殺人鬼・ルーイ

6. 幻覚列車

 テオの寝息は健やかだ。

 普段から寝つきがいい方なのか、それとも連日の夜更かしが響いてか、とてもぐっすり眠っている。おそらくは後者だろう。


 ここ数日、彼は机に張り付いて夜遅くまでラジオを供に過ごしている。趣味の工作に勤しむ時間を優先したい一心で、寝る間も惜しんで彫刻刀を握っている。そんな時間が、テオにとっての至福であった。夜の時間がもう少し長ければいいのに……そんなことをよく考える。


 日頃の睡眠不足により蓄積した倦怠けんたい感は、夢と現実の狭間で呆然とする少年の手を取ると、彼の意思を尊重することもなく、一方的に眠りの国の客として彼を迎え入れた。


 穏やかな睡眠導入に一役買った静寂と程よい疲労感は、旅の道中の夜行列車にはよくある雰囲気だ。


 睡眠という人間の生活には欠かせない機能は、襲い来る脅威から隔絶かくぜつされた場所でしか享受できない。この車内には、まさしく眠りの国に相応しい安寧が存在しなくてはならなかった。


 美童とキティは互いにそっぽを向く形で、青々とした秀麗しゅうれいな景色を無言のまま眺めている。

 両者ともに表情を失くしたような酷く冷めた面持ちで、窓を睥睨へいげいしている。そんな言い知れぬ不安に塗り込められた車内は、いつしか平穏からは程遠い地獄行きの列車へ様変わりした。

 と、不意に美童が堅い声で呟く。


「おかしいな」


「ああ、おかしいな」キティがため息交じりに同調し、ようやく美童の方に目を向ける。「か」


「そうだろうね。空間におかしな切れ目がある。そこが継ぎ目なのだろう。円の中をぐるぐる回っているみたいだ」


 美童は独り言の体で言い、改めて車内に目を向けた。周囲の人間はまだ夢の中にいて、この異変に気付いていないようだった。


《幻覚》。彼ら魔法使いが辿り着いた答えだ。


 奇妙な調和の上に成り立ったナランナ行きの車内に、不穏な沈黙が響き渡る。

 車掌はこの異常に気が付いているだろうか。ならば何故、この異変を知らせに来ないのだ。


 まるで自分が座っている座席だけが異空間にでも放り出されたような気分で、二人の魔法使いは更なる現状把握に努めた。

 美童はそっと中腰になると、怪しい動きをしている者はいないか、注意深く周囲の人間を観察した。けれど、まばらに埋まった座席の中は至極静穏しごくせいおんのままだ。


 姿の見えぬ怪事件に、美童は渋々腰を下ろしながらキティに目をやった。


 突如として生じた不気味な違和感は、誰に悟られることもなく、静かにこの列車を飲み込んでいったのか。

 にも関わらず、美童とキティがいち早くこの不気味な謎に気付けたのは、言い知れぬ……芳しくないを感じたからだ。それは、彼らと同等か、それ以上の魔力ちからを持つ魔法使いだけが察することが出来る、ささやかな匂いだった。


 キティはすっくと立ちあがると、無言で後続車両へ向かって歩き出した。


「何処へ行く」


 キティは両手をポケットに突っ込み、太い首をひねって振り返る。


「様子を見てくる。この匂いを辿っていきゃ、何かわかるだろ。クラレンスのこと頼むわ」

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