21. 嵐が去った後
たたん、たたん……
たたん、たたん……
最果ての地を目指した列車の旅は想定外の事態により長時間の足止めを食らったものの、無事に再開。
大嵐に遭遇したような混乱に陥った車内もとりあえずは平穏を取り戻し、乗り合わせた二人の乗務員が乗客のメンタルケアに努めている状況であった。
美童は車掌室で外部との連絡を取るにあたって、詳しい状況の説明するために席を外し、小地獄による結界の解かれた車内には、再び静寂が満ちつつあった。
ボックス席にはテオとクラレンス、通路を挟んだ隣の席では縛魔法ですっかり身動きを封じられたルーイと、見張り番のキティが腰を落ち着けている。
かつての恋人たちの顔を戴いた八頭の大蛇に襲われ、地獄の底で悪足掻きをする死者にも似た調子で泣き喚きながら失神していたルーイはすでに目を覚まし、声封じの呪が施された布をギリギリと奥歯で噛みしめ、恨めし気にキティを睨みつけている。けれどもう諦めがついたのか、無闇に暴れるということはしなかった。
対面に坐した死の魔法使いは、ニコニコしながら肉食獣のそれのように尖った歯を覗かせ、「凄いだろ、死の魔法使いは。ただの魔法使いにゃ、あそこまで出来んさ。冥府へアクセスして死者を呼び出すなんてな。俺だから出来たんだぜ。このちからで俺もマジシャンになれるかな。なれるよな。お前さんより優れた俺だもんな、ハハハハ」
こんなおしゃべりが始まって、既に三十分以上が経過していた。
物理的に何も言い返せないのをいいことに、一方的なお喋りの的にされたルーイは、もううんざりだと身を捩って窓の方へ身体を向ける。
無理矢理ボックス席に押し込まれ、ただでさえ不機嫌なところをこんな風にお喋りのワンマンショーの客にされては気分も最悪だろう。これからのルーイには法を司る魔法使いたちの元での厳しい尋問や罰が待っている。が、それはキティによって既に始まっていると言っていい。
それからしばらくの間もキティの饒舌は留まることを知らず、ついに苛立ちが頂点に達したルーイは、ううう、うううう、と声にならぬ文句を言いながら、隙なく拘束された脚でキティを蹴りつけようともがく。
と、そこに疲れた顔をした美童が戻ってきて、座席内の騒がしさに一瞬目を瞠り、呆れたように肩を落とす。
「うるさいな。何を騒いでいる」
「ハハハ、愉快なレスポンスが返ってきて楽しいぜ」
「ううううう!」
美童は小蝿でも払うような仕草で手を振ると、重いため息を吐いて、兄弟たちが座っている方のボックスにどっと腰を下ろす。
「通報は済んでるよ。次の駅で緊急停車して、手ぐすね引いて待ち構えている警察官たちに後はお任せだ。はやく平和な列車旅を続けたいね」
「お疲れ様です」クラレンスがぺこりと頭を下げ、続けて心配そうに訊ねる。「それにしても顔色が悪いですよ。大丈夫ですか?」
「……」
美童が居心地悪そうに視線を泳がせる。「ああ、まあ」と煮え切らない返事だ。
どう見ても大丈夫でないことは誰の目から見ても明らかだった。眉間には深い皺が刻まれ、元々白い顔は石膏のように青白い。それに加え、涼しげだが、確固たる正義と信念の通った凛々しい双眸からは覇気が失われ、目の下には徹夜二日目を思わせる濃い隈が浮いている。しっとりと整っていた波打つ髪も、櫛を通す前の寝起きを思わせた。なんだか一気に老け込んだような雰囲気だった。よく見ると、額にはびっしりと脂汗が浮いている。
心配そうに身を乗り出す兄弟たちとは裏腹に、なぜかキティはしたり顔である。美童はそんな彼をキッと睨みつけて、再びふらふらと立ち上がると、前の車両の方へ歩いて行った。
「美童さん?」というテオの声に続いて、
「無理すんなよ。ここは俺に任せて、少しばかり席を外してこい」
恩着せがましいにもほどがある言い方でキティが提案すると、美童は氷めいた瞳で彼を睨み、「お前、おぼえてろよ」と、呪いの言葉よろしく吐き捨てる。
おぼつかない足取りの美童が連結扉の向こうへ足早に姿を消すと、キティは長い足を組み替えながら、愉快愉快、と呵々大笑する。
「キティさん」と、テオが控えめに呼ぶ。
「何?」
「美童さん、凄く辛そうでしたけど、まさか薬の……」
テオたちはキティから事の顛末を聞いていた。美童が飲んだ薬の反作用については、今この場で知らされる。
「ああ。頭痛、腹痛、吐き気、寒気、耳鳴り、眩暈エトセトラ。絶不調フルコースってところかな。大丈夫だよ。死んだりはしないから。不快なもん吐き出しちまえば、少しは気分がよくなる」
そう言ったキティの表情は、とても晴れやかだった。
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