38話 異世界にBLが誕生しましたわ

 そうした経緯を経て、りずむめいと三号店が出来た。場所は一号店の並びである。ピンクを基調とした内装はいかにも女性向けらしかった。そこにラディはマチルダの作品やその弟子達の作品をならべ、他には男性向けから転向した作家やほのぼの路線の作品群を並べた。さらにマチルダの作品のキャラグッズまで製作した。


「そしてこれが問題の……」

「最初はお客様からクレームもあるかもしれませんわ」


 リリアンナとラディが見つめているのはモチカの作品である。リリアンナの検閲によってかなり性描写を押さえたものではあったが、初めてのBL作品である。

 リリアンナは女性向けの売り場のさらに一角を区切り、POPをつけさせた。


「禁断の男同士の物語。騎士とその従者の……え、えーと。めちゃくちゃネタバレしてませんかこれ」

「BLとはそれくらいでいいのです」


 リリアンナは前世でのBLの扱いを思い浮かべた。タグをつけたり注意書きをしたり……そんな棲み分けをする事がマナーとされていたのである。それはこの世界でも同じだろうとリリアンナは考えていた。


「これは私の個人的な意向でもあるので売れなくても気にしないでくださいね」

「はい……」


 懸念材料も抱えつつ、三号店はオープンした。ここでしか買えないキャラグッズや新人作品の発掘目当てに各方面から女性客がやってきた。

 そんな女性まみれの中にも男性客の姿もあった。もとからのマチルダ作品のファン、そしておいそれと買い物には来られないような女性の使いも買い物に来る。それはそれなりの身分であったり、自由に買い物に出られない娼婦であったりした。


「二十冊以上お買い上げで配送サービスをいたします」


 ラディは客のそんな動きを見て、新サービスをはじめた。カタログを用意し、一気に買う客には配送のサービスを加えたのだ。つまり通販である。すると……売れはじめる商品が変わった。

 王道の恋物語はもちろんの事、店頭では動きの悪かった少し過激な内容の作品が売れていくようになったのだ。その作品の中には……モチカの作品もあった。


「店売りではさっぱりだったのに配送しはじめたら売れてきました」

「あらあら……お手柄だわ、ラディ」


 その売り上げの報告を聞いたモチカも喜んだ。


「ああ……この世にBLを読んでいる人がいる……」

「この分ですと二作目も出せそうですわ、モチカ」

「本当ですかっ!?」

「一作品目の続編にします? それとも別シリーズで?」


 そう聞かれたモチカはカッと目を見開いて答えた。


「別シリーズで! 一作品目は初めてだったので押さえたんですけど、もっと筋肉を……」

「へえ……モチカはそっちなのね」

「えっ、あ……はい」


 モチカは我に返って頬を掻きつつ、こうつけ加えた。


「あっ、でも今の所BLを描くのは私だけなので色々描くつもりです」

「まぁ、体を壊さない程度に頑張ってね。アシスタントをしながらの創作は大変でしょう」


 モチカはいまやマチルダのアトリエを統括するチーフアシスタントといってよかった。


「はい、でも楽しいから頑張れます!」


 モチカは爽やかな笑顔で微笑んだ。その作品は爽やかとは言えなかったけれど。




「……こ、これは……一体こんなものをどこで」


 リリアンナとモチカがモンブロアで奮闘している頃、震えながら本をめくる人物がいた。


「はっ、モンブロアの本屋です。ほらこのようにカタログがあるのです」

「な、なんと……」


 それはようやく謹慎の解けた王子テオドールであった。王子は黒髪に鳶色の瞳の大変な美男子の友人・・の差し出したカタログを覗き混んだ。


「ううむ……」

「お気に召しませんでしたか」


 心配そうに王子を見る友人・・。王子は首をふってその青年の肩を抱き寄せた。


「いいや、素晴らしい! この美しい愛の形こそ、真実のものだ!」

「それはよかった」

「しかし……」


 王子は眉間にしわを寄せて俯いた。その横顔は憂いに満ち、後れ毛も艶めいて美しい。見た目だけは。


「この続きはないのか? または他の似た様な作品は!」

「それは……このカタログには載っていません」

「うーむ、最新のものを手に入れるには店頭に行くしかないのか……」


 王子は呟いた。モンブロアといえばハルトの領地である。あの勇者は野性味があって良かった。しかし因縁深いリリアンナもそこにいるのだ。


「この本もあの女の手によるものなのか……?」

「王子、いけません。行くなら僕が……」

「心配するな。変装して行くさ。それに……」

「それに……?」


 青年はごくりと唾を飲み込んだ。


「私は最新刊をこの目で確かめたい。好みに合わない物はいらないし」

「そ、そうですか……」


 王宮の一角で……どうしようもない理由で王子は敵地とも言えるモンブロアへのお忍びを決めた。


「あ、なんか寒気がする」

「あら、もう一枚羽織ったほうがよろしくてよ」


 ハルトとリリアンナはそんな事も知らずに呑気にお茶をしていた。

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