HOME SWEET HOME

白川 小六

第1話

 鏡を見る。


「若い頃のお母さんにそっくりよ。とっても綺麗だわ」

 教会の奏楽者のハンナが、私の頭にベールを留めてくれる。

「ドレスのこと、本当にごめんなさいね。でも、これだって素敵でしょ? よく似合うわ」

「気にしないでハンナ、私こっちの方が好きよ」


 母さんが控え室に入ってくる。

 私は立ち上がって迎える。

「どう?」

「そのドレス!」

 母さんが息を飲む。

「ごめんなさい。ちょっと失敗しちゃって」

 ハンナが肩をすくめて、もともと着る予定だったドレスを指差す。フリルに派手なアイロンの焦げあとがついている。

「そしたら、ガネットさんがこっちのを貸してくれたの。娘さんが着る予定だったのに、サイズが合わなかったんだって。シンプルで素敵でしょ?」

 私は少しおどけて回ってみせる。

「そう……、そうね、あなたにぴったりだわ」

 母さんは怯えたような、悲しいような、戸惑ったような不思議な表情で私を見つめる。私と同じ緑色の目で。



 誓って、指輪を交換して、キスをして、結婚式はすぐに終わった。

 アランにも私にもほとんど親戚がいないから、数人の同僚や友達と、小さい時から私を知っている教会の人たちが祝福してくれる。ブーケはハンナの娘のアリスにあげた。まだ六歳だけど。

 

 母さんが私を抱きしめる。

「信じてエイダ、変えようとしたのよ。何度もなんども。……でもダメだった」

「そんなことないわ、母さん。私、何にも不自由しなかったし、学校だって行かせてもらった。とっても感謝してるわ」

 母さんは女手一つで私を育てた。父が誰なのか、どんな人だったのか、母さんはどうしても教えてくれなかった。

「……ああ、あなたを愛してるわ。誰よりも、誰よりも。……エイダ、どんなことがあっても、目の前の人を大切にするのよ」

 私はうなずいて、母さんの腕をやさしく振りほどく。アランが私を抱き上げる。



 空き缶を景気良くガラガラ引きずり、私たちの車は走り出した。アランがどこかから借りて来たオンボロのオープンカーは、今にも息絶えそうな音を立てて、健気に進む。私たちは笑う。何もかも愉快でたまらない。潮気を含んだ海沿いの国道を走る。カモメに野次を飛ばす。

 私たちのゴールは州境の海浜公園だ。そこに小さなコテージを予約してある。

 

 左手が届きそうなところに海がある。右側は切り立った山肌だ。カーブに差し掛かる手前で、後ろからサイレンの音が聞こえてきた。

「警察?」

 アランは車を右に寄せて停車する。

「追われてるみたい」

 黒いSUV車が見る見る近づいてくる。その後ろを狼の群のように何台もの警察車両が追ってくる。

 目の前のカーブから、タンクローリーがぬうっと現れ、銀色の車体をきらめかせて止まる。

 SUVは止まりきれず、私たちの車を巻き込んで、タンクローリーに激突する。ひどく気持ちの悪い音と振動を感じ、何かが燃えるのを感じ、それから爆風を感じた。

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