33話 さよならイルマなのですわ

 翌日、開店前に全員集合したメイド達はイルマの退職を聞かされた。誰もが初耳だったらしく、皆に動揺が走った。


「「イルマ、私たちが迷惑かけたから?」」


 そう聞く双子のミッキとフィー。


「私が……不器用だからだ」

「私が頼りないから……」


 クリスティーナとセシルもそう言って肩を落とした。


「モモが猫だからにゃ」

「僕が男だから」


 モモとルルもそう言って落ち込んでいたが、それはちょっと違うと思う。


「違うのみんな」


 イルマはめろでぃたいむの仲間達を見回した。そしてリリアンナをちらりと見る。リリアンナは黙って頷いた。


「私……結婚するの」

「「ええ!?」」

「皆さん、この事はご主人様やお嬢様がたには内緒ですよ」


 リリアンナはそう念を押しつつ付け加えた。


「ここを去るイルマの為に卒業イベントを行いたいと思います。皆さん、笑顔で送り出してくれるかしら」

「もちろんです」

「そうにゃそうにゃ! 当然だにゃ」


 皆、口々にそういって頷いた。


「ありがとう……みんな……」

「イベントは二週間後。店内でも告知しますがなるべく沢山のお客様とイルマがお別れできるように皆さんも知らせてくださいね」

「はい!」


 イルマ卒業イベントの告知は店頭や系列店のりずむめいとにポスターで掲示され、メイド達も熱心に知らせた。


「はい、1、2、3! ターン!」


 この日に向けてメイド達は仕事の間を縫って特別ステージの準備をし、厨房は厨房で当日だけの新メニューの開発に勤しんでいた。


「みんな、私の為に……こんなにしてくれるのに私……」

「イルマ、今は申し訳ないという気持ちは抑えてくださいまし。あなたの門出を最高のものにする為に皆動いているのですから」

「はい……」


 それでも申し訳ないという気持ちが顔に出ているイルマを見てリリアンナは微笑んだ。


「何にでも終わりはありますわ。後悔のないように、イルマも準備をしてくださいな」

「……はい!」


 当日はイルマだけのソロステージもある。イルマもその練習に励んだ。

 そして、とうとうイルマ卒業イベントの当日がやってきた。


「イルマ! もう辞めちゃうなんて寂しいよ」

「これお祝いのお花だから」


 めろでぃたいむは開店と同時に客でごったがえし、祝いの花で埋め尽くされた。


「これを見て俺を思い出してくれー」


 可愛らしいブローチを差し出すものもいた。他には名前入りのネックレスやリボンにポーチに手鏡に、と様々なプレゼントがイルマに贈られた。


「皆さんありがとうございます」


 思わずイルマは涙ぐみそうになった。こんな沢山の人が自分のことを気に掛けてくれていた証拠である。感激しない訳がない。


「イルマ、卒業おめでとう」


 その時一人の青年が、イルマの元に駆け寄ってきた。そして花を差し出す。


「……ありがとう」


 リリアンナは影からその様子を見て青年がイルマの結婚相手なのだと直感した。茶色の髪の地味ながら服も仕立てもしっかりしており、聡明そうな若者だ。


「それじゃあ、今日のスペシャルメニューです! タラのホワイトオムライスでーす!」


 本日、イルマの為に用意されたのはチキンの代わりに彼女のふるさとである北海で取れた棒タラを使ったオムライスだった。卵の上にはとろりとホワイトソースがかかっている。


「それじゃあ最後のイルマのおまじないです。おいしくなーれ、もえもえきゅん」


 そしてステージ。この日は三回のステージを予定している。はじめにセシルとクリスティーナ、そして双子のミッキとフィー、そしてモモとルルのステージを経て、イルマのソロステージがはじまった。


「聞いてください。『おもてなしの季節』」


 歌い踊りながら、イルマは奴隷として絶望の中、ハルトの屋敷に来た日の事、そして戸惑いながらメイド教育を受けた日々の事、そして時には言い合いをしたり愚痴を言い合ったりしためろでぃたいむの仲間達の事を思った。


「「秋も冬も春も夏も、ご主人様のため~に、おもてなしをしますからー。いつでもここにきたら私達がいるーわー」


 次第に涙声になるイルマに客席から頑張れ! イルマ! と声が飛んだ。


「おかえりなさい……ありがとうございました」


 歌いきったイルマが礼をすると、割れんばかりの拍手が起こった。


「イルマ、めそめそしている時間はねーぞ」


 クリスティーナがイルマの肩を抱く。


「そうそう、最後は僕等で!」

「最後の曲は『愛のお給仕1,2,3』だにゃ、みんな聞いてにゃ~!」


 華やかなイントロが流れる。全員集合したメイド達が踊る様に合わせて客席も一緒に揺れた。


「それでは卒業するイルマから、最後の挨拶です」


 セシルはそう言って、そっとイルマの背中を押した。


「……ご主人様、お嬢様。今まで、ここで私はとても楽しい時間を過ごせました。皆さんを癒やせたのか、わかりませんけど……」

「癒やされたのに決まってるじゃないかー!」

「そうだー!」

「……ありがとうございます。楽しい仲間達にも囲まれて、私は幸せだと思います。これから、私は新生活に入ります。でも……ここで出会った人達の事は、私は生涯忘れないと思います。本当に、本当にありがとうございました!」


 イルマは深々と挨拶をした。その足下にイルマの流した涙がぽたりと落ちた。


「こちらこそありがとう!」


 お客は立ち上がってイルマの門出に拍手をした。こんな風にして卒業イベントは終わった。


「それでは……お世話になりました」


 イベントの翌日。荷物をまとめたイルマがリリアンナとハルトに挨拶をした。


「ああ、幸せになれよ」

「落ち着いたら手紙をくださいな」


 そのイルマの横にはやはりイベントに来ていた青年が寄り添っていた。二人はワーズを離れ、王都で暮らすのだと言う。


「いままで……ありがとうイルマ」


 リリアンナは遠くなるふたりの後ろ姿を見送りながらそう呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る