第22話 天龍司vs佐倉咲
「じゃあ、よろしく。佐倉さん」
「ええ、よろしくお願いしますね。天龍くん」
そう言葉を交わして、俺と佐倉さんは向かい合う。佐倉さんは師匠とやり合った後少し座っていたので、俺と話しつつ改めて準備運動を行なっているところだ。
少し気分が高揚してるのか師匠とやりあう前のそれとは少し動き方が軽やかな気がする。いやどんだけワクワクしてるんですか貴女。
「……さて、とっ。これくらいでいいか。じゃ、行きますよ。天龍くん」
「OK。こっちはいつでも……ってか、さっきからずっと思ってることだけど、随分とワクワクしてますね。そんなに楽しみ? 俺とやるの」
「ええ、勿論ですよ。あなたのあの技術、直で体験できると思うと、もう……っ」
いやなんで顔赤らめてんのさ……って、いやなんとなくわかってはいるんだよ? ただ考えないようにしてるだけだ。だっておっそろしいもん彼女の笑みが。
顔を綻ばせたそれには、どこまでも好戦的なものが込められてるような気がするし。
「おぉ、スイッチが入ってしまったようじゃな。さて、どうする司よ」
「いや他人事のように言わないでくださいよ。半分は貴方の所為のような気も––––––––」
「まぁ、それは置いとけ。それはそうとして、余所見してていいのかの?」
「あ––––––っ!!」
はっ、となって佐倉さんの方へと視線を向ける。
そうだ。今は佐倉さんとの勝負の最中。始まりの合図なんてないのだから、闘いはもう始まってるのと、同義。
佐倉さんを視界で捉えたときには既に、俺の目と鼻の先に、彼女は迫っていた。
「そうですよ天龍くん。余所見なんて、させませんから。それこそしようものなら……、腕の一本、軽く持って行っちゃいますよ?」
いや笑顔で怖いこと言わんでくれませんか!?
あの時組織の基地で躊躇い迷いの類を見せてた貴女はどこに行ったんだって言いたくなるくらい楽しそうな笑顔だ。死ぬほど恐ろしい。
そんなことを考えている間にも、彼女は俺に拳を叩き込まんと、素早いモーションで拳を繰り出す。
溜めの少ない、最速最短の正拳突き。
気づけば、それはもう眼前に迫っていた。
「う、ぐ––––––!」
ほぼ、条件反射だけど、なんとか反応する。
彼女の拳を横にいなし、はたき飛ばす。そしてその勢いで体をグルンと回転させ、後ろをとる。
よし、ラッキーだ。背後を取れただけでもかなり優位に立てたはず。
取り敢えず、後ろから羽交い締めにして身動き取れないようにしよう。ちょこまか動かれるだけでも脅威だ。
そう思って思い切り佐倉さんに向かって手を伸ばす、けど。
「––––––はっ!!」
「っ、お、ぶっ……!?」
腹部に重い衝撃。
後方に吹っ飛ばされたときに視界に映ったのは、後ろにピンと伸ばされた彼女の足。
綺麗な後ろ蹴りだ。
後ろを取られてからほんの一瞬だったはず。全く、何ちゅー反応速度だよ……!
倒れ込んだときに受け身をとって、衝撃がなるべく体にいかないようにする。
けど、今の一撃、重い……! 単純な威力はいざ知らず。スピードもキレもミソラさんと比べて、その数段上だ。
でも、まだ立てないわけじゃない。足に力を思い切り込めて、立ち上がる。
「わぁ……! 流石ですね。今くらいの力でまともに入ったなら、ミソラちゃんだって立ち上がるのに相当の時間が必要なんですけど。それに……」
佐倉さんは手を叩いてさも驚いたような態度を取る、そして、
「後ろ取られるなんて、いつぶりかなぁ。もしかしたらリーダーと手合わせしたとき以来かな……? ふふ、スイッチ入っちゃったかも、ですよ」
もんっの凄く嬉しそうな顔でそう言った。
……うん、今のでわかった。この佐倉さん。戦闘モードの佐倉さんだ。
誰かと勝負するってなると、自然とこういうテンションになるんだろう。なんか基地で一悶着あった時と近い感じだ。
あの時無理矢理そういうテンションに持っていこうとしてたのかな、と思う。それが素で出てると。
……うん。こ、怖え。あんな佐倉さん初めて見る。さっきから本当に驚きっぱなしだ。
正直、こんな感じの人と手合わせするのも初めてだし、ああなったら彼女も止まらないと思う。「試合の本気程度」なんて言ってたけど、多分それに留まらないくらいの「本気」でくる。
勝てる気なんてしない、けど、
やるしか、ないんだろう。もう、彼女が止まらないなら、下なんて向いてられない。
そう、例えどんなに実力が歴然としてたって、今はもう、自分を奮い立たせてやるしかない……!
どうすれば、良い。ここで彼女に一瞬でも、同じくらいに張り合えるには、どうすれば–––––––!
「これしか、思いつかねぇか……!」
覚悟を決めて、思い切り踏み込んで、彼女に向かって飛び込む。
俺が、彼女に真っ向から向かってったって、勝てるわけがない、なら、
一瞬でも彼女に、隙を無理矢理作らせるしかない––––––!
佐倉さんの眼前に迫った時、思い切り斜め下に体全体を倒して彼女の視界から外れようと試みる。
さっき師匠が俺にやったような奴だ。視界から一瞬だけでも外れるだけで、大きな隙を生み出せる。
「っ!! そんな真似–––––––!」
もう、見たんですよ。そう言いたいのだろう。彼女は難なく俺のスピードに視界を追いつかせる。
その時の俺の体勢は、側から見たら無防備な体勢。彼女はチャンスと思ったのか、勢いよく俺の胴目掛けてローキックを放つ。
大丈夫。予想通り。だって、あえて無防備な体勢にしたんだから。彼女なら、間違いなく仕掛けてくると思ってた。
俺は、構える。さっき師匠が佐倉さんにやろうとして、結局未遂に終わった、あの技を繰り出すべく、構えを取る。
まぁ、師匠よりは上手くできないけどさ。
彼女のローキックの勢いを、そのままお返しする、技だ。
まぁでも今回は、それを匂わせるだけにとどまるだろうな、とは思う。
「っ!!」
ほら、ね。感づかれた。
佐倉さんは俺にさっきの師匠と似た雰囲気を感じたためか、ローキックを途中でピタリ止める。
それ自体は自然な動きだ。けど、
「今だ……っ!」
その動作自体が、大きな隙になる。
思い切り足を伸ばして、彼女の軸足を払い除ける。
「く、うっ!?」
彼女の体が宙に浮いて、大きく傾く。
よし、決まった–––––––!
そう思ってさらに追撃を仕掛けようと飛びかかる–––––––、はずだったんだけど、
彼女は空中で体を捻って、その勢いを使って体をグッと曲げ、手を地面につける。
そして、足を思い切り俺の前へと繰り出した。
「え––––––」
その一連の動作は、あまりにも一瞬のうちで。
反応する間もなく、胸に、重い衝撃が加わった。
「––––––っっっ!!??」
体が宙に浮いて、息が詰まったと思ったら。
俺の視界は、黒く染まった。
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