10.ゆびきり
〈約束〉そう、約束したんだ。指切りしたんだ。
――“いいかい、芽依”――
お兄ちゃんの顔は夕暮れの赤い光に照らされている。お兄ちゃんは身を屈めて私と同じ目線になった。
――“もしもこれから、どこかで俺を見掛けても知らないフリをするんだよ。絶対に俺に近寄ってきてはいけないよ”――
どうして? と10歳の私は聞いた。お兄ちゃんは火傷の痕が残る右手で優しく私の髪を撫でる。
――“それが芽依のためなんだ”――
私の髪を撫でていたお兄ちゃんの右手が小指を立たせて指切りの形になった。私もお兄ちゃんの小指に自分の小指を絡ませる。
――“俺のことも誰にも言っちゃダメだ。芽依だけの秘密にするんだよ。わかった?”――
頷いた私はお兄ちゃんとゆびきりげんまんをする。ゆび、きった、でお兄ちゃんは私の手を離した。
お兄ちゃんは私に背を向けて歩いていく。細長いお兄ちゃんの影がどんどん小さくなる。
転んで足を擦りむいた私をおんぶしてくれた大きな背中。あったかくて優しいお兄ちゃんの背中が遠く、遠くに消えていく。
“お兄ちゃん!”
何度呼んでもお兄ちゃんは振り向かない。私は泣きながらお兄ちゃんとは反対方向に走った。
だってお兄ちゃんがそうしなさいって言ったから。
お兄ちゃんに言われた道を走って、走って、お巡りさんのいる交番まで無我夢中で走り続けた。
約束したから。だからさよならなんだよ……
*
午後9時[清宮家]
「芽依ちゃん何かあった?」
「え?」
浴室から出てきた芽依に母が声をかけた。芽依は風呂上がりで火照った頬にタオルを当てて顔を隠す。
さっきまで風呂場で泣いていた目元を見られたくなかった。
「昨日から様子が少しおかしいから。お夕飯もあまり食べなかったでしょう?」
「うん……。ちょっと具合が悪いみたい。薬飲んで寝るね」
「最近急に冷えてきたものね。気を付けるのよ」
「はぁーい」
母に笑って見せて自室に戻る。泣き腫らした目元は真っ赤に充血していた。
明日が体育の日の祝日で助かった。こんな腫れた目元で大学に行けば何かあったのかと友達に勘繰られてしまう。
赤木のことは誰にも言えない。彼とのことはふたりの秘密と約束だから。
10年前の夕暮れのゆびきりげんまん。あの時の約束通り、彼を見掛けても触れることも言葉を交わすことも許されない。
「やっぱりまた……置いていかれちゃった」
どれだけ名前を呼んでも10年前と同じように、あの人は振り返ってくれなかった。
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