CHAPTER 3


「輝矢、君……どうして……!」

「約束しただろ、必ず助けに来るって!」


 彼は驚嘆する民衆を他所に、死刑台の上に颯爽と着地すると――瞬く間に周囲の衛兵達を、鉄球の一撃で蹴散らしてしまう。

 そして貫頭衣姿だった私に、自分の外套を被せると。相変わらずの甘いマスクで微笑み掛けながら、私を抱き上げてしまった。


 その鮮やかな一連の救出劇に、集められた国民達から歓声が上がる。皆、この死刑を望んではいなかったらしい。


「……これが答えだよ、花奈。誰も、君が消えればいいだなんて、思ってない。もう絶対、俺がそんなことはさせない」

「……輝矢、君……」


 諦めてしまった方が、ずっと楽だったのに。咎人として、あのまま殺されていた方が、諦めがついたのに。

 優し過ぎる彼は、絶対にそうはさせてくれない。こんなにも優しくされたら、私は……命が惜しくなってしまう。


 いつしか私は、彼の硬い胸板に身を寄せ、嗚咽を漏らしていた。心の奥底に封じ込め、捨てた気になっていた死への恐怖が――溢れ出る。


「……怖い思いをさせてしまって、済まなかった。君をこの世界に連れて来たのは、俺だ。その責任を、果たさせて欲しい」

「……うん」


 彼は優しく私を下ろすと、身を翻して騎士達と――兄である皇帝陛下を睨み付ける。

 このセイクロスト帝国を統治する、ルクファード・セイクロスト陛下は、そんな弟を特等席から苦々しく見下ろしていた。


「……兄上。今ならまだ、花奈に働いた無礼の数々も水に流せます。その魔人を、封じさせてください」

「相変わらず勇ましいな、テルスレイド。私は昔から、そんなお前が恐ろしくて仕方がなかった。……私が魔人ヴァイガイオンを捨てる時は、お前が死ぬ時だけだ」


 そんな皇帝陛下の背後に控えているのは、筋骨逞しい肉体と深緑の鎧で全身を固める、漆黒の巨人。全長8mはあろうかという彼の者は、一度自分が退けた輝矢君を、獣のような眼光で射抜いている。

 龍のような貌と、側頭部や額から生える3本の角。紅く鋭い眼に、凶悪な大顎と牙。そして胴や肩を護る、堅牢なプロテクター。

 「悪魔」という言葉が四肢を得たかのような、悍ましい出で立ちだ。


「兄上……その魔人の危険性は、よくご存知のはず。長く眷属として使役すればするほど、あなたの命が蝕まれるのですよ! 家臣達の真の狙いは、俺達の共倒れです!」

「それで良い。……お前の力に怯えて生きるくらいなら、魔人に命を喰われた方がマシというものだ……がはッ!」

「兄上ッ……!」


 その魔人を背にしながら、ルクファード陛下は激しく血を吐き膝をつく。脇に控えている家臣達は、その症状と輝矢君の指摘に狼狽しながら、治癒魔術師達を呼び寄せていた。

 ――魔人を解放したのは確かに、輝矢君や私達を疎んじる家臣達の計略だったのだろう。だが、魔人を眷属とする計画に乗ったのは、間違いなく陛下自身の意思によるものだった。


 彼は、やさぐれているのだ。何もかも自分より秀でている弟に、地位でしか優っていない自分が、惨めに見えて仕方がなかったのだ。それこそ、自分の命まで軽んじてしまうほどに。

 だから彼は、命を削ると知りながら、魔人を眷属にしてしまっている。弟を、テルスレイド殿下を、輝矢君を恐れているせいで。


「……分かりました。ならば今度こそ、俺が兄上を救う!」

「バカな。私の命を吸い、力を増しつつあるこの魔人に……お前1人で、どうやって勝つというのだ!」


 だからこそ輝矢君は、兄を救う為に――正義の鉄球を振るっていた。が、その一撃は魔人の剛腕が難なく弾き飛ばしてしまう。

 跳ね返ってきた鉄球を咄嗟にかわし、宙に飛び上がった輝矢君の足元で――石畳が激しく砕け散っていた。


 この戦いを、私は知っている。輝矢君が手も足も出ず、魔人の威力に押し切られ敗走してしまった、数日前の戦いを。

 また、あの時が再現されてしまうのだろうか。生への執着が芽生えてしまった私が、そう逡巡する中――魔人と相見える輝矢君は、口元を緩めていた。


「……いいや。1人なんかじゃない!」


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