夏の思い出

枸杞-kuko-

第1話 きらきら(前編)

 -んん…?あぁ、思い出した-



 今年は高校最後の夏休み。友達と花火をしたり、旅行に行ったりと色々とやりたいことがあった。それなのに急に祖父母の家に行くことになった。しかも両親はそれぞれ出張に行くから、行くのは私だけだ。私は全く乗り気になれなかった。友達と遊びたいからって理由はもちろんだがそれ以上に祖父母に合うのが気まずい。最後に会ったのは小学校低学年の時で、それ以来両親共々仕事が忙しく会いにいく余裕がなかったのだ。今さら祖父母に会ったところで何を話したらいいのか分からない。どうしよう。行きたくない…。




 蝉が鳴いている。扇風機が頭を回し、部屋の温度を下げようとしているが、縁側から入ってくる乾いた熱に負け一向に部屋の温度は下がらない。暑い。汗が流れる。アイスたべようかな…。キッチンに行くために腰を上げると、

「なおちゃーん!今日は川行こやあ!駿太しゅんたたちがいいもん見せてやるって!!」

 自転車を漕ぎながら女の子が叫んでいる。この家の周りには声を遮るようなものは何もないから声がよく通る。

「また川?あそこ虫が多いからあんまり行きたくないんだけど…」

「えー!川遊び楽しいやん!とりあえず行こいこ!」

「えっ、ちょ、まって、準備…」

「そんなんいらんいらん!」

 そう言って縁側から家の中に顔を突っ込んで

「ばあばあー、なおちゃん連れてくよー」

「はいはい。いってきなー。今日はきらきら、ようみてきーなー」

 祖母は手をひらひらと振りながら私たちを見送った。


 私は、前で自転車を漕ぐ大森おおもり千佳ちかの後に付き川に向かって行った。林を抜け小さな石橋を渡った奥に目的の川がある。幅は4mほどであまり深くはない。ヤマメとかいう川魚が泳いでいる。あとは小さいカニがいる。サワガニとか言ってたような気がする。あまり覚えていない。


「おい!遅いぞ!!集合は14時だったろ!!今何時だと思ってんだよ!きらきらを最高の状態で見るための準備をしないといけないだろ!」

「ごめん、ごめん。そんなぎゃーぎゃー言わんといてー」

 千佳は手をすりすりしながら渋谷しぶや俊太しゅんたのご機嫌取りをしている。それに対して俊太はまだ文句を言っている。てか、今14時10分じゃん。10分も待てないのか…小さい男だなと思っていると

「俊太もういいやろ、はよ準備しよや」

 と眼鏡をかけた頭の良さそうな男子が話を遮った。

「君は藤村ふじむら奈緒なおさんだよね。藤村のばあばのお孫さんの。僕は大西おおにし研二けんじ。俊太、千佳と同じく君と同い年だから。よろしくね」

 さわやかスマイルで自己紹介された。祖父母の家に来て初めてよかったと思えた。

「うん、よろしくね。

 そういえばさっきから気になっていたんだけど、って何?イルミネーションとかあるの?」

「千佳はまだ話してなかったんやね、きらきらっていうのは、」

「「だめ!!」」

 千佳と俊太が同時に叫んだものだから、私と研二は目を丸くした。すると千佳が、

「今は教えちゃだめ!何も知らずに見たほうが感動2倍っていうやろ?」

 俊太も横でうんうん、とうなずいている。研二はそういうものか?と首をかしげながらも

「そういうことみたいだから、夜までのお楽しみで」

 と結局何もわからずじまいだった。



 現在16時23分。あの後私たちは持ってくるものリストをつくり、一度解散した。次の集合時間は18時ジャスト。それまでに私は軽食と懐中電灯、そしてジャムの瓶みたいな空き瓶を用意しなければならない。軽食は祖父母の家から自転車で15分ほど先にある小さなお店でパンを買ったところだ。あとは懐中電灯と空き瓶…。これは祖母に聞くしかないなと考えながら自転車を漕いだ。


「ただいまあ」

「奈緒ちゃんおかえり、早かったねえ。きらきらまでまだ時間あるけどどうしたとね?」

 と祖母が玄関まで来てくれた。あのね、と言いかけると私の後ろの扉が勢いよく開き、

「ばあばや!ただいま!!今じいじが帰ったぞー!

 おお!奈緒ちゃんも帰っとったんか!こんなとこで何しよるんや?」

 この至近距離で結構大きな声。耳がキーンとする。がははと笑いながら聞いてきた。

「あら、じいさんや、おかえり。奈緒ちゃん今日きらきらを見に行くんよ」

「そうかそうか、きっと凄くいいもんが見れるけん楽しみにしときーやー」

 と言いながら部屋に入っていった。大人しい祖母とは反対に嵐のような人だ。

「そういえば、さっき何か言いかけてたけど…」

「あのね、懐中電灯とジャムの瓶みたいな空き瓶が必要で…。どこにあるか分からないから教えて欲しいなって…。」

「そうだったのね、今から準備してくるからリビングで待っててね」

 そう言うと祖母はサンダルを履いて外に出て行った。

 これできらきらを見るための準備はできた。あとは集合時間に間に合うように家を出るだけ…。


 畳のにおいに心が落ち着く。家の中を風が通り抜ける。都会では感じることができなかったこの感覚。

 そしてなぜだか鼻がツンとして右目から涙が零れ落ちた。そして私は気づかないうちに眠りについていた…。



続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏の思い出 枸杞-kuko- @Kuko_Nomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ