35話 恋の花に水をまくのですわ

 ハルトは二階から広間、居間を巡ってキョロキョロと見回しながら歩いていた。


「どうしましたの? ハルト様」

「ああ、ウルスラはどこ行った? 時計が壊れちゃってさ……」

「もう、ウルスラさんは便利屋さんではないのですから。ウルスラさんならワーズに出かけましたわ」

「……あいつが?」


 別段、用もなければ部屋に引きこもっている研究者気質のウルスラが出かけたと聞いてハヤトは面食らった。


「なんでもお友達が出来たとか……。お茶をしながらお話するのが楽しいって言ってましたわ」

「友達……。口を開けば馬鹿とかアホとか脳筋とかいうあいつに友達……」


 ハヤトはしばし考え込んだ。


「ちょっと街まで行こうかな」

「ハヤト様!」

「と、時計を修理に出すだけだよ……」

「嘘おっしゃい。ウルスラさんの邪魔をする気でしょう」

「そそそ……そんな事ないよ」


 ハルトの目は泳いだ。図星だったのだ。


「いけませんよ。お相手は殿方なのですから」

「えっ!? との……って男?」

「そんなに驚く事ないじゃありませんか、ウルスラさんだって女性なのだし」

「そうなんだけど……ううーん」


 リリアンナは思いっきりしかめ面をしているハルトの頬を掌で包んだ。


「なーにショックを受けてますの?」

「ショックなんか……」

「ウルスラさんはハルト様の物じゃありませんのよ」

「そりゃそうだけど……」

「……ハルト様には私がいるじゃありませんの」


 そう言って頬を膨らませるリリアンナはとてもかわいかった。ハルトはリリアンナの手をとって、頭を下げた。


「ごめん。そうだよな、ウルスラの事は見守ろう」

「ええ」


 リリアンナとハルトは仲良く寄り添いながら、ウルスラの恋の行く末を思った。




「くしゅん」

「おや、少し冷えましたか?」

「そうかも。最近寒くなったし……もしくは……」

「……?」

「あっ、なんでもないわ」


 一方のウルスラはワーズに最近できた喫茶店でランドルフと話し込んでいた。彼はモンブロアに住む治療師で、薬学の知識が豊富だった。


「これをかけてください」

「えっ」


 ランドルフは自分の上着をウルスラに差し出した。


「女性は体が冷えやすいですから」

「そんな……」


 女賢者と呼ばれても、まともに女扱いはされてこなかったウルスラは気恥ずかしくて頬を赤くした。手渡された上着をぎこちなく受け取って肩にかける。


「……あたたかい、です」

「そう。よかった」


 ランドルフはにっこりと笑った。その顔を見てウルスラはおずおずと切り出した。


「あの、私の話って小難しいでしょ? 聞いてて嫌になりませんか」

「いえ、興味深いと思いますよ。僕は薬学だけで手一杯なのにすごいです」

「ランドルフさんもひとつの道を究めようとしていて尊敬します」

「ふふ、ありがとうございます」


 そんな二人の様子をじっと店内で見ている影があった。すっと立ち上がるとその少年は店をでた。彼が向かった先は……めろでぃたいむである。


「スネーク! どうだったにゃ!」


 そう、ウルスラとランドルフの二人の逢瀬を関ししていたのは男装(?)したルディことルルであった。


「良い感じだったよ」

「それはそれは……あとで妖精さんに報告だにゃあ」


 はしゃぐモモの横でクリスティーナは呆れたように呟いた。


「それにしても全然印象変わるのな。これは分かんないぜ」

「だからこそ密偵にふさわしいのにゃ。モモが見に行ったら一発でバレるにゃ」

「そうだろな」

「はいはーい、僕着替えるから休憩室から出て」


 そう、ウルスラの行動はめろでぃたいむのメンバーに依ってリリアンナに筒抜けであった。彼女が色々と知っていたのはこういう訳である。


「顔良し、性格良し、職ありだろ」

「ご主人様からの情報だと、患者の評判もいいらしいにゃ」

「逃すんじゃねぇぞ……」


 モモとクリスティーナが盛り上がっている横で、セシルはこめかみに青筋を立てていた。


「あなた達……仕事して頂戴……」

「お、おう」

「わかったにゃ……」


 しおしおと仕事に戻る二人を見届けつつ、セシルも心の中でこう呟いた。


(ウルスラさんファイトです)



「へっくし!」

「おや、やっぱり風邪かもしれない。うちの治療院に行きましょう」

「え? いやこれは多分違います……」


 ウルスラはどこかにあるだろう監視の目を探した。しかし見知ったものはすでに周りにいない。


「なんか変なのよね」

「ですから治療を……」

「そ、そういう意味ではなくて……あ、このレイネンソウの薬効についてなんですけど」


 ウルスラは慌てて話題を変えた。そんな小さな恋の芽が芽吹こうとしている頃……。りずむめいとにある人物が向かっていた。


「ここだ……ついに来た……」


 頬を紅潮させて看板を見上げるのは赤毛の少女である。ちょっと買い物に来たにしては大きな荷物を背負い、少しよろめきながら歩いてきた。

 少女は店頭を眺めると、とある本が並んでいるのを見て飛びついた。


「ああ、マチルダ先生のサイン本! しかも全館揃ってる……」


 まるで壊れ物を扱うようにサイン本を手にした少女。その少女の名はモチカ。この少女がまたこのワーズの街に変革をもたらす事になるのである。

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