『三回叩いても石橋は渡らない』
やましん(テンパー)
『三回叩いても石橋は渡らない』
ある日のこと、首相様は、その大きな椅子に座ったまま、つい、居眠りをしてしまいました。
気が付くと、そこはなんだか、大変に騒然とした場所でした。
たくさんの人々が並んで、何かの順番を待っております。
少し向こうの方には、松林がこちらに並行して、ずらっと並んだような不思議な光景が見えました。
「あああ、首相様ですな。お待ちしておりました。こちらにどうぞ。」
燕尾服姿の、きっちりとした男性が呼びかけてきたのです。
しかし、頭に大きな角が生えていますし、お口には牙があります。
「はあ?・・・・鬼さんか・・・なんだ、ここは?」
首相さんは、肝の座った方でしたが、さっぱり訳が分からないものですから、とにかく、付いて行くしかなさそうでした。
道路わきには、実に壮大で、豪華な建てものがありました。
大きな門をくぐり、美しい庭園を抜けると、ひとりの、かなり、位が高そうな人物が待っていたのです。
「いやあ、首相閣下、お忙しい中、お呼びたていたしまして、恐縮です。私は、三途の渡しの、現世側の『総裁』であります。」
「え? 三途の渡し?」
「はい。本日は、長年の懸案であった、あちら側とこちら側をつなぐ石橋が、ついに完成いたしましたので、竣工式とあいなりました。そこで、来賓ということで、あなたを、お呼びいたしました。」
「ひゃあ~~~~。それは、まこと、光栄な事でありましょうが、私は、まだ国政においてやることが沢山ありますゆえ、別の方が良いのでは? たとえば、第1野党の党首さんとか。」
「いやあ、そりゃあもう、格が違います。やはり、あなたでなければ。なに、そんなにお手は取らせません。もう式典は始まっておりまして、クライマックスであなた様が登場していただければ、亡者どもの喜びもひとしおでありましょう。では、ご案内仕ります。」
首相さんの意志などは、まったく関係なしに、大きな鬼さんたちに取り囲まれて、首相さんは、どんどんと川のそばに運ばれました。
そこには、鬼さんや、顔色が真っ青な人々や、よく正体が分からないなにかさんたちが、もう、たくさん、集まっておりました。
そうして、そこには、確かに巨大な石橋の渡り口がありました。
しかし、少し向こう側は、もう深い霧の中に包まれていて、何も見えなくなっておりました。
その下には、確かに大河が流れているのはわかりました。
「あれに見えますのが、名高い三途の川でございます。」
総裁さんが言いました。
「ぼくは、死んだのですか?」
「いえ、ここにおります者の中で、あなただけが、この世の『生き物』でございます。あとは、亡者さんどもか、鬼さんか、魑魅魍魎さん、たちであります。」
「むむむ。」
『では、みなさん、本日は、この目出度い日に、なんと、首相閣下がおいでくださっています。』
地面が揺れるくらいの、ものすごい音量で、アナウンスが入りました。
『どわお~~~~~~~~!!!!!』
大歓声が上がりました。
あたりは、もう、やんややんやの、大騒ぎとなりました。
ちんちん、どんどんと、まるで、お祭りのようです。
「みな、最後のお祭りなのです。鬼さんたちもそうです。このようなことは、今後も永くないでしょう。」
『では、首相閣下からお言葉をいただきます。』
「え??そんな用意してないですよ。」
首相さんはびっくりして言いました。
「まあ、短くって、いいですから、即興で、お願いいたします。みな、生きているときは、あなたの周囲で、頑張って働いていたのですから。」
「はあ・・・」
大きな赤鬼さんが、首相さんを、ものすごく高い、お立ち台に持ち上げました。
あまりに高くて、ひとりで、降りることは、出来そうにもありません。
首相さんは、もうしかたがないので、マイクに向かって話しかけました。
「え! みなさま、このたびは、石橋が完成ということで、お喜びを申し上げます。これにより、交通の便が改善されることでありましょう。え、おめでとうございます。では、短いですが、お祝いの言葉と、いたします。」
『どぎょわ~~~~!!!!!』
現世では、聞いたことがないような歓声が上がりました。
『では、みなさん、渡り初めです。あの世に行かれるかた、渡り始めてください。』
『おわ~~~~!!』
それはもう、ものすごい光景でした。
「あのう・・・聞いてよろしいですか?」
首相さんが、総裁さんに尋ねました。
「向こう岸でも、祝典をやっているのですか?」
「さあて、わかりません。真ん中でぶつかれば、そうでしょう。」
「そんな、いいかげんな。」
「いやいや、現生の政治もそうしたものでしょうに。ね、首相さん。」
そう言われて、ふと、その顔をみれば、それはかつて、首相さんが追い落とした、手ごわい、政敵だった男ではないですか。
首相さんにその道を断たれ、その後、自らこの世を捨てたのです。
「あんたは・・・・」
「まあまあ、気にされる必要はありません。すべては、済んだことです。」
すると、鬼さんたちが、みなで首相さんを担いで橋の方向に向かうのです。
「ちょっとまって、ぼくが、渡ったらどうなるの?」
「そりゃあもう、あの世行きですな。」
「そりゃあ困る。君い! やめたまえ。」
「まあまあ、そう、おっしゃらずに。」
鬼さんたちは、どんどんと、首相さんを運び、ついには、橋のたもとに立たせました。
うしろからは、たくさんの死者さんたちや、鬼さんたちが追い立ててきます。
「うわあ~~~。やえてくえぇ!」
首相さんは叫びました。
すると、傍らにいた、小さな鬼さんが、耳元でささやいたのです。
「石橋を三回、叩いてください。おじさん。」
顔をひょいと見れば、それは、その昔に亡くなった、首相さんが、まだ出世する前に大切にしていた、甥っ子の顔でした。
首相さんは、とっさに、そこにかがみこんで、石橋を三回、叩きました。
【ぐわら、ぐわらあ~~~~~~~~!!!】
大きな音と共に、石橋が崩れ落ちたのです。
********** **********
「首相、気が付きましたか?」
「ああ、君かあ。」
それは、第1野党の党首である、自分の弟でした。
「首相室で、倒れていたんだ。まあ、軽い脳梗塞だ。無理するな。」
どうやら、病室の中にいるようでした。
「ああ、おれは、おまえに、済まない事を言ったなあ。」
「なんだ、気にするな。地球に降りるケーブルは、どやら無事つながったよ。やっとこれで、先祖の墓参りができる。」
「ああ、そうか、壊れたままだった『宇宙エレベータ』の、再開通式だったなあ。ああ、きみい、三回、叩いて見たかい?」
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『三回叩いても石橋は渡らない』 やましん(テンパー) @yamashin-2
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