第11話 怖いメイドさん
電車から降り十数分歩くと、昨日やってきた神内ショッピングモールへと辿り着いた。
途中、封鎖している敷地に立ち入る人物がいないか見張っている警備員のおじさんたちがいたが「昨日もここに来ていたんです」と言えば電話で確認を取った後に態度を豹変させ中に入れてくれた。
夜だとあまり分からなかったけれど、今なら物静かな場所で確かに遠目から見れば放棄された施設そのものにしか見えず、本当にここだったっけ? と少し不安になってしまいながら自動ドアを潜る。
そうして中の電気が点いているのを見るとやっぱりここだったとほっと胸を撫で下ろした。
現在、四時四十分。待ち合わせ時刻の少し前だ。
こんな時間でも酒場のような飲食スペースでは人がちらほらといて、あいつら仕事どうしてるんだ不思議に思ってしまう。
やがて昨日相談していた受付の前まで来ると、すでに白藤先輩と雨宮さんが丸テーブルを囲んで座っていた。
俺もそうだが、二人共制服姿のままだ。
「……来たのか」
「えぇ、来ちゃいました」
嬉しいとも嫌だとも判別できないような無表情で座ったままの白藤先輩に声を掛けられる。
対して雨宮さんは泣き笑いみたいな顔でこっちを見上げてきた。
「(白藤先輩と二人きりで話しも続かないし地獄だったんですぅ……)」
ぼそぼそと囁かれ事態をおおよそ把握する。
いつ爆発するかわからない爆弾か、もしくは満腹か空腹か分からない猛獣が目の前にいる。雨宮さんにとってはそんな気分なんだろう。
愛想笑いしつつ席に着く。
残りは熊井君だけか。
「これで来ていないのは熊井君だけですね。来ますかね?」
「さぁな」
隣に座る白藤先輩は興味ねぇよと言わんばかりの返答だ。
腕を組み静かに佇んでいる。
「一応、来なかった場合、他の人を誘えるらしいですけど、やっぱり熊井君に来て欲しいですよね」
四季さんにあんな偉そうな台詞を吐いちゃったばかりだ。
ここでメンバーが揃わないと格好がつかない。
もしいきなりメンツが変わっているところを彼女に見られでもしたら「やっぱりね」というしたり顔されそうでそれは困る。
だから早く来い熊井君!
「知らねぇよ。お前が何を期待してんのか知らねぇがよ、あいつの性格からして来ない確率の方が高いだろ」
それはそうなんだけど。
男の登場をこんなにもどかしく待つなんて滅多にない経験だ。
それから無言のまま数分が過ぎる。
まだ彼は現れない。
「よぉー! 何してんの?」
ふいに後ろから声がして振り向く。
そこにいたのはてっきり熊井君かと想いきやそれは全然知らないおっさん二人だった。
「あ゛ぁ゛?」
思いっきりしかめっ面で威嚇する先輩。
しかし意外なことにそれが効かなかった。
「あー、可愛い顔してるのに怒っちゃ嫌よ! けっけっけ。見たところお友達が来ないみたいだねー? 逃げちゃった? ねぇ逃げちゃった?」
「一定数はいるんだよなぁ。そういう臆病者が。怖いでちゅーって言ってゴブリンも倒せない腰抜けがよ!」
っていうか酒臭い。
こいつらこの時間ですでに飲んでるのか。
「ちっ、失せろ三下。お前らの相手するぐらいならこいつらの間抜け面を拝んでた方がまだマシだ」
鋭い言葉が先輩から飛ぶ。
ひどいことにそれこっちにも飛び火しちゃってるからね!
「あー、そういうこと年上に言っちゃうんだ? これはお仕置きが必要かなー?」
「ぴゃっ!?」
雨宮さんが肩を上から掴まれ怯えた声をもらした。
さすがにこれは傍観していられない。
男の腕を強く掴んで抗議する。
「やめてもらえませんか? 嫌がってるでしょ。あなたたちが飲むのは勝手ですがこっちに構わないでもらえますか?」
「はぁ? おいおいこれだけ喧嘩売っておいて女の前で格好つけようとしてんのか? ぶるぶる隅で震えてろよガキが」
肩から離させようと力を強めるが、太い腕は一向に動かない。
「そんなもんか? もやしみたいな腕で力が入ってねぇぞっ!」
「ぐっ!」
息が詰まる。
腹を蹴られ転がった。
まさかこんなところでこんな暴挙に出られるとは思っておらず、対応が遅れたせいだ。
おっさんたちは俺のそのみっともない姿を薄ら笑い開いている席に無理やり座った。
「ほらほら、おじさんたちとお話ししようぜ? パーティー人数が合わないってんなら俺らのところに来るといい! 色々と教えてやるからさ?」
たぶん喧嘩では俺はこいつらに勝てない。
前衛とか後衛とか以前に体格や筋肉量、それに場数に差がある。
唯一優れているのは召喚術ぐらいだが、それをここで使っていいものか。
それをすると本気の諍いに発展しそうで、かと言って穏便にこの場を納める方法も思いつかなかった。
――他の大人を呼ぶか?
それならきっと解決する。
しかしながら男としては試合に勝って勝負に負けたみたいなもんだ。
そう考えると躊躇してしまい、まごまごしている内に白藤先輩がとんでもない返事をし出した。
「いいぜおっさん。それに乗ってやるよ。俺とそこの雨宮が移ってやる」
まさかの爆弾発言だ。
「お、いいねぇ彼女。やっぱり男の魅力は腕っぷしだよな! そこのモヤシ君では満足できねぇよなぁ」
テンションの上がるおっさんたちの後ろで俺は固まっていた。
四季さんごめん。パーティーはやっぱり解散します。君の言うことが正しかったです……。
彼女のどや顔が空に見えた気がした。
「――ただし、時間までに現れなかったらだ。あと八分ぐらいか? 五時集合なんでな。それまでにもし来たらお前ら……そうだな、土下座でもしてもらおうか」
「はぁ!? 何言ってんだ?」
「そっちが有利だと思うが? あとたったの八分だ。それに散々臆病者だとか馬鹿にしてたろ。ブルっちまったから尻まくって逃げたいならそうしたいって言えよ。額でこのフロアをつるつるになるまで磨いたら考えてやる」
白藤先輩の煽り文句に、ガン、と机に拳が振り下ろされる。
おっさんは歯を食いしばり顔を真っ赤にしていた。決して酔いのせいではないだろう。
「そこまで言うなら分かってんだろうなぁ? 吐いた唾は飲めねぇぞ、小娘ぇ!」
「てめぇらこそやっぱり無しだとかは言わせねぇぞ? おい雨宮そのポケットの中の物を出せ」
「え?」
「俺が気付いてないと思ったか? いいから出せ」
「は、はい!」
雨宮さんが慌ててポケットから出したのはスマートフォンだった。
そのディスプレイには『録音中』という表示がされている。
いつの間にかこの子は今の会話を録音していたらしい。
意外と手癖が悪いというか抜かりがないというか、何だか雨宮さんが『盗賊』なのは今更ながらに腑に落ちた。
「まぁという訳だ。言ってないなんて言い訳は聞かねぇのでそのつもりでいろよ?」
もはや彼女のペースだった。
自分の倍以上年が離れていそうな大人を相手に上手く立ち回りを演じていた。
「い、いいだろう。やってやるよ!」
「お、おい、そんな約束していいるのかよ!?」
「馬鹿野郎。リスクとリターンを考えろ。女子校生がパーティーに入るんだぞ? それにあとたったの数分だ。今まで逃げたやつをいっぱい見てきただろう、これはチャンスだ!」
下心がだだ漏れだ。
こんな大人にはなりたくはないと思わせてくれるので反面教師としては良い人材だが。
圧倒的に不利な立場なのに完全に白藤先輩が主導権を取っていた。
しかしなんだこの自信は? ひょっとして熊井君が来ることを知っているのか?
予め来ると連絡があったとしてもあと数分に間に合うかどうかは分からないはずだ。
それともものすごいハッタリなんだろうか。
残り五分。
時間は無情にも止まることなく進んでいく。
熊井君はまだ来ない。
もう俺なんて完全に蚊帳の外だ。なのに心臓はバクバクとうるさいぐらいに鼓動を早めていた。
それはおっさんたちも同じ。あまりにも白藤先輩が動揺する様子を見せないから何か裏でもあるんじゃないかと疑い顔色は優れない。
残り二分。
しかしだ、ここに来て思う。もし切り札があるのならこんなに待たせる必要がないことに。
となればやっぱりただの虚勢だったんだろうか。
残り三十秒。
苦しいのは先輩のはずなのに、なぜかおっさんたちの方が険しい顔をして五時までの時間を待ち望んでいた。
そして残酷にも時刻は五時を過ぎる。
「は、は、はははははは!! 俺たちの勝ちだ! ざまぁーみろ! 最後まで澄ました顔はすごかったがよぉ、なんだただのハッタリだったんじゃねぇか!」
結局、賭けは先輩の負け。
何かあると期待した俺が馬鹿だった。
いやひょっとすると、単に白藤先輩は俺と熊井君を見限っただけなのかもしれない。
全員が一からのメンバーよりも、先を進んでいるパーティーに入れてもらう方が『何でも願いを叶える』という最奥への近道だ。
勝負を持ちかけて負けたように見せかけて実のところ、先輩は勝負に勝った。そういうことなんじゃないだろうか。雨宮さんはとばっちりだけど。
もしまだあるとすれば、入ってすぐ抜けるみたいな一休さんのとんちというか屁理屈ぐらいしか残されてないはずだ。
てか俺、いきなり一人になったんですけどどうしたらいいの四季さん!?
「ま、いい暇つぶしにはなったか」
白藤先輩が組んでいた腕を解き手を浮かしちょいちょいっと何かを呼ぶ仕草をする。
その先を見るとなんと熊井君がいた。
「え、いたの!?」
俺たちの視線を気にして気まずそうに彼は駆け寄ってくる。
「ちょっとした悪戯だよ。お前が熊井についてどう思ってるのか引き出したくてな、時間まで隠れててもらってた。そしたらそこの馬鹿どもがやってきたから利用してやろうと思った。そんだけだ」
したり顔で先輩が説明してくれるが、おっさんたちはもちろん納得がいかず抵抗をする。
「ペテンじゃねぇか! こんなの無効だ!」
「そうだそうだ。俺は絶対に土下座なんてしないからな!」
言いたくなる気持ちも分からないでもないが、あれだけ調子に乗ってたくせにこれはみっともなかった。
「なら録音してるやつをあっちの食堂で流すか。さぞ酒の肴にぴったりの音楽になるだろうぜ」
鬼畜の提案だ。
そんなことをすればこのおっさんたちは恥ずかしくてここにいられなくなるだろう。
少なくても良い印象は受けてもらえない。
「いい加減にしろ!!」
「ぴゃっ!?」
どかっとテーブルが蹴られ横倒しになり、大きな音が盛大にフロア中に響いた。
いやもうすでにおっさんの怒声でそこら中から視線が集まってきている。
しかし酔った勢いというのだろうか、お構いなしで謝る気は毛頭ないようだ。
雨宮さんは敏感なほどに反応したが、白藤先輩は黙ってまだ座っている。
男前というか豪胆過ぎるよ先輩。
「大人を舐めやがって! お前らどうせまだレベル1とか2だろ。俺らが本気出したらどうなるか分かって言ってんだろうな?」
「知らねぇな。先に生まれたからって威張る年寄りは外でも多く見たが、ここではレベルで威張るのか? そういうやつらとお前らどう違うんだ?」
一触即発。
おそらく先輩が立ち上がったら喧嘩が始まってしまう。そんな雰囲気が流れた。
最初に動こうとしたのはおっさんたちの方だ。
殴りかかろうと一歩踏み出した瞬間――男の首にクナイがぴたりと添えられていた。
それを持つのは二十代前半ぐらいの女性。しかしなぜか膝上まで掛かったスカートのメイド服だった。
足音どころか気配すら無く、突然現れたその人に全員が呆気に取られ動けない。
圧がすごいからだ。今指一本でも動かせばこちらにまで被害が及ぶのではないかと心臓を鷲掴みにされているかのような濃密な緊張感。
さっき白藤先輩を猛獣と例えたが、これに比べたら虎と野良犬ほどに差がある。もしかしたらこれが殺気というやつなのかもしれない。
「こちらで喧嘩されますかぁ? されるんですねぇ? 結構。大いに結構でーす。それ以上動いたら首を掻っ切りますからご注意くださぁーい?」
「ち、違っ……」
喉元に刃物を置かれているおっさんはかすれ声で反応する。
声帯どころか指まで震え涙目で完全に怯えきっていた。
分からないでもない。少し離れている俺ですらやばいと感じているのに、至近距離で直接あの殺意を向けられたら正気を保つ自信が俺にも無い。
「ちが? ちがってなんなんスかねぇ? あぁ血が見たいってことですかぁ? ご要望にお応えする用意がこちらにはございますですよ。じゃあお客様、張り切って出血大サービスで参りますので超ご期待くださいなぁ」
「や、やめ――」
「――やめなさい」
「あーんもう良いところだったのにぃ。ご主人様焦らしプレイがお好みですかぁ?」
あわや大惨事が起きる予感がした時、静かで穏やかなれどよく通る男性の声がした。
それに合わせてクナイを持つ手が離れる。
納得はしていないようだが、さっきまで場を支配していたプレッシャーも共に霧散した。
メイドの凶行を止めたのは日本には似つかわしくないプラチナブロンドの外人の男性だった。
こちらも二十代前半ぐらいでこのショッピングモールの二階からエスカレーターを降りてやってきて、彼の革靴がコツコツと響く音だけが木霊する。
まるで映画のワンシーンでも見ているかのような気風があった。見た目もそうだが歩き方にすら気品があって堂々としていて、どこかの王子だと言われても納得してしまうオーラを身に纏っている。
彼は優雅にこちらへと近付き止まった。
「これでも耳が良くてね、おおよその成り行きは把握している。ここでの私闘は許されない。こちらの高校生たちはまだ説明を受けていないのかもしれないが、そちらの男性諸君らはご存知のはずだね?」
「キ、キング、これには訳が……」
「ふむ、なるほど君には君なりの釈明があるのだね。だがどうしても君の良心に従って我慢できないことがあるというのなら、受付に相談するべきだった。親身になって解決してくれる。しかし君はそれを怠った。違うかい?」
その男性はキングと呼ばれていた。
どちらかというとプリンスの方がしっくりくるのだが、それも分からないでもない。
明らかに恪が違う。
それに日本語もえらく流暢だ。日本語の上手い外国人レベルじゃない。そこらの日本人よりも丁寧でハキハキとしている。
「
「はいご主人様。あなたの命令には私、淑女のように従いますとも。野良犬の躾はお任せあれあれ。さぁ行きますですよぉ?」
「ひ、ひぃ! がはっ――」
メイドさん――氷雨という名前らしいが、彼女は暴れて逃げようとする男たちの腹部を一打し、一発で黙らせた挙げ句にあろうことかその細腕で男性二人の襟首を持って引きずって行った。
こっちもこっちでやっぱりレベルが違う。少なくても四季さんと同等以上と見ていい実力がありそうだった。
「さて君たちには申し訳なかった。怪我は無かったかい? どうしてもお酒を飲むと気が大きくなる人っていうのはどこの国にもいるものでね、ここをあぁいう人たちばかりだとは思わないで欲しい」
「……」
「あの、ありがとうございます」
問題を起こした白藤先輩がばつが悪そうに視線を逸してたので、俺が率先して礼を言う。
何で俺がという気持ちも無いわけじゃないけど、やばいことになりそうだったのを救ってくれたのはありがたい。
恩義を感じたら感謝するのは当然だ。どこぞの先輩以外は。
「当然のことをしたまでだよ。君たちは見たところチュートリアルを突破したところぐらいかな?」
「ええそうです」
「なるほど。ということは装備も満足に整っていないだろうし学生さんだからお金もそんなに持っていないよね。よし、今回の迷惑料として幾つか無料で提供しよう。それで探索を進めて欲しい」
「は!? いやあの……」
いきなり何を言っているのかすっと頭に入ってこなかった。
奮発してくれていることは分かるが、ただの通りすがりにしては良い人過ぎる。
てか近くで見たら後ろに後光が差してんじゃないかって思うぐらい雰囲気も良くて超イケメン。
すごいぞこのイケメン。動くんだ!
「いや是非受け取って欲しい。もう少し規模が大きくなれば元々初心者支援として考えていたことでもあるんだ。そのテストケースと思って気楽にね」
笑顔でするウィンクがまたアイドル並に様になっていた。
まぁこれを断る理由もない。
「はぁ……ありがとうございます」
「うん。頑張ってね。彼らの担当は誰かな?」
「わ、私です!」
すでに騒ぎとなっているので職員やら他の探索者たちやらが遠巻きに見ていて、そこから昨日話した咲さんが進み出て来る。
白藤先輩の視線すら物怖じしなかった人がやや緊張した面持ちでだ。
「確か……花岡君だったね。では今僕が言ったことを頼むよ。装備は君が見繕ってあげてくれ。あぁ過保護もダメだからそこは考えてね」
「はい」
「じゃあ後は宜しく頼む」
「畏まりました」
おそらくは年下であろう彼に深く腰を曲げる咲さん。
そして件の人物はそのまま自分のメイドの後を追うように去って行った。
「あ、あの咲さんあの人って?」
さすがにただ者ではないことは察せられる。
咲さんだけじゃなく、他の職員すらもお辞儀で見送っていて、この状況をおかしいと思わないにやつがいたら人間やめちまえってレベル。
「あの方がこのヴァルハラのオーナーです。お名前は『レオン・ルミナス』。ルミナスグループのご長男様です」
うっそだろおい……。
予想外の大物だった。
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