28 そして(上)

 それから。


 スピカは両親がどうなったかを、聞いた。

 フラウは震える唇を開いて、告げた。


 ……想像した通りだった。


 張り詰めた感情の全てがぷつんと千切れ、手当たり次第、人間を一人でも多く殺そうと思った。スピカが殺されるまでに出来る限りの破壊をもたらそうとした。

 フラウに止められた。負けるとわかっている戦いなんて、する価値はありません。生きてくださいと懇願された。


 スピカがつけていたネックレスは、竜人族に伝わる秘宝の一つ。

 一度きりだが、どこか遠い場所へと体を運ぶと言われるマジックアイテムだった。

 使えば、当然魔法反応がある。その場で強烈な光を発する。


 フラウは言った。私が魔法を使って相手を誤魔化し、おとりになりましょう、と。


 そして、スピカは生き延びた。

 ただ、それだけの話だった。





 見上げた空にはゆっくりと雲が流れている。

 相も変わらずの、深い青色。


 大空のように泰然たいぜんとした心を持てば、楽に生きられるのだろうか。


 世界は理不尽で、優しくなんかなかった。

 体を満たす感情全てを吐き捨てるつもりで口を開く。

 言葉尻強く言い切ったつもりだったが、口から出た言葉はつっかえつっかえだった。


「ね、え。さ、サンは、どうする、の?」


 私たちは人間に大敵と言われる存在でした。

 彼は最初にこう言っている。


 人間として、人を滅ぼすとまで言った存在を野放しにはできない。


 なら。この話を聞いたサンの行動はわかるだろう。

 他の誰でもなく、貴方に殺されるならば、きっと、納得できるでしょう。私を心配していると言ってくれたサンならば、他の誰に殺されるよりも、ずっと。


 後悔があるとすれば、彼に無駄な出費を強いてしまったことだ。自分の体を包む服へと視線を落とす。……ぼんやり歪んで上手く見えない。

 もっと早く言えればよかったのだろうか。落ち着けるようになったのだって随分と最近だったし、これでも勇気を振り絞ったつもりだ。遅くなったけど、許してほしい。


 サンは、何も言わない。

 たっぷりと数分待った後……吼えた。


「ああクソッ! 自分にイライラするッ!」


 その大声にビクリと体が反応した。

 サンは慌てて口を開いた。


「ああ、すまん。大声出して悪かった」


 そして、言葉を重ねる。


「俺からも言わなきゃいけない事がある。それよりも、さ。

 言ってくれてありがとう。言うの大変だっただろうよ。教えてくれて、俺は、嬉しかった」


 彼の言葉が染みるように届く。


「あのな、スピカ。お前さ、今朝の吟遊詩人の話を思い出してみろよ。銀の竜の巫女だぞ!? 俺たちはパロース村で人に、スピカが人に、深く感謝されたんだ。そんなスピカが、人の敵になんて、なるもんかよ! ……違う、俺が言いたいのはそうじゃない。違うんだ」


 サンは両手でスピカの肩をしっかり掴むと、目を合わせて、言う。


「スピカが生きていてよかった。俺がスピカに何かするもんか。……本当に、生きていて、良かった」


 そう言うと、サンはまるで自分のことのようにおいおい涙を流し、同じ言葉を繰り返してばかり。

 なんだかとてもおかしな気分になって、大きく笑い声を上げた。


 ずるい。

 サンは、やっぱり、ずるい人だ。






 †††






 ずびーっと鼻水をかむ。

 俺は目の荒いちり紙をポケットに突っ込むと、自分の背中に向けて口を開いた。

 そう、背中である。


 スピカの言葉を聞いた俺は、あれ以上に何を言うまでもなく、ずっと涙を流す彼女の背中を撫でていた。

 ……そうしたら、するっと。

 スピカは俺の腹に抱きついたかと思えば、そのまま背中へとスライド。今は、俺の外套と背中の間にぴったり潜り込んでいる。


「スピカもちり紙、使うか?」


 マントの下から、手が突き出された。

 その手にちり紙を握らせると、手はすっと引っ込まれる。ずびびと鼻をかむと、また手が突き出された。

 そこには使用済みのゴミが乗っかっている。


 ……どうしろと。いや、言いたいことはわかるのだけども。


 とりあえず受け取ると、俺のと合わせてポーチへと突っ込んでおく。

 ちょっとは落ち着いただろうか。


「……あの、な。聞いてくれ」


 腹に回された手に力が入る。


「俺はな、スピカに謝らなくちゃいけないんだ。

 本に綴られた物語のように、俺は、未来を見る機会があった」


 それは前世で、本ではなくてゲームだったのだけど。


「そこには、魔の王と呼ばれ、人間に破壊と絶望をもたらす竜人ドラフの姿があった。……名前はベルベット。最初に剣を交わしたとき、俺、お前のことだと思った」


 スピカの手がこわばった。その手はガチガチに緊張している。体に回された腕を、そっと、優しく撫で付ける。俺の感情よ伝われと、何度も何度も撫でる。


「最初から知っていたんだ。だけど、魔王だとわかっても、心配で仕方なかったんだ。嫌だったんだよ、言葉一つで片つけるの。

 ……だから、もっと早く、俺から話を切り出すべきだった。心労掛けさせてごめんな。お前の事を知っていたと、言うべきだった」


 ――腹に回された手に、更に力が入る。


「は゛ー゛か゛」


 背中から返ってきたのは俺への罵倒。背中に顔を押し付けているため、篭っているが、悪いものではないようだった。


「……すまん」


 なんと言って良いかわからず、声にしたのは謝罪の言葉。

 謝ったのが不服だったのだろうか。スピカの手が文句を訴えるかのように、強く締まる。力はさらに強くなり、どんどん息が苦しくなる。


 まて。おいまて、ばか、お前。人間の腹はもろいんだ。竜人の全力の力で締められたら、中身が漏れる。死ぬ、死んでしまう。


 体に魔力を走らせ、人生で一番と言っても良いほど集中して強化をかける。


「スピカ、まて、死ぬ。力、緩めて、くれ」


 腕を激しくタップタップ。


 必死の言葉が伝わったのだろう、手からすっと力が抜けて、

「あっ……ごめん」

 そんな呆気にとられた言葉が返ってきた。


 触れるだけの腕に心底安堵しつつ。

 考えるべきことは多い。薔薇の紋章の騎士についてもそうだし、これからについてスピカとも相談する必要がある。


 大きな声を出したついでに、ぽろっと溢れた涙を手の甲で乱雑に拭う。

 体の芯が、ジンジンと痺れたように熱を発している。

 今は、今だけは、何も考えずに。このゆっくりした空気を楽しもうと思った。

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