第15話 白藤先輩とエンカウント

「うーん、コウモリ退治、コウモリ退治……あるけど高いなぁ」



 次の日の放課後、打開策を見出そうと放課後の教室でインストールされたアプリをいじっていた。

 ただのゲームであれば攻略サイトや掲示板などに攻略が乗っていたりする。しかし自分のチーム以外が敵対とまでいかなくてもライバル関係であればあまり助け合いは発生しないらしい。

 まぁそりゃそうだ。支援したせいで自分の狩場を荒らされるという結果にもなりかねないんだから。

 

 ただオークションに『情報』という形で倒し方は出品されていた。

 


「三万円もするけどね」



 情報商材宜しくうさんくさいのはなぜだろう。

 左手で頬を突き、右手の指でスマホ画面を押す。

 

 他には一発で地面に落とすことができるらしい大きなかんしゃく玉みたいなのも売り出されている。

 ただ一発が三千円。

 採算が取れるのかどうか不安なところだ。 

 それによっぽどの大物であればいいが、たぶんあれはただの雑魚キャラでそれにいちいちアイテムを使うというのは地力が伴わないという点であまり良くないだろう。


 さらに画面をタップし連絡用の『グループチャット』を眺める。これもアプリ内にあった。いたせりつくせり過ぎる。

 昨日からこれを使ってやり取りすることになったのだが、なかなかの内容だ。



白藤『あのくそむかつくコウモリをぶっ潰さないと気が済まねぇ』


新堂『でも今の俺らの手持ちでやれることって少ないですよね。一匹二匹なら熊井君のスマッシュで無理やり巻き込むことはできましたけど』


熊井『あれもけっこう上手くいっただけで、毎回倒せるわけじゃないから期待されると困るかもです』


雨宮『私の魔法が効いたら良かったんですが(T ^ T) 』


新堂『元から視力が弱いやつに目隠ししても意味無いってね。冷静になったらすぐ分かったことだったよ』


雨宮『熊井先輩と新堂先輩が素振りしまくって上腕筋を鍛えまくるのはどうでしょう? マッチョはモテますよ(○゜ε゜○)』


新堂『それで成功するのいつになるんだよ』


熊井『振れる回数が増えるだけで根本的解決になってないかな……』


雨宮『じゃあコウモリが好きな匂いを白藤先輩の服に付けるのはどうでしょうか?』


熊井『コウモリが好きなのってやっぱり血かな?』


新堂『付けた血なのかコウモリの血なのか分からくなるほどしこたま殴ってもらえば解決ですかね』


雨宮『ブラッディーナックルの赤藤先輩(ω) ●● 赤なのか白なのか分かりませんね( ̄∀ ̄)』


白藤『ふざけんな誰がやるか! 新堂、お前が考えろ』


新堂『え!? いやそりゃ模索はしてみますけど」


熊井『新堂君、お願い』


雨宮『先輩ならきっとやれるって信じています!(≧∇≦*)』


新堂『え、俺任せ!? せめて各自でも考えようよ!』


新堂『あのー? もしもーし?」



 そこから十分ほど誰からの返信も無かった。

 そして、



白藤『雨宮、お前俺のこと馬鹿にしたの忘れてねぇからな。今日会ったら覚えてろよ』


雨宮『ぴゃっ!? すみませんごめんなさい許して下さいもう言いません』



 これで終わっていた。

 てか雨宮さんキャラ変わりすぎだって。ネット弁慶ってやつか。顔文字やたら使うし。

 スタンプ機能までは無いけど、あったらそっちもバンバン使ってそうだ。



「どうしたの? 難しい顔しちゃって」



 教室の後ろに隅にある俺の席にやってきたのは四季さんだ。

 心配そうな台詞の割にちょっぴり半笑いなのがウザ可愛い。



「いや別にー? 新しくインストールされたから色々見ているだけだよ」


「あらそう? てっきりコウモリにでも頭を悩ませているのかと思ったわ」



 バレてーら。

 まぁきっと彼女も通った道なんだろう。



「そ、そんなことはないですよー」


「少しは私たちの辛さ分かってもらえたかしら? ここでアイテムを使ってすんなりと進んでも試行錯誤の連続でどこかで躓(つまづ)くことになるわよ。だから自分たちで考えて突破することを勧めるわ」


「まぁそれは分かってるんだけどね。意気揚々と乗り込んですぐに引き返すことになっちゃったからさ」


「へぇ? やっぱり行き詰まってるんじゃん」



 まーた口角の吊り上がった良い笑顔で返される。



「おい、また四季さんが新堂としゃべってるぞ。前からあんなに仲が良かったっけ?」


「さぁ? でも楽しそうだよね」


「まさか付き合……新堂に限って無いな」



 まだ居残りしてしゃべっているやつらから揶揄される話し声が耳に届いてくる。

 あれで内緒話しているつもりかね。

 あと最後に言ったやつ墓の下に入るまで覚えておくからな!



「四季さんいいの? なんか色々言われてるみたいだけど」


「いいわよ。やましいことは何一つしていないんだから」



 手を腰に当て清潔そうな真っ白のカッターシャツの胸をピンと反らして答えてくる。

 この人のこういうサバサバとしたところは本当に好感が持てるところだな。委員長に選ばれるのも理解できる。

 四月にこのクラスになってからの委員決めで自薦が無かったので他薦からの決戦当選だった。

 ちなみに俺は候補にも選ばれていない。


 「それにね」と彼女は付け加えた。



「ずっと友達とダンジョンについておしゃべりしたかったの。ほら内緒にしなきゃいけないでしょ? チュートリアルからの仲間とはかなり気安くなって愚痴ったりはできるけど、みんな年上だからやっぱりどこか遠慮してしまうのよね」



 気持ちは分かる。

 俺もずっと部活には入って来なかったけど、何だかんだ部活というか同年代のそういうコミュニティ的なものの楽しさを実感しているし。

 共通の学園に通っている仲間意識があるおかげかな。

 これに全然知らない年上の人が混じるとどうしても恐縮してしまいそうだ。



「へぇ、そっちは違う人だったんだ。こっちはみんなこの学園の生徒だったけど何か法則性とかあるのかな」


「どうかしら。新堂君みたいに同じ会社とかスポーツチームとか友達同士って人もいるし、私みたいに全員バラバラなのもいる。適当なんじゃない?」



 そういうものか。

 何でこのメンバーなのかはちょっぴり気になっていたがあんまり深く考えても仕方ないか。



「四季さんのところの人たちはどういう人たちなの?」


「一人がルミナスの社員の人ね。あとは関連会社の人たち。私以外はみんな社会人なの。でもあんまりリアルの身元とか仕事先とか訊くのはやめておいた方がいいわよ? 隠したい人もいるし、どこで何があるかも分からないからね」


「そうなの? ごめん」


「いいわよ。私のチームは古参でそこそこ有名だからそれぐらいの情報はもう知れ渡っているからね」

 


 ブー、ブー、と四季さんのポケットからスマホのバイブ音がする。

 どうやら連絡らしい。彼女はそれを見て手早く返信を完了した。



「仲間からの連絡だったわ。じゃあ私行くわ。頑張ってね」



 ウキウキと歩く後ろ姿はまるでショッピングにでも繰り出すかのように軽やか。



「こっちとはえらく違うなぁ」



 こっちは難題を一任されたみたいになっていて憂鬱で、とてもあんなに活き活きとステップは踏めない。

 四季さんが羨ましくなんてないんだからね!

 


□ ■ □


 

「げ、あれは白藤先輩」



 上履きを履き替え正門前に差し掛かると白藤先輩がいた。

 先輩はまるでどこかのお嬢様のようにたなびく風に髪を揺られ、友達であろう女の子たちと校舎の横で立ち話をしている。

 

 思わず、げ、と言ってしまった。

 あの尊大な態度なせいで多少の苦手意識があるのがまだ払拭できていないからだ。

 どうやっても身構えてしまう。


 それからそそくさと会話が聞こえる場所に向かい気付かれないように屈む。

 


「白藤さん今日の英語の授業のイントネーションも最高でしたわ。やっぱりネイティブは違いますのね。先生よりも流暢で素晴らしいですわ」


「お嬢の声はすーっと耳に入ってきて何時間でも聞いてられるよね」


「ありがとう。でもイギリスにいたのは子供の頃に三年だけだから、そんなに褒められると照れるわ」



 漏れてくるその言葉にぞぞっとした。

 「照れるわ」って何!? 「はぁ!? 腑抜けたこと言ってるとブッ飛ばすぞ!」の間違いじゃないのかよ。

 仕草も手で口元を抑えいかにも清楚なお嬢様を演じていた。



「こっちは正体を知っているから逆に化物にしか見えないぞ……」



 素が不良少女の方だとしてこの変わり身はすごい。

 俺だったら五分で化けの皮が剥がれる自信があるぜ。

 

 

「ねぇ今からちょっと町へ遊び出ません? 新しい雑貨屋さんがオープンしたらしいんですの」


「いいね! 前みたいにお嬢を着せ替えして遊んでみたい」


「そういうこともありましたわね。ねぇいいでしょう?」



 迫られる白藤先輩は伏目がちに困った顔をする。



「ごめんなさい。この後、職員室に用事があって、それから今日は家で用事があって早く帰らないといけないの。また誘って頂けると嬉しいわ」


「そうですの? 残念ですわ」


「ま、しゃーないよね。じゃあお嬢、また明日な」



 二人は正門へと向かいそこから出て行った。

 

 今回で学んだことは女は怖いってことかな。

 誰でも仮面を付けているっていうか、この人のはとびきり分厚い仮面だ。

 ただここまでの差は滅多にない。普段とダンジョンとでこうも性格や態度に乖離しているのは何か理由がありそうではあった。

 

 ふむ、と顎に指を当て考え込んでいると、突然、空が暗くなった。



「こんなところにネズミがいやがったか。踏んだらチューチュー悲鳴を出すか? おい?」


「げ」


「げ、じゃねぇ。偶然会うのは仕方ねぇが、隠れるという心根が気に食わねぇ。気合入れてやろうか?」



 空じゃない。上から見下ろす白藤先輩の影に隠れてしまったんだ。

 眉間に血管が浮き、どうやら怒っておられるご様子。

 


「いや、その、靴紐を結んでたんですよ」


「ほう、お前はわざわざこんな隅っこで靴紐も結ぶのか?」


「そりゃもう! 道端の真ん中でやってたら邪魔になるじゃないですか」  

 

「ちっ! あぁ言えばこう言う。ホントによく回る口だ。いいか、あえて言う必要も無いと思ってたが……言うなよ?」


「それってその先輩のワイルドな一面をお友達に言うなよってことですよね?」


「そうだ。お前らが無意味にそんなことをするやつらとは思ってねぇが、ストーカー気味のやつがいるのなら釘は差しておかねぇとな。それに舐められたら終わりだ」



 ストーカーって……。

 まぁ俺だって隠れて聞かれてたら良い気はしないか。



「すみません。今まで知っていた白藤先輩と違ってたから興味を持ってしまいました。でももう私生活を覗こうとは思いません」


「ふんっ! 代わりにコウモリ退治のことはお前が頭を捻れ、それで許してやる」



 言い切ってぷんすか先輩は校門を潜って先に行ってしまった。

 ちなみに無人タクシーに目的地を入力する際に、ショッピングモールに向かうのとショッピングモールから帰る場合はルミナスのご好意で無料となっている。

 さすがの太っ腹だ。これには熊井君が一番喜んでいた。

 

 

「あー、これマジで俺が何とかしないといけなくなっちゃったな」



 靴紐を結び直し、俺は覚悟を決めて歩を進めた。

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