第25話 彼女に対して抱いた違和感
「ごめんみどりちゃん、遅くなっちゃって。隣、いい?」
「べ、別に構わないけど……、遅すぎ。どんだけ待ったと思ってんのよ」
「ごめんごめん。ちょっと友達と話し込んじゃってさ」
彼女からの了承が得られたので、ストンとソファに腰掛ける。彼女の前には漫画が数冊積まれており、手には携帯型ゲーム機。この様子だとそこそこの時間、この部屋で待ってたみたいだ。
待たせてしまってたみたいで少し申し訳なくなる。何かお返しできればいいんだけど。
「む、ぐぅ。リア充だ。リア充がいる。友達とか言ってるけどどうせアレよ。女でしょ。彼女でも作ってイチャイチャしてるんでしょ本当は」
「いや、別にそんなこと。確かに女友達はいるけど、決してそんな関係では……、ないと思うよ」
「だ、断言しなさいよそこは……! もう。女よ絶対女だわ。くっそ私の周り全員爆ぜればいいのに……」
「まぁなんかいつも通りで安心……はできないな。てか君の周りで何かあったのか?」
……まぁ、みどりちゃん。これが通常運転だ。彼女持ち彼氏持ちの人だったり、キャッキャしながら青春を謳歌してる同年代––––––、いわゆる「リア充」に随分と黒い感情を抱いているみたいで。
彼女自体があまり他人と積極的に関わることが得意な性格ではない。だからなんとなくその手の人間は「苦手」なのだろうし、そこから来る感情なのかなとは納得してる。けど……、どこか拗らせすぎな気がするのもまた事実だ。
「……近くにいるのよそういう奴が。最近やたらと入れ込んでる男がいるみたいでね。やたらそいつの話ばっか。ったくそれを煽って話を聞き出そうとするあいつらもあいつらだしその話聞かされるこっちの身にもなってほしいのよあのピンク……!」
「あ、まぁ近くに苦手な人ができたのはわかったよ。まぁ、大変だよね。うん。いったんこの話はやめといた方が良さそうな」
ピンク、と聞いて、佐倉さんが突発的に思い浮かんだ。けど、彼女とみどりちゃんは関係ないってか、面識すらないはずだ。単純に、ピンクという単語から連想しただけだろう。だって彼女の髪色、桜色だし。
このままだとみどりちゃんの闇が増幅しかねない。そう直感して、話の転換を試みる。
「話してていい気分はしないから賛成よ。でも、司兄ぃも気をつけてよね。高校生でそーいうことするやつって100パー面倒くさいのよ。往々にしてね」
「それはそれでド偏見のような気もするけど……、心に留めときますよ。じゃあ、ゲームでもしますか。そのゲーム、テレビに繋いでもらえる?」
「じゃあ、このゲームにしましょ。ぶっ潰してあげるわ」
何やら物騒な物言いで彼女はゲームソフトを取り出す。それはゲーム好きなら誰でも知ってる落ちゲーだ。確か、みどりちゃんが一番得意としてるゲームだったはず。
ガチで潰す気満々だ。邪悪な笑顔してやがる。
「いやいきなりそれ……? みどりちゃんそれで全国ランク一桁とかじゃなかったっけ。俺格下だぞ」
「ふふん、遅れた罰、よ。覚悟しなさい。完膚なきまでにプライドへし折ってやるわ」
「そ、そんなに怒るようなこと……だな。君なら」
「話が早くて何より。んじゃいくわよ……!」
一応俺もそのゲーム、全国では中堅ランカーだしそこそこに自信はあるんだけど……、蹂躙される気しかしねぇ。
でもそんなことより、彼女が抱いている感情についてだけど、単に「遅れた」とか「リア充」であること以上に、どこか別のものも多分に含まれてる気がするのは、気のせいだろうか。
そんな事を思ってしまうほど、彼女の気合の入れようは凄まじかった。
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「ま、負けたっ……!? う、嘘でしょ……?」
「ら、ラスト一本偶然引けた……。あっぶねぇぇ……!」
結局、某落ちゲー10本勝負、当初の俺の予想通り9-1と結果だけ見れば蹂躙される結果に終わった。
まぁ、ラスト一本取れただけでもよしとすべきだけど……、かなり危なかったぞ。
いやだってもうテクニックが凄すぎたんだもの。彼女の指使いがもう高度すぎて俺の理解を超えてたし。それに10連鎖つなぐってどういう事だ。どこまで先見通して積んでんねん。
で、その彼女は一本落としたことが予想外すぎたのか悲壮感漂う声でガックリと項垂れる。いやどんだけショックなんだよ。
「な、何がいけなかったの? 積み方? それとも駆け引き? り、リア充にこのゲームで負けるなんてぇ……っ」
「いや結果だけ見れば俺スッタボコなんですが。一本取られただけでそこまでされるとなんか惨めになってくるんだけど……」
まぁ、みどりちゃんはこのゲーム全国一桁だから、プライドがそうさせるのもあるかもしれないけどさ。それでも俺としてはボコボコにされてたのは事実なわけで。
そこまで落ち込まれるとなんか悲しくなってくる。
「ふふ、楽しそうで何よりだわ。白熱してるところ悪いけど、そろそろ夕飯だから手伝ってちょうだい」
「あ、はい。わかりました。おばさん」
「うう、楽しくなんて……いや、まぁ楽しかったけど、ぐむむ……」
気づけば、真美おばさんが後ろに立っていた。キッチンを見ると、先程遅れて到着した母が何やら作っている。天ぷらかな? 匂い的に。
じゃあ、そろそろ手伝いしないとな。そう思って立ち上がると、「ねぇ、司くん」とおばさんに呼び止められる。
「みどりと仲良くしてくれて、ありがとうね。ほらあの子、あの性格だから学校で仲良い子ってそこまでいないのよ。だから……」
「別に、いいですよ。この性格もみどりちゃんの良さだと思いますし。一緒にいて楽しいですから」
「母さん、余計なこと言わないでよ……」
ぷくっと頬を膨らませて抗議の視線を送るみどりちゃんに、おばさんはハイハイ、わかりましたよー。と軽くあしらうようにそう言って、キッチンへと戻る。
さて、それじゃ手伝いに行くか。待たせちゃ悪い––––––、そう思った途端、スマホのバイブレーションが震えたのがわかる。
組織のスマホだ。側から見分けがつかないように、私用のケータイと同じ機種にしてるけど、ストラップで分別がつく。
組織が開発したメッセージアプリを開くと、夜霧さんから一つ、メッセージが送られていた。
「天龍くんへ。
明日から貴方には正式に任務についてもらうことになりました。朝の9時きっかりに組織に来るように。そこでパートナーと、任務の説明をするから。
夜霧 霞」
硬っ苦しい文章と共に、そう記されていた。彼女らしく、簡潔な文で。
まぁ、随分と急だなとは思うけれど、それも仕方ないのだろう。一応仕事な訳だし。
ちょっと緊張で身体が強張るけど、家族の前だ。そんな姿は見せられない。一つ深呼吸をして、「了解しました」とメッセージを送り、スマホをしまう。
顔を上げると、同じくスマホを見ていたみどりちゃんが、何やら渋い顔をしていた。
「うげ、マジかめんどくさ。よりにもよって。もうっ……」
そう言って俺の方を見ると、一つため息。
それがどういう意図なのかは全く読めないけど、何やら彼女にとって穏やかじゃない内容がスマホの画面に出ていることは、なんとなくわかった。
「どうしたの? 何か問題でもあった?」
「え、あー、うん。そんなとこ。バイトで急にヘルプ入ったのよ。ったくいっつも急なのよねアイツ。こっちの予定も考えてほしいってのよ……」
「あぁそうだったの。丁度俺もそんなメッセージだったんだ。入ってる部活で急な予定入っちゃって……」
「う、そ、そうなのね……。いや、なんか偶然ね。てか、とっとと手伝いいかないと母さんに怒られると思うんだけど?」
「––––––うん。ま、そうだね。早くいかないと、ね」
ちょっと動揺したような素振りを見せて、彼女はとっとことご飯が並べられているテーブルへと走って向かっていってしまう。
なんなんだろう。なんか隠してるようにも思える。けど、
考えてもわからないものを、無理に考えても仕方ないな。
考えるべきは、明日の初任務に当たって、どうコンディションを整えるか、だな。
そう思って俺はその、彼女に対して抱いた違和感を頭の隅に追いやりつつ、食卓へと向かった。
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