カルタシス

善哉

第1話

世の中には説明し難い事もある。


「これは・・・」


アスファルトに寝転んだように倒れた男性に合わせた両手が、じっとりと湿り気を帯びる。


先に現場に着いていた中堅中西の声が聞こえた。


「ガイシャは片瀬竜之介29歳。恐喝など前科もある相当のワルだったようだが・・・酷いな」


うつ伏せの体は、シャツやズボンにも着衣も乱れはなく、左肩から斜めに下げられたウエストポーチも開封されてはいない。恐怖に慄いたように見開かれた瞳に反し、顔にも外傷は見受けられない。被害者の首が180度回っている以外には、だ。


「目撃者の話によると、急に叫び出したかと思ったら、首を変な方向に曲げ倒れ込んだそうだ。トラウマになりそうだと言ってたが、確かにそうだな」


俺の隣にいる2年先輩の瓜生は、言葉を失ったように、呆然と死体を見つめたままだ。元柔道部の部長なのだが、チキンハートで連敗していただけはある。


「瓜生くん、また気絶中ですか?おや、イチさん、どうしました?ゲロ袋持ってきましたか?」


遅れてやってきた山岸が、両手を擦り合わせながら聞いてきた。寝癖のついたボサボサ頭に無精髭をはやし、スーツはシワだらけだ。恐らく、酔っ払って寝坊し、現場に直行したのだろう。


「瓜生さんも俺も大丈夫ですよ、山岸さん。ベテランの見たてをお願いします」


山岸はクビを傾げながら死体を確認すると、口を開いた。


「類い稀なる自殺って事で終わらせよう」

「いや、あり得ないでしょ」


いつの間にか、しゃがんで山岸と一緒に被害者の様子を伺っていた中西が、すかさず口を挟んだ。


山岸は、はいはいと言わんばかりに俺に問いかけた。瓜生は、まだ隣で固まっている。


「じゃぁ、キャリアを目指すのイチさんの見立ては?」

「白々しい、さん付けは、やめて下さい」


そう聞かれても困る。


首をひねる為には、頭部に何かしらの痕跡が残るはずだが、被害者の頭部にそういった傷跡や、毛髪の乱れも見当たらない。


しかしながら、自殺にしては、斬新過ぎる。


白昼堂々と人通りの多い街角で自分の首を限界点過ぎるまで、グイッと曲げての自殺などあり得るのだろうか。


「一旦、自殺と殺人の両面で」

「一旦って何だよ?!」

「では、山岸さんは心から本当に自殺と思ってますか?経験少ないキャリアを目指す私が殺人と言ったら同意してくれますか?こんな自殺が出来ると思いますか?」

「イチ、山岸さん、真面目にやってよ」


呆れた顔をする中西を尻目に、お手上げだと言わんばかりに山岸は両手をあげる。


「今回はイチ君、君が課長報告担当者でいこう。な、中西」


立ち上がっり、ジャケットを整えながら、中西はどうぞと言わんばかりに頷いた。


自殺にしても殺人にしても、納得できる説明を考えなければならない。


「分かりま・・・お腹が痛い」


俺は腹部を抑え、トイレを探した。


連続殺人。類丸なるケースではあるが、そう考えたくなってしまう。


一人目は、繁華街のゲームセンターで死んだあの男。九山慎二。彼もまた、首が有り得ない方向を向いて死んだ男だ。




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