番外 新たなる伝説

 そこは都心から200km程離れた山村だった。村の中心にJAストアがあるほか店らしい店はなく、周囲に住んでいるのは殆どが高齢者。村の小学校の生徒数は辛うじて二桁で、その子たちが高校に進む頃には限界集落化が見えている、そんな村だった。


 その村の中心から車で10分程の山の中を、老人が一人歩いていた。間もなくつるべ落としの太陽が山の端に隠れる時刻だ。老人は左手に紙袋を持ち、右手に鎌を持っている。

「もう日が暮れるな。そろそろ帰らんと心配かける」

 独り言ちた老人は立ち止まって紙袋の中を見た。底の方に少々のキノコが入っている。

「ま、いいか、お吸い物には充分だろ」


 老人は薄暗くなってきた山の斜面を慎重に踏みしめ歩き始めた。数メートルほど行っただろうか。彼の目の端に光が引っかかった。何だろ? 老人振り向き、熊笹をかき分けて光の方へ近づいてゆく。視線の先には先月の台風で折れて重なる竹林。その中の1本の丁度折れた節あたりがら光が漏れ、竹そのものがランプシェードのように輝いている。

長年山に親しんできた老人にも初めて見る光景だった。彼はそうっと近づいて竹を覗いてみた。


「え?赤ん坊?小さいな…」


 竹の中には小さな赤ん坊が熊笹の葉にくるまれてすっぽり入っていた。すやすや眠っているように見える。

「わしゃ夢見てるんだろうか。こんなお伽噺みたいなことあるのかいな」

しばらく赤ん坊を眺めていた老人だったが、赤ん坊は視線を感じたのか、急に顔をくしゃくしゃにして泣き出した。


 ふぃ~ん ふぇ~ん ふんにゃぁ~ ふんにゃぁ~


 おいおい、どうすんだ泣いてるよ。紙袋に鎌を入れて脇に置くと、老人はまばゆく輝く竹の中に手を突っ込んで小さな赤ん坊を取り上げた。そうーっと熊笹の葉を捲ると、色白の小さな身体がある。女の子だけど、未熟児ってのかな、こんな所に置いてゆく親がこの村にいるとは思えない。どこから連れてこられたんだろう。無事なうちで良かった。

老人は首に巻いていたタオルを外し、熊笹の代わりに赤ん坊に巻き付けた。首、座ってないだろうから、気をつけないとな、おっと…。よく見ると可愛い顔してる。ぽちっとした唇。赤ん坊にしては長いまつ毛。こりゃ美人になるわ。


「ふんにぁぁ~~!」


 あー、ごめんごめん。やっぱりこれは連れて帰るしかないか…。ミルクとかないけど、牛乳でも大丈夫かな。ま、先のことは後で考えよう。紙袋を腕にかけ、掌にすっぽり収まる赤ん坊を両手で抱えながら老人は山を降りた。

振り返ると竹はすっかり光を失い、もうどれだったか判らなくなっている。婆さんなんて言うだろ、こんな『かぐや姫』みたいな話。何しろ赤ん坊なんて孫が生まれて以来十数年ぶりだ。おーよしよし、何とかするからな…。




 その頃、チネリ星全軍法務執行監視センターではまた声が飛び交っていた。


「大尉! 87番、ミッションスタートしました」

「コネクターは?」

「コンタクト! マインドパスもオープンしましたが、まだ受刑者は言葉が話せないのでコントロールは難しそうです。それにコネクターは余命が少ないようなのでちょっと心配ですけど」

「仕方ないな。そういうストーリーらしいから」

「大佐殿は面白い作戦をお考えになりますね」

「いや、考えたのは大佐殿じゃないそうだ」

「え?じゃどなたですか?」

「何でもほら、25番のマインドデータにテラの古典が残ってて、そこに載っていたそうだ」

「へえ? テラで既に実行していたってことですか?」

「まあな、実行者はテラ星人じゃない。古典では衛星のルナ星人になってるようだが怪しい話だ」


 その時、噂のセンター長・ガスター大佐からの通話呼び出しアイコンが点滅した。


「はいっ、当直カコントウ大尉であります!」

「おう、カコントウ、始まったか? 軍病院ナース隊少尉のミッション」

「はい、たった今スタートしました。コネクターも大佐殿の作戦通りに確保しております!」

「そうか。今回はちょっとイレギュラーな点も多いから監視を厳重にせよ」

「はっ」

「それにな、今回は特別に作戦名をつける。少尉からプリンセスへ大出世だからな」

「はあ。それ位じゃないと気の毒ですよ。そもそもミスしたのは彼女の上司ですもんね」

「ま、仕方ない。処方を間違えた相手が悪すぎたよ。法廷でも解ってる。だからこのミッションなんだ」

「マインドカラーがずっとダイヤモンドイエローであることを願います、私も」

「ん。だから作戦名はな…」

「作戦名は…?」

「ミッション・カグヤだ。テラの古典から拝借した。プリンセスの名前なんだ。丁重に扱え」

「はっ! ミッション・カグヤ、全力で遂行します!」




 赤ん坊は老夫婦の家の居間で、バスタオルにくるまれてすやすや寝ていた。

「どうしような、この子」

「そりゃ育てるしかないでしょ。学校とかどうするかだけど、いざとなったらノゾミの家で養女にしてもらうしかないわねえ」


 老夫婦は都会に住む娘一家の事を思い浮かべた。そして寝顔を飽きもせず覗き込む。老妻が小さな小さな唇に指でそっと触れた。

「ノゾミの家だったらちょうどほら、アイリとサスケが喜んでお世話してくれそうよ。こんな可愛い小さな妹なんだもの。美人さんになるわよきっと。あら、夢でも見てるのかしらねえ」


 両手を上げて眠りながら、かぐや姫は上品に微笑んだ。

窓の外では満月の光が一段と強くなり、まるで銀の衣のように老夫婦の家を包んだ。


                             【完】

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