「正義の味方」
またあの夢をみた。
街中を駆け回る日々。
妹を殺した犯人を捕まえるのに必死だった頃。
自分は、葬儀も出ずに手掛かりを探そうと懸命にあがいていた。
けれど、犯人の素性もつかめないまま、3日目で妹の死体は火葬されることになった。
『大丈夫、いつか、また、会えるから』
火葬場で、妹言った言葉が、今でも胸をしめつけるようだった。
「起きろ、囚人302号」
兵士の声で目を覚ます。
脂汗でじっとりと濡れた額を手で拭い、何度か呼吸を繰り返す。
「今日も作業だ。早く準備しろ」
急かされるようにして、滝沢は檻の外に出た。
「──やあ、また会ったね、勇者くん」
墓守は今日は朝から居るようだった。
いつものように墓石に座って、ぼんやりと陽射しを浴びている。
墓守の後ろには、大柄の男が立っていた。
黒づくめの執事服に身を固め、墓守のことを『お嬢様』と呼んでいる。
年齢は、髪に白いものが混じる初老。
後ろ腰に腕を組み、左目に縦線の古傷を残した姿は、古い映画に出てくるヤクザというところだが、その外見に反して口調はいつも丁寧。
「どうしたいんだい、浮かない顔をして」
「ちょっと、昔の夢を見てな」
滝沢は箒を揺すり、掃除をするふりをしながら、遠くの門に立つ兵士の目をごまかしていた。
「ほう、前世の記憶かい、興味があるね。異世界から来た人物というのは貴重だからね。どんな夢をみたいんだい?」
「家族が殺された。その犯人を捕まえられなかった。そんな夢だよ」
それだけ言って、箒を揺するふりを続けた。
そう、妹が殺された真実を知らないまま、滝沢はこの世界にやってきたのだ。
真実に辿りつけず、全てに絶望して、あの世を去った。
その末路が、これだ。
滝沢は箒を動かしながら、墓守に向けて、「なあ──」と声をかけた。
「真実って、なんだと思う」
墓守は少し考え込むようにして、こう言った。
「君は地球が丸いと思うかい?」
「それは……あたりまえじゃないか」
本当にそうかね、と墓守は苦笑した。
「大昔の人々は、地球は平面だと信じていた。それから船というものが作られて、人類は地球が丸いことに気付いた」
──そして人々に伝えられた。
「地球は丸い──キミは本当に、そう思うかい。誰もが口にしている風聞を、そのまま鵜呑みにするのかい。キミは、地球が丸いことをその目で実際にみたのかい?」
墓守は「よっ」と言って墓石から降りた。
「ボクには分からない。この世界のことも、キミのことも」
「……俺?」
「キミはずっと消え入りそうな、そんな顔をしている。まるで死人のようにね」
確かに、そうかもしれない。
実際、もうすぐ自分は処刑されるのだ。
「君はこの世界にきて、何をしたいんだい?」
滝沢は箒の動きを止めた。
自分の存在はいったいなんなのだろう。
自分は何がしたいんだ。
この異世界に転生されて。
ずっと考えてきた。
これまでいくつものを幽霊を目にしてきた。
だから誰かが死んだのだとわかったとき、いつだって自分は寂しかった。
妹を失ったときだって、悲しかった。
犯人が憎かった。
捕まえられなかった悔しさ、心の痛みが今でもしがみついて残っている。
そして、王女の死。
──『神より授かったからには、正義を執り行ってもらうほかない』
──『正義の勇者がなぜ死を覚悟しているのか、ボクにには理解できない』
──大丈夫、いつか、また、会えるから。
足元から、強い風が吹き始めた。
「決めたよ──」
「俺は、正義の味方になってやる」
墓守は、ほう、と感心したように呟いた。
「表情が変わったね、まるで勇者の顔だ。……そうか、キミは」
彼女は言いかけた言葉を飲み込んで、少し黙り込んだ後、
「そういうことならボクも少し協力させてもらおうか」
墓守は、墓地の門の方に目をやる。
「まずは、あそこで欠伸をかいているマヌケ面の兵士を黙らせることから始めようか」
そういって門の方を指差すと
「かしこまりました」
執事が静かにその場を離れていく。
「いったい、なにを?」
「彼は戦闘屋だよ」
もう一度、門を向く。
そこには、既にぐったりと倒れている兵士の姿があった。
執事が手をパンパンと払いながら、戻ってくる。
「何、殺してはいない。気絶しているだけさ」
墓守は、さて──と呟くと、
「これからキミは囚人ではない、本物の勇者になるんだ」
どこから取り出したのか、フード付きのローブを投げ渡してきた。
「キミの罪は国中に知れ渡ってる。それで身を隠すがいい」
滝沢はローブを羽織る。
すると、ポケットの中に少しの重みを感じた。
中の小袋には、金銭がつまっていた。
「その身なりじゃ宿代もないのだろう? なに、気にすることはない、こう見えてもボクは金持ちなんだ。それと──」
墓守は一枚の紙切れを手渡してきた。
「何か困ったことがあったらこの人物を尋ねるといい」
「……いろいろと感謝する」
「さあ、兵士が目を覚ます前に、行くと良い、正義の勇者くん。また会える日を楽しみに待っているよ」
滝沢はフードをかぶると、門の向こうへ走っていった。
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