様だ」

「茶化してる暇があるならさっさと降りてこい、お前が最後だぞ」

「いちいちうるせぇなてめぇは。パンでも齧って気長に待ってろ」


 そんな私を、一瞥しつつ。家屋にめり込んでいた彼らは、続々と瓦礫を引き剥がして広場に戻ってくる。額や鎧の隙間から、鮮血を滴らせながら。


 最後に家屋から離れた火弾さんは、気だるげに首を捻りながら、仮面マスク越しに魔人を睨み上げていた。恐れ、という感情を全く見せない彼は、魔人の巨躯を前に素顔を晒しながら――懐から煙草を取り出し、火を付けようとする。


「……なぁ、帝国ここって喫煙所とか」

「ないよ」

「だよなぁ」


 だが、火を付ける瞬間に輝矢君から指摘され。彼は深くため息を吐きながら、仮面を閉じつつ煙草をしまっていた。


 こんな状況だというのに――彼らは全く、動じていないのがわかる。全身傷だらけで、血塗れなのに。


 その身に燻る「闘志」には、微塵も乱れがない。


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