第8話 見守りいなり

「ハンバーグ!!」

 玄関の扉を開けるやいなや、匂いで献立が分かったようで、シュカが玄関先で今日の献立宛てを始めてしまう。

「妖怪の癖に、ハンバーグの匂いがわかるの?」

「もちろん、ぬらりひょんは人の家でお茶やお酒を飲んだり、ご飯を食べたりする妖怪だし。もう、これは間違いない。――晩ご飯はハンバーグ」

 学校で七不思議の解明をしている時よりも真剣な顔で夕飯は何かを私に話すシュカがいた。

 自信満々に言うセリフがハンバーグなのがシュカらしい。


 家のハンバーグは大きくって、実はいろんな野菜が入っている。

 私や弟のハヤトの好き嫌い対策で、ニンジンがすり下ろされていたり、なすやピーマンがみじん切りされてはいっている。

「で……でかくないこれ?」

 ハンバーグを目の前にして、こんなの食べてもいいの? って顔でシュカが私に話しかけてきた。

 いや、食べたら駄目だよ。シュカうちの子じゃないしと思うけれど。

 最初の夕飯こそ、オムライスの数が足らなかったけれど。シュカが家に長期で滞在していると認識しているようで。今日はハンバーグが皆の分あった。

 毎回、お父さんの分をシュカが食べていたら大変だもんね。



 いただきますという挨拶もそこそこに、大きく一口ほおばってシュカは目を見開いた。

「やばい、ミチ天才かも。真ん中にチーズも入ってるじゃん。俺こういう隠されたドッキリ嬉しいに弱い」

 あーっと言わんばかりに、そう言ってシュカは自分の顔を恥ずかしそうになぜか覆った。

 相変わらず、私のお母さんのことを呼び捨てで呼んでるし。



 あんまりにもおいしそうに食べるものだから、私のハンバーグを少しシュカの皿に切って入れてあげた。

「嘘、これハンバーグだよ!? くれるの?」

「私には少し多かったし。おいしいんでしょ。あと、お母さんのこと呼び捨てにするのだけは辞めて」

「しずく、ありがとう!」

 そういって、本当においしそうにシュカはハンバーグを食べた。



 まったく知らない男の子が食卓に当たり前にいる異常な光景に家族は何も反応しない。

 そんなぬらりひょんの男の子シュカと少しずつ仲良くなってきている気がする。



◆◇◆◇



 掃除の時間が終わると、いよいよ3つ目の七不思議の解明が始まる。

「ほい、じゃぁ今日の調査する七不思議は何?」

 私の頭にぐいっとあごを載せてシュカがそういう。

 皆が帰った教室で始まる、今日はどうするか。

「今日は学校の中じゃなくて外なの。今日はあんまり怖くないよ。願いを叶えてくれる見守り稲荷」

「……稲荷か」

 ぽそりと呟いて、シュカの顔が少し曇る。

 他の階段の時はちっとも怖がる様子はなかったとのに、三つ編みをくるくると手でいじったりと今までにない落ち着かない様子だ。

「どうしたの?」

「いや、なんでもない」

 でも、今回は七不思議は七不思議でも怖い話ではないしと私は今回の七不思議の話しを始めた。



「学校の敷地の四隅にお稲荷さんの社があるの」

「なんで? 神社仏閣ならともかく、ここ学校じゃん。どうして稲荷祀ってんのさ」

「なんでかはわかんないけど。掃除当番にお稲荷さん周りってのがあるし。

学校に社ができたのはいつからなんだろうね……。とにかく、敷地の四隅にお稲荷さんが祀られているの。北は勉強、南は恋愛。東と西はちょっとわかんないけど。そこでお稲荷さんを掃除してお願いをすると成績がアップしたり、恋が成就したりするんだって」

「ふーん」

「あれ、乗り気じゃない?」

「いや、そういうわけじゃないけどさ」

 シュカの口調がいつもより歯切れが悪いことが気になったけれど……これまでの2つと違って怖い話がない場所ということもあって私はいつもと様子が違うのをわかっていてそれ以上聞かなかった。



「ほら、行こう!」

 私が手を差し出すと、シュカは握り返してくれる。

 さぁ、放課後の七不思議の解明の始まりよ。



「で? どっからいくの。お稲荷さんが祀ってある社は敷地の四隅にあるんでしょ」

「そうね……南は恋愛の成就ってことで結構人がいることが多いから、南が最後は決まりなんだけど」

 南の社に人がいることが多いということで、西、北、東、南の時計周りで行くことにした。

 学校にある簡易な物とはいえ、神様にお参りするわけだから、何となくシャンっと背筋が伸びる。


 私は、お参りをしたことがないけれど、掃除当番はしたことがあるからここは七不思議の中で唯一怖くない場所だったんだけど……


 おかしいな、気のせいだよね。

 さっきから、シャン、シャン、シャンっと鈴のような音がする。

「ねぇ、なんだか変な音が聞こえない? 鈴みたいな……」

 ピーンと背筋が伸びるどころか、なんか空気が張り詰めている気がする。

 変な音が聞こえて不安になった私はシュカの手をぎゅっと握った。

「俺が学校の敷地内にいて、生徒の隣にいるからだろうな……」

 シュカはそういうと、ぎゅっと握った私の手を引っ張ると自分の後ろに私を隠すようにした。

 厳かな空気を感じる、それはもうピリピリとするほど。


「はぁ、お出ましだ」

 シュカがそういうと、お社の前に一匹の白いキツネが座っていた。

「きつね? 初めてみた……」

 キツネはくるんっとバク転をした。

 すると、キツネはあっという間に人の姿へと変わる。

 私たちと歳の変わらないちょっと目のつりあがった、なんていうか全体的に白いカッコいい男の子になった……。

「えっ? キツネが人になった……」

 かっこいいとか外見的なことよりも、キツネが人になったほうが大問題だ。



『その童を置いて、すぐに結界の外に出よ。これは忠告ではない、警告だ』

 白い男の子がシュカを指さし、そう警告してきたのだ。

「俺はぬらりひょん。人の世に交わり生きる妖怪。共に生きる人間を害するつもりはないから」

 シュカは私の前に立ちはだかる形でそう言った。

『人の世に交わり、かつ、決して人と交われない妖怪。それがぬらりひょんのはず。何の目的があり我が校の生徒にとりつく。ただちに離れろ』

「あんた見守り稲荷でしょ? 神の使いだとすれば見えるはず。俺としずくをよく見ろ」



 しばらくじーっと見つめたかと思うと。

 男の子はコーンっと鳴いたのだ。

 すると、さらに3匹の白いキツネが現れて、私たちの周りを囲んだ。

「ちょ、ちょっと。何?」

 私は囲まれたことで、不安で思わずぎゅっとシュカの服をつかんだ。

「とにかく離れないで大丈夫だから」


 キツネ達はくるんっと順番に宙返りをする。キツネは若いきれいな女性と私の父くらいの年齢の男性、ひげが長い仙人のようなおじいちゃんになった。



 おじいちゃんがじろじろ、私とシュカを見た。

 シュカが繋いでいる私の手をギュッと握る。


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