第13話 反撃

「待たせてごめん。ミソラさん。続き、やろうか」


 一通り応急処置と、身体能力強化装置パワーブースターについてのレクチャーを軽く受けた後、トレーニングルームに戻る。長らく待たせていたであろう彼女に詫びを一つ入れて、部屋へと入った。

 ミソラさんは、奥の方で体を壁に預けて待っていた。なんか口に細長いもの咥えてるけど……。タバコじゃないよな。


「……やっぱり。まだ痛い目に遭いたいんだ」


 そう言って彼女はこちらへとゆっくり歩みを進める。あ、口の中のもん噛み砕いた。塊を噛み砕く音が少し響く。あれココアシガレットだったのかよ。

 向かってくる彼女の表情は、呆れたような、そんな感じ。ちょっと長い髪をなびかせながら俺に向かって悪態(?)をつく。


「いや別に、痛い目に遭いたいわけじゃないよ。俺そんなM野郎じゃないしさ」


 んな痛みを求めるほど俺は変な性癖してませんってのよ。

 ただ、譲れないものを貶されたようで黙ってられないって言うか、


「ただ–––––––––、あのまんまじゃ終われねぇってだけさね。ま、個人的な問題だけど」


 ここで引いちゃならんって本能的に感じたっていうか。

 そう思うと、構えにもグッと力が篭る。まるで、認めさせてやるんだ、なんていう意思表示をしてるみたいだ。

 闘志が滾る。負けない、認めさせるって想いが奥底から湧き上がってくるようだ。


「ふーん。そっか。だったら、見せて」


 彼女も俺のその闘志に応えるように掌に収まるボール状のものを取り出して、展開させる。一瞬にして先程の大剣が姿を現した。

 なんちゅーオーバーテクノロジー。質量保存の法則とかどうなってんだろうと思うけど、そこはなんとかしてるんだろうって納得しておく。


「納得させて、私を。それなりにやれるんだったら、認めてあげる。最も、さっきの見てる限りだと、そんなことできないだろうけど、ね」


 やっぱりというか当然というか、余裕の表情。正直、手加減されてる、絶対に。そんなの当然だし、わかっちゃいるけど。


 こう改めて態度に出されるとすごくムカつくな。


「ははっ。どーだかな。これで君は漸く–––––––––」


 だからここは大きく出てやろうか。そう思うと自然に笑みが溢れた。


「俺と五分の条件なんじゃないか?」

『ちょ、なんてこと–––––––––!』


 思いっきり挑発。今までダンマリ決め込んでた佐倉さんが思わずと言ったように声を上げる。

 わかってますよ? 俺より彼女の方が上って事くらい。それは変えようのない事実だ。

 ただちょっとでも、今より本気を出してもらいたいだけだ。このまま力加減的にも舐められっぱなしなのは性に合わんし。


「っ。ふふ、身体能力強化装置それ使いたてのクセに、挑発のつもりかな。ならさ」

『っ! 避けてっ!』


 おお、わかりやすい。ちょっと体が動いたぞ。ありゃ少しシャクに触ったかな。

 と思った次の瞬間、彼女が前に飛び出す。直ぐに異変に気付いた佐倉さんが無線越しに叫んで知らせてくれるけど、速い。俺の眼前に瞬く間に踊りでると、小さな声で呟いた。


「腕一本持っていっても、文句言わないでね。fuckin' idiotクソバカ野郎


 いや口悪いな!? 怒り方がちょっとどころじゃないような気がする。そんなに挑発されたのが気に障ったのかよ。

 彼女は既に振りかぶった腕を振り抜いて、俺を叩き潰さんと剣を上から迫らせる。

 その動作を前に、俺は避けるかって言ったら、まぁ、そうなんだけど。

 今回はそれだけじゃない。

 横に退きつつ、彼女に身体を近づける。そして、


「よっ、と」

「!?」


 彼女の腕を横にそらして、捌く。ミソラさんの顔を見ると、あ、やっぱり。びっくりしてらっしゃるみたいだ。

 師匠が言ってたけど、捌く、受け流すのだってそれなりの型を覚える事と、筋力がなきゃできない事らしいから。今まで躱すだけしかできなかった奴がいきなりそんなことしだしたら、そりゃびっくりしますわな。


 元々天津流の型は受けや捌きの技術が中心で、それによって相手に僅かな隙を生み出させて、その瞬間を叩く、というものらしい。


 今まではこの剣を捌けるだけの力がなかったから、躱すだけしかできなかったけど、身体能力強化装置パワーブースターによって、捌けるだけの力が補助された。


 だから、ようやく自分の戦い方が出来る。そして、


「––––––––ッ!!」


 懐に潜り込んで拳を叩き込む––––––––!


「ん……」


 でも、流石は一流の諜報員。俺の拳を掌で受け止めると、その力を後方に流すように後ろに飛び退いて、体制を立て直した。


『すごい、食らいついた……!』


 佐倉さんは俺がここまで動ける事が予想外だったのか、感嘆するような声を上げる。

 ミソラさんは少し驚いた表情を見せるけど、直ぐに持ちなおす。流石。


「へぇ、挑発できるだけのベース根拠はあったんだ。じゃあ–––––––––ッ!」


 そう言うと彼女は再び近づき、剣を振るう。

 その動きは、俺が対応できなかったものと同様、翻弄するような複雑な動き。


 でも、大丈夫。さっきまでの動揺してた俺じゃない。

 捌くのに適切な距離を維持しつつ、躱して、捌いていく。タテ、ヨコ、斜め、様々な角度から襲いかかる剣撃をなんとか捌きつつ隙を窺う。


『天龍くん! 胴狙ってます、気をつけて!』


 そして、佐倉さんの的確なアシスト。このおかげで確実に対処できる。

 彼女の言葉の次の瞬間、胴めがけて剣の切っ先が飛んできた。

 彼女の注意のおかげで直ぐに躱して対処できる。

 確かに、情報の共有って大事だな–––––––!

 そして大きく振り抜かれる腕。

 隙あり。そこに思い切り手刀を叩き込む。


「あ」

『よし、今だっ!』


 彼女の剣の先が音をたてて地面に当たる。やっとできた大きな隙。

 佐倉さんも大きな声を上げるほどだ。


「御免!」


 詫びを入れつつお腹に軽く1発–––––––入れられると思ったのだろう。ミソラさんは軽く衝撃に備えて身構えるような仕草を取った。

 俺の拳を彼女のお腹が、すんでのところまで接近する。俺は、そこで。


 拳を止めた。


「ははっ、なーんて、ね」


 俺は、まるで何かを誤魔化すように。

 飄々とした態度になるように努めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る