6.追憶のメロディ
映画を観終わると芽依の予想通り小池が食事に誘ってきた。頑なに断る理由もなく、彼女は小池の食事の誘いを受けて映画館近くのファミレスで夕食を共にした。
映画の感想を伝え合ったり、書店の仕事のことや芽依の大学の話などをして食事の時間は過ぎた。店を出る頃には午後10時を過ぎていた。
食事の支払いは小池が二人分を支払った。芽依は自分の食事代は自分で払うつもりだったが、芽依が財布を出す前に彼は支払いを済ませてしまったのだ。
食事のお礼を言っても小池は微笑むだけ。
『清宮さん。話があるんだ』
ファミレスを出て渋谷駅に向けて歩く二人の間隔はさっきよりも近付いていた。夜の渋谷の雑踏では互いの距離も自然と近くなる。
歩道の脇に寄って小池が立ち止まった。
『俺は清宮さんが好きです。付き合ってください』
芽依は真っ直ぐこちらを見つめる彼から顔をそむけて下を向いた。小池の黒色のスニーカーが視界に入る。
「小池さんのことはイイ人だと思っています。だけど……ごめんなさい。お付き合いはできません」
『もしかして他に好きな人がいる?』
小池に問われた彼女は瞬間的に昼間来店した赤木奏を思い出した。
(なんであの人を思い出すのよ……)
赤木の残像を振り払うように首を横に振る。
「好きな人もいません。私は恋愛したくないだけなんです。誰かに恋したり、その……付き合ったりすることが怖いんです」
『あの……言いにくいかもしれないけど男にトラウマがあったりとか……?』
「そうじゃないです。男性が怖いと言うことではなくて……友達としてならいいんですけど、異性としての付き合いはちょっと考えてしまうと言うか」
通っていた高校もあえて女子校を選んだ。男と関わりを持たなければ色恋沙汰に巻き込まれることもない。
特に男性恐怖症でもなければ同性愛者の気もない。芽依はただ恋愛がしたくないだけ、それだけなのだ。
「きっと失うことが怖いのかもしれません」
『え?』
「あ、ごめんなさい。小池さんは悪くないです。全部私の問題で……」
腑に落ちない顔で小池は苦笑いした。
『うーん。よくわからないけど俺が嫌われてるってことではないよね?』
「もちろんです。嫌いな人と一緒に映画には行きませんよ」
『そっか。じゃあまずは友達から始めるってことじゃダメかな?』
異性の友達はこれまでにも何人かいた。中学時代や、大学のサークルでも男友達はできた。それは相手も自分も恋愛関係に発展しないと思っているからこそ築けた友情だ。
小池とはどうだろう? 彼はこちらに恋愛感情を抱いている。そんな人と友達として始められる?
「友達としてなら……」
迷いの末の選択だ。これで良かったのか言葉を発した今でも迷っている。
『良かった。友達としてよろしくお願いします。でも仕事ではビシビシ指導していくからね』
「小池さんはビシビシってタイプではないですよー」
携帯電話の連絡先を交換して彼とは渋谷駅で別れた。小池が笑顔になるのならこれで良かったのかもしれない。
人を愛するのが怖い。この感情は誰にも理解されない。
愛することも愛されることも怖い。
誰かを愛し、いつか愛した人と家族となり子どもを産み、そしてまた同じ悲劇が繰り返されることを芽依は恐れている。
心の中で口ずさむ童謡は追憶のメロディ。思い出す夕暮れの風景に赤木奏の姿が見えた。
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