第16話 かぐや姫
あの日以来、奈々はご機嫌だ。そりゃそうだろ、相思相愛で美男美女の組み合わせ。奈々は模試の成績まで上がったという。まあ勝手にやってくれ。退屈な古典の授業中、アイリは机の下でシューズバックを膝で蹴ってウサを晴らしていた。その都度、『うわっ』やら『こらっ』やら、バクの声が聞こえるが、他の人には聞こえないのでアイリは安心して遊べる。
「おい、アイリ! 乱暴はいい加減によせ! 酔っちまう」
「あらあら、バクは搭乗員とか言ってなかった? それってパイロットでしょ? この位で酔ってちゃ仕事にならないんじゃないの?」
「うるさい、今の形は元とは違うんだ。今は繊細なんだよ。ナ・あ・バ・す…」
教壇では先生がこちらを睨んでいる。アイリは慌てて教科書を読むフリをした。先生は気を取り直して教科書を読み上げる。
「 『あやしがりて寄りて見るに、筒の中光たり。それを見れば、三寸ばかりなる人、いとうつくしうてゐたり』、えーと、ここでぇ、『あやしがりて』はどんな意味だぁ? 津田!」
アイリは慌てて教科書を眺める。『あやしがりて』なんてどこにある? あー判んないけど『あやしがりて』なんだから怪しいだろ。アイリは立ち上がった。
「えー、怪しいってことです。変な、とか妙な、とか」
「うん、まあそんなとこだな。簡単すぎたかな。要は、爺ちゃんが山で竹が光ってるのを見つけて、不思議に思って近づいてみたらーぁ…」
その瞬間、突然、机の下が騒がしくなった。
「近づくんじゃない!ヘルペス星人の新型爆破物かも知れんぞ!地上軍の処理班を呼べ!アイリ!そう言ってくれ!」
どうやら先生の話にバクが反応したらしい。軍人とか言ってたからこういう話には敏感なんだろう。
「バク、うるさいよ。お姫様が入ってるだけだから、爆弾じゃないから、心配しないで」
アイリは下を向いて囁く。
「ヒューマノイド型かも知れんぞ。敵味方識別装置を作動させろぉ!」
アイリは膝で盛大にシューズバックを蹴っ飛ばした。
「うぎゃ」
バクは静かになった。先生が続けている。
「竹の中にぃ、3寸、つまり、9センチ位の可愛い姫様がおったということだな。9センチだぞ。これが3ヶ月後には立派な大人になるってんだから、宇宙人って成長速いんだなあ。次の頁の2行目から、加藤、読んでみろ」
「はい、えー、『この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる。三月ばかりになるほどに、よきほどなる人になりぬれば、髪上げなどさうして。裳着す』」
「な、三ヶ月で、髪上げ、要は成人式だな。髪を結って大人の綺麗な着物を着せたってことだ」
今後はシューズバックからすすり泣く声が漏れてきた。ちょっと、バク…
「優しいのう。ヒューマノイド型爆破物かも知れんのに持ち帰って育てるとは…。ううっ。しかし親はどんなに心配だったろう、遠い星にテレポートされたに違いないんだ、小さな娘が。ううっ、何の罪で流されたんだ…」
バクは
ひゃあ、バクが食べるのって、架空の話の悲しみでもいいのか?
なんだよ、あたしが探す必要ないじゃん。アイリはシューズバックを指で弾いた。その途端、コホッ、ゲホッ、ヘックション!おぇ! シューズバックから下品なオッサン声が聞こえた。
はは、やっぱ架空じゃ駄目なんだ。お話の世界の中の悲しみなんて、幾らでも作れるもの。バクってバカみたい。
その夜、バクはアイリに聞いた。
「昼に聞いた話の続きを知りたいが判るか?テレポートされた姫の話」
「ああ、かぐや姫の話?」
アイリは教科書を引っ張り出してきた。ふうん、バクって意外に読書家なんだ。
「あの続きはね、かぐや姫が美しく成長して、その辺の噂になったから、いろんなお坊ちゃま達がかぐや姫にプロポーズしようとしたんだけど、反対に無理難題を出されちゃうのね。えーと、それで、でも誰も難題を解決出来ないのよ。そうしているうちに、かぐや姫が月に帰る日が来ちゃってね、月からお迎えが来て泣く泣く帰っちゃうって話よ、カンタンに言うと」
「なに?月に帰ってしまうのか? 月ってこの惑星の衛星だよな」
「んー、そう言う言い方はあまりしないけど、そうだね」
「そもそもなんで姫は竹筒に居ったのだ?」
「えー?知らないなあ。ちょっと待って」
アイリは教科書を斜め読みする。ああ、ここかなあ。えーっと、
「読んでみるね、授業みたいだけど…」
『かぐや姫は罪をつくりたまへりければ、かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり』
へえ、そうだったのか。
『罪の限りはてぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く。あたはぬことなり。はや返したてまつれ といふ』
あー、可哀想。
バクは考え込んだ。罪を
バクの目には涙が溢れてきた。バクは嗚咽を止めるべく大きく口を開けた。
その様子をアイリはじっと見ていた。ツボに嵌っちゃったのかな?
でも今度は咳き込まないなあ。不思議。
竹取物語が架空の話でない事に、アイリはまだ気づいていなかった。
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