23話 魅力こそ武器なのですわ
「おはよう、小鳥さん☆ ごきげんだね」
「……」
浮かれるハルトをウルスラは呆れた目で見ていた。
「お、ウルスラ。眉間の皺は癖になるぞ」
「うっさいわね!」
ウルスラは鬱陶しいテンションのハルトから離れて庭に出た。するとそこにはリリアンナがいた。薔薇の花を愛でながら歌を口ずさんでいる。
「ぶんぶんぶん、ミツバチさん♪ あら、ウルスラさんどうしましたの」
「……ちょっと気分転換に」
リリアンナの機嫌もすこぶる良い。ウルスラはハッとしてリリアンナの肩を掴んだ。
「あんた達何かあったのね」
「な、な、な、何かとおっしゃいますと……?」
リリアンナの目が高速で泳ぐ。ウルスラはそれに衝撃を受けて眩暈がした。
「ハルトが……とうとう童貞を卒業……?」
「童貞……? 違います! キスをしただけですわ!」
「きす」
「キスですわ!」
なんてことだろう、この二人は夫婦だというのにキスをしただけて浮かれまくっているのだ。ウルスラはそのまま菜園の方まで逃げた。
「あははは、ディビッド! 捕まえてごらんなさーい」
「こーら、シャルロット!」
そこにはトマトを真っ赤に染めながらじゃれ合う庭師の新婚夫婦の二人がいた。
「はーあ」
ウルスラは空を見上げた。空は青く、風は温かい。
「春ねぇ……」
一方その頃、エドモンドは使用人に命じて主寝室の模様替えを行っていた。涙ぐみながら。
「ようやく……ようやく、ちゃんとした夫婦に……」
「エドモンドさん、これはどこですかー?」
「その窓際に」
エドモンドの脳裏には、これまで仕えてきた十数年の思い出が蘇って来た。はじめて会った幼さの残る顔つきの主、死地を乗り越えて帰ってきた日、策謀に悩まされる主の後ろ姿。そして慌ただしかった結婚式。そのどれも、エドモンドは影ながら見守ってきた。
そんなエドモンドにとって、今朝のハルトの模様替えの指示は飛び上がるほど嬉しいものだったのだ。
「ハルト様、エドモンドはハルト様のお子をこの手に抱くまでがんばりますぞ!」
「エドモンドさん、これはー?」
「ええい、その上に置いておきなさい」
さて、肝心のメイドカフェめろでぃたいむの方はと言うと、そこそこの賑わいを見せていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様!」
「やぁイルマ!」
カウンターに座ったご主人様方の相手をしつつ、イルマはフロアを切り盛りしていた。
「セシル、メニュー表を片付けてちょうだい」
「モモはあっちのテーブルに飲み物のお代わりを聞いてきて」
一番年長、と気が利く性格のおかげでイルマは自然とそういう立ち位置になっていた。
「似顔絵ってどうしようかなー」
「どなたか好きなメイドにしていいんですよ」
「それじゃあ、イルマ。君で」
イルマは内心ガッツポーズしながら客とツーショット似顔絵を描いてもらう。
「まるっ、と」
リリアンナは裏の注文票のイルマの欄に印をつけた。これを元に給料計算されるはずなのだ。
「イルマ、また似顔絵入ったの?」
「うん」
「あたし達まだまだだなー」
「でも三番目じゃない、しかも大体みんな二人一緒にお願いされるでしょ」
ミッキとフィーが羨ましそうに言ってきたので、イルマは澄まして答えた。
「いやー、モモが強いからなー」
そう、似顔絵注文の成績のトップ2はモモだった。甘え上手な上に、猫耳という属性持ち。どのメイドにするか決まってないお客はモモを指名しがちなのである。
「……私、今月5枚……」
そこに暗い表情で現れたのはクリスティーナである。リリアンナは慰めるように言った。
「クリスティーナの良さは……ほら時間をかけないと」
「「そうだよ!」」
イルマとミッキとフィーもあわててクリスティーナを慰めた。
「どうしたらいいんだろ……」
「「笑顔だよ! ほーらにっこり!」」
ニッとクリスティーナは笑った。ちょっと邪悪な感じである。それを見てリリアンナは頭を抱えた。
「無理しないで。そうね……来たご主人様の名前を全部覚えるとかどう?」
「全部?」
「ええ、こういうとあれだけど、クリスティーナってちょっと他人行儀に見えるじゃない? そんなあなたから名前を覚えてもらったらきっと嬉しいはずですわ」
「……がんばってみる」
クリスティーナは気を取り直してフロアに戻って行った。
「大変ですね、妖精さん」
「これも運営の仕事よ。イルマ、あなたの悩みがあったら言ってくださいましね」
「ええ」
こうしてクリスティーナは頑張って接客についたお客の顔と名前を覚えた。
「お帰りなさいませ、ヘンケルご主人様」
「おっ……と君はクリスティーナ、だっけ」
「ああ。半月ほど前に来てくれたよね」
「そっかっあ……覚えてくれてたんだ。それじゃあめろでぃセット。似顔絵は君で」
こうしてクリスティーヌのファンは着実に数を増やしていった。
「やった! 似顔絵1位!」
注文票を見たクリスティーヌは両手を挙げて喜んだ。リリアンナはうんうんと頷きながら彼女の肩に手を置いた。
「メイドカフェはあなたの魅力が商品なのですわ。分かったでしょ」
「はい、妖精さん……!」
めろでぃたいむの運営は順風満帆、これからも順調に見えた。しかし……。
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