行き倒れの少女を拾ったと思ったら未来の魔王だった

黒鉛

01 ファンタジーは楽しい

 生きるとは――そして死ぬとは、なんだろうか。


 すっかりくたびれ擦り減った短剣を腰から取り出し、獣皮で血液をふき取りながらそんな事を思う。

 俺の目の前には解体されて食料となった二羽ぶんのウサギ肉、そして残滓。手早く地面に穴を掘り、食べられない内臓の類をうめると、癖となった動作を行う。

 両手を合わせると黙礼。手を打ち鳴らす時に発生した、パンッという小気味良い音が辺りに広がった。


 その音を聞く者は、俺と、鬱蒼と生い茂る木々以外には居ない。


 静謐を楽しみながら指を一つうちならし、体の中から魔力を引き出した。

 気分はガスバーナーだ。いや、そんなものこの世界にはないけどな。

 指先から炎を吹き出し、集めておいた枯れ葉を着火剤に焚火を作る。


 手慣れた動作で短剣を磨き上げていると、刃に反射する顔はもう見慣れたものだった。

 短剣に向かってしかめっ面を作ると、鏡のように映る俺の顔もしかめっ面を作る。いや、そりゃ、同じ表情を作らなかったら怖いんだが。


 くすんだ金髪は先端がくるくると癖っけを出しており、人相の悪い三白眼は琥珀色をしている。覇気を感じられない気の抜けた表情と、うっすらとこけた頬。

 どうみても日本人の輪郭ではない。

 もう25年程付き合ってきているのだ。しばらく違和感はぬぐえなかったが、それでも流石に慣れる。


 日本人という単語の通り俺は前世の記憶を持っており――何より、この世界についても知っていた。



 前世プレイしていたスマホアプリのゲームの世界だ。



 一昔前に流行ったようなコテコテなファンタジー観。むこう見ずながら人を引き付ける魅力を持っている主人公が聖剣を抜き、幼馴染の美少女と一緒に魔王を倒すことを目標に旅をする。その途中で団ができ、人が集まり、村を作り――……。うーむ懐かしい。

 アクションゲームとポチポチゲーと揶揄やゆされるそれの中間、いたって新鮮味のないゲームだった。良く言えば安心感、悪く言えばありがちなゲーム。

 タイトルはラスト・ソード。名前もありがちだろう。


 大分貶したが、音楽やキャラクター、グラフィック、インターフェース周りの操作性の良さはそこらのゲームとは一線を画しており、定番だからこそ面白いゲームだった。

 ……残念なことにユーザーはそこまでいなかったが。


 トップランカーと言える程にやりこんだわけでもない俺が、死んだ筈の俺が、なんでこの世界にいるかはわからない。

 まあ、生きているので、二度目の人生を楽しませていただいております。ありがとう神様。出会ったことのない神に口の中でもごもご感謝の言葉を言いつつ。

 ぱちぱちと爆ぜながら安心感と熱を届ける焚火を見つめながら、今日一日で消耗した道具の手入れを行うのだった。


 ……肉が焼ける香りがなんともかぐわしい。腹、減ったな。


 辺りをなんとなく一瞥いちべつする。


 ここは”ささやきの森”と呼ばれている。俺が行こうとしている村に関係あるのだろうか、名前の由来はわからない。

 この森を抜けた先、四方を自然に囲まれた真ん中に人の集落があるらしい。名前をパロース村といい、”悪魔の大口”と呼ばれる巨大な穴があるらしく、それを観光することを目標に森を横断しているのだ。


 太陽が沈み始め、焚火の灯りが辺りに濃い影を作っている。目に見えるほど濃厚な魔力だまり――魔素が蛍のようにじんわりと光を放ち、人の背丈をも超える毒々しいキノコや、赤、橙色をした山草はなんとも居心地の悪さを訴えてくる。

 地面から隆起している水晶のような塊は綺麗で思わず持ち帰り飾りたくなるが、濃厚な魔力の塊が形を作ったものだ。うかつに触れると魔力酔いを引き起こす恐れがあるし、きっかけがあれば爆発してもおかしくない。

 つむじ風がきしきしと音を立てながら駆け回り、じっとりと熟れた自然のかおりが鼻の奥を刺激する。


 好き好んで居たい場所ではないが、だからこそ――楽しい。


 前世でコンクリートジャングルに囲まれ育った俺は、いつしか人の少ない所を旅行するのが趣味になっていた。

 絶景と呼ばれる人の手が入っていない景色は俺の心を満たし、新鮮で地域性のある食事は俺の舌を喜ばせてくれる。

 この世界に来た時は喜んだ。前世では考えられなかった景色がたくさんある。


 群れをなして空を飛ぶ妖精、列をなして魔法の練習をする人々。魔法、魔道具、なんて心躍る響きだろうか。人以外の種族も沢山存在し、見た事もない食べ物に限りはない。命の危険は多々実感するが、それだって後から考えれば良い経験だ。仮に命を落としたって、この生き方に後悔はないだろう。強がりなどではなく、それほど充実した日々を送っていると言い切れる。勿論死ぬのは嫌だし、生命の危機に陥らない方が絶対良いのだが。


 まあ旅をしていると……外れもあるが。


 先日訪れた場所で出された名物料理は最悪だった。

 ムールという羊のような魔物の乳から作ったチーズに小さな羽虫の卵を植え付け、カビが生えるほど発酵させ、幼虫ごとぺろりと頂く悪趣味な食べ物。幼虫の食感や香ばしいチーズの味を楽しむらしいのだが――差し出された時に感じた威圧感たるや、俺という人間の底を試されている気がした。結果、一口でリタイア。吐き出さなかった俺を誰か褒めてほしい。

 まあ、そんな経験も笑い話。会話のネタになるだろう。


 職業:旅人。

 趣味に生きる自由人、別称無職。


 ……広大で肥沃な大地をふらふら旅しているが、魔王という人間を脅かす存在を確認する事はできなかった。妖精たちが住まう場所に訪れ、妖精の王へ魔王について訪ねたが知らぬ存ぜぬ。はるか過去に魔王という存在があったらしい、とだけ教えてもらえたのが収穫だろう。

 主人公が産まれ育つだろう村にも訪れたが、子供や青年の中には主人公らしい人は確認できなかった。産まれていないのか、それともはるか過去の話か。

 ラスト・ソードと名付けられた世界へ産まれるのならば、もうちょっとしっかりゲームをプレイしておけばよかったと後悔するも、どうしようもない。

 まあ、差し迫った危機はないから良いだろう。


 いざという時の為に戦闘能力だけは磨きつつ――目立った危機のないこの世界を謳歌しています。

 最高。


 ウサギ肉、そろそろ食べごろだろうか。


 食事の前に地面を強く叩く。しっかりとした感触に、詰まったものを叩く鈍い音が反響。……よし、大丈夫だ。


 サンドマンという魔物が居る。

 巨大な砂の集合体なのだが、マンという言葉の通り人型である。力こそ強いものの動きは緩慢であり、それほど強い魔物ではない。ないのだが……。旅人殺しの厄介な魔物として名を馳せている。

 地面に潜み、人が油断した瞬間に襲ってくるのだ。

 魔力に満ちた場所であればあるほど生息している可能性は高い。目に見える程魔素が漂う森だ、いない方がおかしいだろう。

 確認方法は簡単、俺がやったように地面を叩けば良い。ぽっかりと空洞がある感覚があれば、そこにはサンドマンが潜んでいるおそれがある。

 ……ここを野営地にすると決めた時にも確認したが、生命の危機に確認しすぎもないだろう。


 おーし食事だ食事。


 大口を開けていざ実食と思った瞬間。

 俺の耳に遠くから――小さく、木々や草をかき分ける物音が聞こえた。魔物だろうか。いや、それにしては静かだが、小型の動物にしては騒々しい。

 そして……ぽすっと倒れこむような音が小さくなると、それっきりで音は止んだ。


 一人で旅をしていると助けてくれる人はいない。何かが起こって後悔してからじゃ遅い。

 知恵ある危険な魔物は暗くなるまでじっと俺の様子を伺い、無防備を曝け出したら襲ってくる可能性だってあるのだ。

 確認、するか。


 尻を払いつつ立ち上がると、火を消して、音の方角へと神経を研ぎ澄ませた。

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