第7話 ベートーベンの目は光る?

「あのさ、普通に私の家に帰って来て、普通にご飯を一緒に食べて、普通に私の部屋で寝ようとしてない? そして、昨日はなかったこの客用の布団……ナニコレ」

 学校から一緒に帰ってくると。普通にシュカの分も今日はご飯が用意されていて、シュカもそれを食べて、当たり前にお風呂まで家で入っている。


 弟はシュカと並んでテレビを見て一緒に手を叩いて笑っているというのに、シュカが家にいる違和感をちっとも感じてないんだから。本当に妖怪なんだなって日常のふっとしたところで思う。

「それにしても、ご飯とお風呂まではいいよ。そういう妖怪だもんね。なぜ私の部屋に当たり前のように布団を引いて寝ようとしているのか……」

「しょうがないじゃん。夜のほうが危ないし。布団はお客様用を出してくれたみたいだね。別に俺は違う部屋で寝てもいいよ。しずくが怖くないなら」

 そう言われると、今日階段が増えるか確認しに行った時のちょっとした怖さも相まって考えてしまう。

「で、俺。弟の部屋で寝ようか? ただ、弟の部屋だとしずくが見えないから何かあっても俺わかんないけど」

 シュカはニマニマと意地の悪い笑顔をしながら私の顔を覗き込む。

「…………ぃ」

 悔しい、なんとなく癪だ。でも一人で寝るのが怖い。

「聞こえないな~」

 恥とプライドを捨てて言ったけれどシュカはサラッと「聞こえない」と言っちゃう。

「もう、一緒に寝てください!」

「しょうがないなぁ~。これだから人間は~」

 そういって、シュカはベッドの横にひかれた布団に横になった。



 妖怪とはいえ、男の子。

 ちょっとドキドキしたけれど。電気がきえて1分もしないうちに、豪快なイビキが聞こえてきて、そのドキドキはすぐにどこかに吹っ飛んで私はそのまま寝た。




 放課後、私たちは昨日に引き続き学校の七不思議を調べていた。

「今日のは何?」

 腕を組んで、すっかり山崎君の席を自分のものにしているシュカが私に質問してきた。

「昨日の階段の隣にある音楽室。音楽室の壁には作曲家たちの肖像画が張られているんだけど。その中の一つ、ベートーベンの目が夜になると光るんだって」

「目が光る妖怪とか変わってるね~」

 妖怪で、かつ『ぬらりひょん』と妖怪名のあるシュカにすると珍しい妖怪のようだ。



「目が光るって噂は本当なの。ここだけの話、夏休み中に合宿した運動部の子は、合宿最終日の夜に学校で肝試しをするの。音楽室は肝試しのコースなんだけど。去年見ちゃったらしいの。音楽室のベートーベンの目が暗闇で光ったのを。なんか、すごく大問題になったらしくて。だから今年は夏の肝試しが中止になったんだよ」

 この話は卒業しちゃった、先輩から聞いたし。今年中止になることは運動部の同級生からきいた。

「あのさ、一番の問題なんだけど。夜目が光るのを確認するために学校に残ったら、夕飯間に合う? 俺ミチのご飯結構気にいってるんだけど」

 私のお母さんのご飯をほめるのはいい。

「私のお母さんを呼び捨てにしないでよ! って、確かに。合宿で肝試しをしたような夜遅い時間までは学校に鍵がかかるかもしれないし残れないなぁ」

 どうしよう……

 怖いけれど、ここなら妖怪いるんじゃないかなって思ったのに。



「まぁ、ベートーベンの肖像画が妖怪なら、目が光るのを見れなくてもわかるから大丈夫なんだけどね」

「それを先言って! 夜は怖いなぁとか、帰ろうとしたら学校に鍵がかかっていたらとかいろいろ考えちゃったじゃない」

「ごめんごめん。しずくが怖がるのがなんだか妖怪的に新鮮でさ、ついつい」

 下をぺろっとだして軽い感じで謝ってくるし。ほんと、私が怯えてるのを楽しむとか、嫌なやつ。

「もう!」

「はい、怒るのはここまで、さっそく今日も検証」

 そういって、私の手を握るとシュカは走り出した。

 風にシュカの髪がなびく姿にちょっとだけ見とれてしまった。




 第二校舎の3階はやっぱり静かだった。

 今日は昨日の階段とは違って、去年の卒業生という私も会ったことがある人が目が光ったと言っていたのだ。

 怖さと緊張は昨日の比ではない。

「あのさ、シュカ」

 音楽室の扉の前で思わず立ち止まってしまう。

「何?」

 シュカがくるっとこっちに向くと、三つ編みがシュカの動きに合わせて動く。

「私、ここで待ってたらだめかな?」

 ダメもとでお願いしてみた。

「別にいいよ」

 あっさりとシュカはそう言った。



「本当、ありがとう」

 本当に怖かったから行かなくて済むことがわかってホッとしてしまう。シュカもいいところあるじゃんとすら思えちゃう。

「俺って、しずくの部屋にずっといるわけじゃないじゃん。しずくがリビングでくつろいでる間に風呂入ったり、しずくからあまり離れないようにしてるけど、結構自由に動けるでしょ」

「うん。もうほんと我が家かってくらいくつろいでいるし。タブレット使いこなすわで驚いたもん」

「ベートーベンの肖像画の妖怪ってさ、動けない奴なのかな?」

 そういって、シュカは首をかしげて私に聞いてきた。

「え……」



 肖像画だから動けないと思っていたけれど。

 もし動けるとしたらよ……

 シュカは音楽室の中で、私は廊下。とんとんって肩を叩かれて振り向いてそこにベートーベンが立っていたら……

 想像したら、思わず怖くて叫ぶかと思った。

「ちょっと、なんでそんな怖くなること言うのよ」

 思わずシュカの手をぎゅっと握った。

「だって、待ってるとか言うから~。念のためいろんなパターン想定しておいたほうがいいかなって思って。肩をトントンって叩かれて俺だと思って振り返ったらベートーベンでしたってシャレにならなくない?」

 まんま、私が想像していたことをシュカはさらっという。

 音楽室に入るのは怖い。でも廊下で一人待ってて妖怪やお化けに遭遇するよりずっとまし。

 私には他に選択肢などなくなった。



 音楽室の扉が開けられた。でも私は怖くてシュカの手を握って引っ張られるのに合わせて歩くけれど。目をぎゅっとつぶっていた。

「あーなるほどね……これは光るわ……」

 シュカがそう言うから私はパニックになった。もう恥もへったくれもなく恐怖が支配した私はシュカの腕にぎゅっとしがみついた。

「しずく、見てみたら?」

「絶対に嫌!」

「大丈夫だから。怖くないよ。お化けとか妖怪の類じゃなくて、これは人の仕業だから」

 人の仕業という言葉に私はそっと目をあけて肖像画をみた。

 ベートーベンという名前が書かれた変わった髪型の男性の絵がそこにあった。



 その目は光っていなかった。

「なによ、光ってないじゃない」

 驚かせるんじゃないわよもうっとシュカを睨みつけた。

「明るい間は光らないんだよ。よくみればわかるけど、目のところに蛍光塗料が塗られてる」

 蛍光塗料ってあの、暗くなるとぼんやり光るやつね。

「蛍光塗料って……いったい誰が」

「誰かはわからないけれど。これは人の仕業。合宿の肝試しはお約束なんでしょ。ということは、夜ここを肝試しで子供たちが通ることを知っていたんだよ。夜、懐中電灯のつたない灯りを持って、音楽室にやってきた子はみたんだろうね。蛍光塗料のせいで、暗闇の中、ベートーベンの瞳が光るのを……そして、先生も悪意がある人の仕業だと気がついたから中止にしたんじゃないかな。さて、これも解決」

 シュカはそういって、指をパチンっと鳴らした。



「もうなんで今術を使ったの?」

「解明記念にテンションが上がって何となく。ほら、帰ろう。ミチのご飯が早く食べたいよ」

 シュカに手を引かれて私は学校を後にした。



「消え申した……消え申した……」

 シュカでもしずくでもない声が学校に響いた。

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