15話 レッツダンスですのよ

「奥様、お客様でございます」

「あら、早いのね」


 その日の午後、館を訪れた客は神経質そうな中年女性となんだかなよなよとした青年というよく分からない組み合わせだった。


「リリアンナ、この人達は……?」

「王都で近頃評判の振り付け師、ミセス・カーターと……」

「助手のジルベールよ」


 ミセス・カーターとジルベールはハルトとリリアンナに挨拶をした。


「このお二人に、メイド候補生ちゃん達に振り付けをつけて貰おうと思って」

「え、でもリリアンナ踊れるだろ?」

「でもこちらの踊りの特徴も取り入れないと……なかなか受け入れられないと思って」

「なるほど」


 ハルトはリリアンナのダンスを思い出していた。確かに現代日本そのままの振り付けではこちらの人には抵抗があるかもしれない。


「こちらの奥様からはダンスの舞台をやる飲食店をするって聞いているんだけどね。本当に本気でやっていいのかい?」

「ええ、本気でやってください。余興とは言え、私は高いクオリティを求めています」


 リリアンナはミセス・カーターにきっぱりと言い切った。彼女は満足げに頷いた。


「任せておくれ。あたしがその子達をいっぱしの踊り子にしてみせるから」


 ハルトはその様子を見て、本当に大丈夫かな……と心配になった。


「さぁ、子猫ちゃん達! レッスンの時間ですわよ!」


 リリアンナは元気にメイド候補生達の部屋を開けた。


「今度はなんだい、塾長」


 案の定、クリスティーナが不機嫌そうにリリアンナに絡んだ。


「今日は王都から呼んだ振り付け師のレッスンです!」

「振り付け?」

「みなさんにはダンスを踊れるようになって貰います!」

「ダンスなんて聞いてねぇぞ!」


 思わずつかみかかりそうになったクリスティーナをイルマが羽交い締めにして止めた。


「クリスティーナ! 私達に選択権はないのよ!」

「やれやれ……これじゃ先が思いやられるねぇ……」


 ミセス・カーターがメイド候補生の前にずいと身を乗り出した。


「さぁ、レッスンの時間だ。客の前で恥を掻きたくないやつからおいで」


 そうしてメイド候補生は広間に集められた。


「えー、まずは『愛のお給仕1、2、3』だね」

「リリアンナ、この曲って……?」

「『めいどりあん』のデビュー曲ですわ」

「あっそう……」


 ミセス・カーターがピアノを奏でた。それに合わせてジルベールが踊り出す。ハルトは、正直がたいのいい男がお尻をプリプリさせて踊りまくっている姿に引いた。


「以上、この振り付けを覚えて貰います」

「素晴らしいですわ……私の注文通り、かわいらしさが良く出てます……」

「そっか……」


 ハルトはちょっと遠い目になった。


「くそう、出来る気がしねぇ……!」

「最初から詳しくやるから大丈夫よ。ふふふ」


 青い顔をしたクリスティーナにジルベールは微笑みかけた。そうしてレッスンははじまった。


「あっ、いっのおきゅうーじっ、っとここで一回転!」

「セシル! 遅れない!」

「はい……」


 イルマのターンが遅れた。ミセス・カーターの厳しい声が飛ぶ。


「1.2.3~で首を傾げて! はい!」

「1.2.3~」

「セシル! また遅れた! あんたは牛か何かかい?」

「ち、違います……」


 セシルはちょっとダンスが不得手なようだ。さっきから目立って注意されている。


「私……できません……」


 とうとうセシルの口から弱音が漏れた。


「セシル! 大丈夫だよ、一緒に頑張りましょう」


 イルマがセシルに優しく声をかけた。しかし、セシルはイルマの手を払いのけた。


「無理よ! 私不器用な牛だもの!」

「それは違いましてよ、セシル」


 その時、リリアンナの声が広間に響いた。


「あなたはご主人様、お嬢様にお見せするという意識と、この曲への理解がまだ深まってないのですわ」


 リリアンナはそう言い切った。ハルトはそうかなぁ……と首を傾げた。


「いいですか、『愛のお給仕1,2,3。愛と癒やしを届けます~』ここで本当にお届けする気持ちでやらなければ」

「塾長……」

「さあ、立ち上がって! ミセス・カーター、伴奏を」

「あいよ」


 セシルはノロノロを立ち上がり、ミセス・カーターの伴奏がはじまった。


「愛のっ、お給仕っ、1,2,3~」

「いいわよ!」

「愛と癒やしを届けますーっ!」

「そう!」

「……できた……?」


 セシルが自分の手を驚いた顔で見つめる。そんなセシルに向かってミセス・カーターはウインクをした。


「よかったよ」

「ミセス・カーター!」

「それじゃ最後まであわせるわよぉー」


 ジルベールの見本に合わせて、メイド候補生たちは踊った。


「カワイイ! こっち見て!」


 リリアンナが横で変なテンションになっている。ハルトはこれ見てないと駄目なのかな、と思い始めた。


「大体こんなもんね。細かい所はあとでなおしましょう」


 ジルベールがそう言うと、メイド候補生達は手を取り合って喜んだ。


「何しろ、あと4曲あるからね。えーと、『恋のスイッチ』『ティータイムはごきげんに』『おもてなしの季節』『にゃんにゃん狂想曲』……」

「ええーっ!」

「では皆さん、がんばりましょうね!」


 リリアンナの檄に、メイド候補生達はがっくりと肩を落とした。そしてハルトはそーっと広間から出て行こうとしていた。

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