第36話

 あの出来事から俺と希は付き合うことになった。最初は隠しながら付き合おうとしたが、希に強く反対されたため堂々と周りに公表して付き合うことにした。付き合って2~3日は好奇の目にさらされたり、一部男子に敵意を向けられたりと精神的に参りそうになったが、意外と早く飽きが来て話題にも上がらなくなった。つまり俺の心配事は杞憂だった。そうしてもう一つ身の回りの変化があった。

 あの日以降、蝶野さんは付きまとうことはしなくなった。それどころか俺らを避けて、どんよりとした空気を纏いながら考え事をしていた。普通とは違う姿に何だか胸騒ぎがして落ち着かなかった。

 「ひーくん? どうしたの?」

 「最近の蝶野さん、何だかすごく変で気になるというか……」

 一緒に買い物をしながら下校していると、普段と違う態度に気づいた希が不思議そうに顔を覗かせていた。ただ悩みの種が蝶野さんだと知ると不機嫌な顔に切り替えて俺の脛を強めに蹴った。

 「目の前にかわいい彼女がいるのに、他の女のことなんて考えないでよ。マジで重罪、斬首だからね?」

 「スク〇〇デ〇ズのクズ主人公になっちゃうよ。俺」

 「いや、斬るのは乳首だから大丈夫だよ」

 「何が大丈夫なの? 無くなったら無くなったで困る気がするよ?!」

 いつも通りの冗談を交えた他愛もない会話が続いた。すっかり機嫌を戻した希に俺は胸騒ぎがしたと伝えておいた。それを言ったところで占いとかオカルト系を信じない希は話を聞き流していたけど。

 「ひーくん心配しすぎだよ。大凶の年でも宝くじで百万当てた女ですよ?」

 「そういえばそんなことあったな」

 希が考えすぎだと笑い飛ばして背中をバンバン叩いてきた。やっぱり俺の考えすぎなのかも知れないと俺もそれ以上は言わなかった。大丈夫だと俺は自分に言い聞かせた。


 「金原さん。ちょっといいかしら?」

 「げっ! 何か用?」

 私を見るなり嫌な顔を隠そうもせずこちらを睨んできた。彼女に恨まれる事をした覚えは一切ないのだけど、ここまで嫌われると悲しくなってくる。私は警戒心を解くために柔らかい笑顔を彼女に向けるが、返って彼女は警戒心を強めて敵意を向けてくる。

 「本当に何の用? くだらない事だったらぶっ飛ばすからね」

 「やだな~別に月山君との関係を邪魔しようとか思ってませんから」

 「だったらさっさと済ましてくれる? 今日も下校デートする予定なんだからっ!」

 いやいやだが何とか彼女を引き留めることに成功した。私は言葉巧みに人気のない下り階段へと誘い込んだ。ここは人が滅多に来なくて誰にも気づかれることも無い。

 「で? 要件は?」

 「金原さん。あなた今幸せ?」

 私の問いに彼女は愚問と言わんばかりの笑顔を振り撒いた。

 「決まってるでしょ? 幸せすぎて怖いくらいよっ!」

 聞いた私が馬鹿だった。彼女の言葉を聞いた途端、私の中で黒い物が沸き上がってきた。これが嫉妬って感情なのだろうか?もしそうだとしたら、人間らしい感情が私に芽生えたってことになる。そう考えると同時に嬉しさも沸き上がった。

 「いいですね~! 本当に羨ましいですぅ。奪っちゃいたいくらい……ね」

 いつもの笑顔を振りまくと、彼女は不気味そうに私を見つめてきた。

 「ねえ、この際だから言っとくけど、あなたの笑顔って何だか変だよ?」

 唐突にこんなことを言われた。感情をつくるのは得意なはずだけどおかしいな。彼女に悪意はないのかもしれないが、私の中の黒い物がさらに膨れ上がってきた。やっぱり彼女は金原さんは私が幸せになるために、邪魔な存在みたいだなあ。

 右のポケットからカッターナイフを取り出す。それを見た彼女の顔が面白いくらい恐怖に染まった。

 「あなた……何考えてるの? バカなことはやめてよ!」

 「私が幸せになるために必要なことなの。だから分かってくれるよね」

 私は彼女目掛けてカッターナイフを振りかざす。階段上にいた彼女は避けようとするが、予想した通り体勢を崩して階段から転げ落ちた。大きな音が響いたが、しばらく人はこないだろう。彼女は額から血を流して、気を失っていた。これでしばらく彼女は戦線離脱になるだろう。ちなみにカッターナイフの刃は抜いてある。さすがの私も人を切りつけるのは気が引けるし。

 それに女の傷は女の価値を下げてしまう。そのことを恨まれて背中を刺されても困るしね。

 でも、これで邪魔者はいなくなった。明日から楽しみだなぁ。後は彼をどうすれば振り向かせるか……だけど。

 「乙女ゲームでもやって予習しとこっと」

 私はいつになく上機嫌でその場を去った。


 あとがき 書く度に難しさが身に染みる。

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