GRIT-SQUAD
オリーブドラブ
前編 LOAD OF VAIGAION
CHAPTER 1
もし私が、ごく普通の家庭に生まれた、ごく普通の子供だったなら。きっと今頃はごく普通の恋をして、ごく普通の結婚をしていたのだろう。
――けれど。
私は、違った。
違ってしまった。
私は間違いなく、普通ではいられなかった。普通であることを許されない、生まれながらの「咎人」だった。
「異世界より現れた異端者『ハナ・ホナミ』よ! これより貴様の――死刑を執行するッ!」
だから。今こうして、巨大な宮殿と青空に見下ろされた大広間で、衛兵達に囲まれながら「死刑」に処せられようとしているのも――その「報い」なのだろう。
異世界から召喚され、この剣と魔法の世界に訪れた私を待っていたのは、国を脅かす「魔女」に裁きを下すための裁判。何の力もない私には、その刑をただ受け入れる以外にない。
「……」
不思議と恐れはなく、私は周囲を取り囲む騎士達に殺気を向けられながらも――怯えるどころか、力無い笑みを零している。絶望の遥か向こうに辿り着けば、逆に笑ってしまうものなのだろう。
そんな私に、死刑を言い渡した黒衣の裁判長も、周囲の騎士達も――引いている。これから間もなく処刑されるというのに、泣き喚くどころか薄ら笑いを浮かべているのだから、気味が悪いと思うのも当然だろう。
「……これより、ルクファード・セイクロストの名の下に、死刑を執行する。ギロチン台に連れて行け」
「はッ! ――おらッ、さっさと歩けッ!」
そんな異世界人達の中で、ただ1人。私を奇異や侮蔑の眼で見ることなく、どこか憐れむように眺めていた、銀髪の青年は――私を死刑台に上げるよう、騎士達に命じる。
この帝国を統治する皇帝陛下である彼は、騎士達に無理矢理連れていかれる私の黒髪を、じっと見つめていた。
これから始まる公開処刑のために集められた、民衆の悲鳴を聴きながら。自身の背後に聳え立つ――巨大な「漆黒の影」を従えて。
◇
――その頃。私がまだ知らない、この異世界の遠いどこかで。
3人の「ヒーロー」達が、激しい陽射しに照り付けられた砂漠の街に、ぽつんと佇んでいた。
道行く人々は、
「あ、あづい……ここが『セイクロスト帝国』とかいう、お前の故郷なのか? なんか思ってたのと違うっていうか……アラビアンな感じの街並みなんだけど」
「いや全然違うよ! ここはヴァンクルス王国って言って、帝国からは遠く離れた砂漠の国なんだ!」
「じゃあなんでこんなとこ連れて来た!?」
「ま、間違えたんだよ!」
「……御託はいい、さっさと目的地まで連れて行け。砂漠は好かん」
「ケッ、砂漠戦仕様の
彼らは今、私が囚われている「帝国」を目指している……らしいのだが、どうやら「行き先」を間違えているようだ。先頭の青年が開いた「
「つ、次は大丈夫だよ! 行こう、帝国へ!」
「おぉしッ! やっと異世界召喚って感じがしてき……!?」
そして――その先で彼らを待ち受けていたのは、天を衝くほどの噴火により溶岩を撒き散らす、活火山の光景であった。
麓に「転移」してしまった彼らの頭上に、無数の岩石が降り注いでくる。
「……!?」
もちろん、ここは彼らの目的地などではない。3人は一目散に走り出し、ひたすら回避に徹していた。
「だあぁあ! なんなんだここはぁ!? 火山の麓じゃねーか、しかもめっちゃ岩降ってくるし! 大噴火の真っ最中だしッ!」
「え、ええっと……ここはその、ゾナンフェル山脈っていう帝国の隣国にある火山で……今はちょうど噴火の時期っていうか……」
「また間違ってんじゃねーか! お前戦う前に俺らを殺す気か!?」
「しょ、しょうがないだろ! 俺だって、
「つべこべ抜かすな、さっさと『門』を開け」
「分かってるよ!」
言い争う暇もなく、溶岩流が津波のように迫って来る。再び1人の青年が作り上げた「門」に、彼らは間一髪飛び込み離脱することに成功した。
――の、だが。
次に彼らが「転移」したのは――巨大な渓谷を彩る、滝と湖の絶景であり。
「……!?」
その幻想的な景色を一望できる――
「門」を抜けた瞬間、足場すらない真夏の青空へと放り出された3人は、一斉に絶句してしまう。
「どわぁあぁあッ!?」
「うわあぁあぁッ!」
「む……!」
そこから敢え無く水中へと墜落し、5m以上もの水飛沫を上げた後。全員が息も絶え絶えになりながら陸地へと這い出たのは、「転移」から約数分が過ぎた頃であった。
「ゼ、ゼエッ、ゼエッ……おいコラァア! 一向に帝国まで辿りつかねぇじゃねーか、どこなんだここはァア!? いくら世間様じゃ夏休みが近いからってなぁ、ツアー旅行に招待された覚えはねーぞッ!」
「こ、ここはアクロンティス渓谷と言って、帝国領の中でも絶景スポットとして有名な場所でね。毎年、諸外国からも大勢の……うん、ごめん」
「……帝国の領地ではあるのか。ならばもう、走った方が早いのではないか?」
「つ、次こそ上手く行くから! 絶対ちゃんと帝国に着くからっ!」
とうとう転移魔法そのものを否定され始め、この中で唯一魔法が使える青年は、大慌てになりながら再び「門」を作り出していく。
「待っててくれ、
私の名を呼びながら、遠い地へと繋がる光の円を描く――彼の眼は。今度こそ必ず成功させるという、確かな決意を宿していた。
◇
「ハァッ……ハァッ……!」
一方。私が囚われている「帝国」の大都市にある、どこかの路地裏では――囚人服姿の男性が、壁に手をつき激しく息を切らしていた。その表情は憔悴しきっているようにも見えるが、瞳には燃え滾るような「闘志」が宿されている。
「ハァッ、ハァッ……く、ふふ。このジークロルフ・アイスラー……一生の不覚であった。まさか数億という報奨金を積んでも
その脳裏に過ぎる、苦い思い出の数々はよほど過酷だったのか――男性の強面な貌は、どこか悲痛な色を滲ませている。
「……いや。私のつまらないプライドなど、どうなろうと構うものか。殿下のお力だけでは、恐らくあの『魔人』を屠ることは叶わぬであろう。……ハナ様をお救いするためにも、もはや手段を選んではおれんのだ」
だが、その嘆きも長くは続かない。やがて彼は意を決したように、両の脚で血を踏みしめると――鎖で繋がれた両腕を翳し、異世界へと繋がる「門」を開いた。
「『異世界』の勇者達よ。貴様らが、金で動くような安い正義など持ち合わせておらん、というのなら――殿下直伝の『必殺技』を見せてくれよう! このジークロルフ・アイスラーの、誠心誠意を込めた芸術的『ドゲザ』をなァッ!」
一度はこっぴどく「何か」を断られたらしい、この男性は――再びその「何か」に挑戦するべく、自ら生み出した「門」の向こうへと飛び込んで行く。
――誰が教えたのか。私がいた日本ならではの文化としか思えない、ある聞き慣れた単語を叫びながら。
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