マンションで二人暮らしをしている女子校生たちのお話

藤田大腸

第1話「波長」 (お題D41『波』より)

 すでに亡くなった私の曽祖父は軍人の家系だったからか、『同期の桜』を好んで歌っていた。その中に「血肉分けたる仲ではないがなぜか気が合うて別れられぬ」というフレーズがある。


 私、八色やいろみずはにもそういう関係の子がいる。私と同じ女子校に通っている彼女とは一応は血肉分けたる仲だけど、何親等離れているかわからない遠い遠い親戚だから実質的に他人のようなものだ。


 名前は桐生きりゅうカナメという。一部上場企業の桐生商事のご令嬢という身分は、お嬢様だらけの我が母校においてもかなりの上位に位置する。何よりも中性的で端麗な容姿が目をひきつける。少し明るいショートカットの髪に、百七十センチ半ばに差し掛かるぐらいの高身長。その上今年から着用を認められたスラックスを履いているものだから、女子校生と知らなければ美少年かと見紛う程だ。


 こういうのが女子校の中にいると当然取り巻きができるほどの大人気になるわけで、学校では一人でいる姿を見たことがない。私はA組でカナメはE組と離れているけれど、E組の教室を覗くと必ずカナメが行儀悪く机に座っていて目をランランと輝かせている取り巻きたちと何やら楽しそうにおしゃべりしているのを見る。そんな理由だから、学校の中ではおいそれと話しかけることすらできない。


 それでも、私にはカナメと二人きりになれる時間がある。


 放課後、委員会活動を終えて下校した私は上りの電車に乗って一つ隣の駅に降りて、駐輪場に停めていた自転車にまたがった。それから漕ぐこと十分、私の今の住み家であるマンションが見えてきた。寮はあるけれど、私はあえてマンションに住んでいる。オートロック付き、住民は女性限定、すぐ近くには警察署があるという安全安心な物件ゆえに当然お金はかかるものの、遠い遠い親戚が出してくれるというから実質タダで住まわせているようなものだ。


 最上階にある私の部屋に着くと、カードキーをかざしてドアを開けた。玄関のたたきには一足のローファーがあった。今日は彼女の方が早かったようだ。


「おかえりー!」


 ダイニングに入った途端、爽やかな笑顔を振りまきつつ、桐生カナメが私をハグした。


「ただいま」

「今日はみずはの好きなカレーを作ったよ!」


 うん、いい香りだ。


 カナメは見た目が飛び抜けていいからエプロン姿もサマになっている。


「じゃ、早速頂くわ」

「うん、食べよ食べよ!」


 カナメはエプロンを脱いでたたむと、テーブルに着いた。


 カナメの実家は、このマンションから徒歩で行ける範囲にある豪邸に住んでいる。だけど私がカナメと同じ高校に進学することになったとき、どういうわけかカナメのお父さん、桐生商事の社長にして桐生家当主というお方が、遠い遠い親戚の私に一緒に暮らしたらどうかと勧めてきた。私の家とは格が違いすぎるので丁寧にお断りしたけれど、今度は寮生活だと息苦しいだろうから自分が借り上げたマンションに住むようにと言ってきた。それどころか、なぜかカナメも家を出て私と一緒に暮らすと言い出したのだ。年に一度か二度、桐生家は日本全国に散らばった親類を集めてパーティを開くけれど、カナメとはそのときに数回話したぐらいしかなかったのに。


 だけどカナメは言った。


「話してわかったけど、君とは一番波長が合うんだよ」


 私は取り巻きみたいに綺麗な人にキャーキャー叫ぶような性格じゃない。それが返ってカナメの目に魅力的に映っていたのかもしれない。


 カナメは私に何でもさらけ出してくれる。今日は何組の誰それからどんな貢物を貰ったとかいう自慢やら、ファンレターの返事が追いつかないといった愚痴やら、教師の悪口やら。食事をしながら学校では話せないようなことを私に話すのが、カナメの一番の楽しみだった。


 入学するまでカナメのことはよく知りもしなかったし、学校では遠巻きに見てる限りではキザったらしい言動が目立つ。でも私と二人きりのときは正直で素直で、楽しそうにおしゃべりしているのを聞くだけでこっちも楽しくなってくる。


 桐生カナメという人間とは、やはり波長が合っているのかもしれなかった。一緒に暮らしてみると、楽しい。ただその一言に尽きる。


 最もカナメの取り巻きたちは私とマンションで二人暮らししているなんて露程にも思っていない。もしバレたらただごとでは済まないことは必至で、一種の背徳感というかスリルというか、それらがスパイスになって私たちの生活に刺激感を与えていた。


 寝るときも二人一緒にベッドに潜ることなんか、周りが知ったら発狂ものだろう。


「明日は水曜か、まだ残り三日も学校あるんだ。やんなっちゃうな。サボろっかなー」


 カナメが天井を見つめながらぼやく。


「休んだら女の子たちが失望するよ」

「冗談だよ。さあ、寝よう寝よう」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみー」


 カナメがリモコンで部屋の照明を消した。暗闇の中、カナメの手が私の髪の毛を優しく撫でた。


 私たちの周りに言えない暮らしは、こんな感じだ。

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