第6話GARDEN



いくらか時間は流れ、何度目かの実習の終わり、先生がとある爆弾発言をした。


「次回の授業で使いますから、大き目の笹の葉、バランもあれば持ってきてください。庭に生えているでしょうから」


すみません。アパート住まいの俺には庭なんてありません。


「笹は学生寮の近くにも生えていますから、そこから持ってきても構いません」


それ、そんなに大きくないから盛り付けには向かないでしょ。


バランは無理だろうけど、笹は山に入って採取してみるかな。でも、簡単に入れるあたりは人の手が入ってて定期的に刈られてるから小さいのしかないんだよな。


ワラビならそれでもいいんだけど。


「江波さん、どうしたんですか」


と、訊いてくれたのは赤木さん。


「いや、うちアパートでしょ。庭なんてないよって思ってさ」


「あー、それは仕方ないですね」


ふと気になって訊いてみる事にした。


「赤木さんとこはあるの」


「うち、庭に結構色々あるんで多分あると思いますよ。良ければ持って来ましょうか」


「それは助かるけど、大丈夫? 一網打尽にしたりとかそういうことにはならない? 」


人様のお宅の庭だから、こっちの都合で禿山にするわけにはいかないんだ。山じゃないけど。


「大丈夫ですよ。多分、全員分採ってきてもそんなことにはなりませんって」


「それならいいけどさ」


結局、赤木さんが色々手配してくれることになった。


とはいえ、それに完全に甘えるのもどうかと思うので、色々と対策を講じてみるとしよう。



























そんなわけで、事前に対策できるところは対策してしまおう。


「じゃ、行ってきまーす」


そろそろ暑くなるこの時期、俺は長袖のTシャツ、ジーンズ、ハイソックスにトレッキングシューズ、更には皮手袋を装備した状態で短大に続く山道から茂みに向かって突入していた。理由は当然、自生している笹やバランを探して、である。


ガードレール下にいいのがあるのは確認したが、斜度60を超えるような斜面での作業は流石に不可能だ。なので、今回目指すのは反対側の上、だ。下手を打つと私有地に入りそうなのでそのあたりには気をつけつつ、自生しているところを発見したら採取せずにそのまま撤収する。


実際に採取するのは実習当日がいい。


「自生してる笹はあっても、やっぱり小さいな。バランに至っては見当たらないし」


何より、この先まで進むと畑が見えるから、どなたかの私有地に踏み込みそうなのが目に見えている。


「潮時か」


国立公園クラスの山ならその辺に一杯生えてるんだけどな。特に笹は。


地元の山に親父と山菜採りに行ったときなんかは結構見たけど、こういう私有地と市有地が入り混じった土地では定期的に刈られてしまうみたいだ。


ガード下にしても俺の体を支えられるようなロープなんて持ってないし、この一回のために買うのもどうかと思う。


ただ、このときの俺は後々、たった一回の実習のためにとある物を買わされる羽目になることをまだ知らなかった。


「取り敢えず、ここを出よう。誰かに見られたら不審者扱いになるし、暗くなると危ない」


そう言って、藪をガサガサと音を立てながら入ってきた道路のところまで戻る。


「うひゃあっ」


出てきたところでたまたま歩いていた人に声をあげられてしまった。よく見ると同級生だった。


「影井さん、何してるの? 寮生でしょ。今の時間に外に出て問題ないの? 」


「何してるも何も、それこっちの台詞ですよ。急にそんなところから出てきてびっくりしたんですからね」


「それについては本当に申し訳ない。今度の実習のときのために笹やバランの自生地がないか探してたんだ」


理由を説明すると同級生、影井美緒さんは納得の表情を浮かべた。


「ああ、それでですか。それだったら先生に聞いたら笹は寮の近くに生えてるのから採ってきたらいいって言ってましたよ」


言われて、大学の敷地内にある女子寮と近くの茂みを思い出す。ああ、確かに生えてるな。


でも、だ。


「あれ、小さいよ」


「でっすよねー」


女子寮の近くのことを何故知っているのかといえば、そもそもその手前に体育館及び大講義室があるからだ。そうでもなきゃ女子寮なんて危険地帯に近付くわけがない。


「で、影井さんは何してたの? そろそろご飯の時間じゃなかったっけ」


このあたりの事情については少し長めに学校に残っていれば直ぐにわかるのだけど、寮内に食堂の類がないらしく、朝と夜は学食で提供してもらっているようだ。朝はともかく、夜は職員を帰す都合もあるからかそんなに時間は遅くない。


因みにこの女子寮、今年度一杯での閉鎖が決まっていて、影井さんを始めとした寮生は次年度には自宅から通うか、近隣で一人暮らしをするかの選択を迫られている。


閉鎖された女子寮は解体されて新しい校舎ができるのだそうだ。そして、新しい女子寮が俺のアパートの目の前に出来る。何れも俺たちが卒業した後に使用開始となる。


「ご飯はご飯なんですけど、ちょっと買い物があったので降りてたんです。行きはバスだったんですけど、帰りは時間が合わなかったので歩いてきました」


「ああ、成程ね。引き止めてたらそれこそご飯に遅れるね。俺も結論は出てるからそろそろ帰るから」


言って、自分が立っていた斜面から道路に向かって飛び降りる。


「わかりました」


「じゃ、また明日」


「はい。また明日です」


影井さんは小走りで大学の方へ向かっていった。


その姿は坂道を登りきって直ぐに見えなくなって、それを確認したあたりで俺も踵を返した。


「買い物くらいは行くかな、俺も」


今日は自転車でいいや。重いもの買う予定もないしな。



























買い物、と言っても何か買うわけじゃない。本題は下見だ。


やって来たのは近所にして市民の娯楽の中心地、ショッピングセンターセルリアンタワー。まずは食品売り場。季節のもの扱いで笹とかバランが盛り付け用の品として売られていないかを確認する。当然、ない。


なので、本命は生花コーナーだ。正直笹は怪しいかもしれないがバランかそれっぽいものはあるかもしれない。


でも、今回の笹がもう少し早い時期だったらちまき用の笹が普通に売られてたんだけどな。


「ああ、バランはあるのか」


でも、こいつが一番無駄に終わる可能性があるんだよな。


何せ赤木さんが存在を明確に宣言しているし、班が違うならまだしも同じだからな。融通してもらえないわけがない。


それに、だ。葉を一枚欲しいなんて買い方ができるわけないんだ。それはそれで間違いなく大量に無駄が出る。予め数名で申し合わせて買えばいいのかもしれないが、そもそも今回のこれは俺の独断だし、繰り返しになるが同じ班の赤木さんが準備する気でいる以上、金を出してまで準備するのは、という気になってしまう。


「笹だけ採取して、バランは素直に頼ろうか」


結局、こういう結論になるのだった。


で、ある意味で目的は達成したわけなので、残り時間はフリーになったわけだ。


「百均行って保存瓶追加するか」


2階のテナントの百円ショップに行って小物類でも物色するとしよう。本屋もあるからついでに寄ろう。


因みに、保存瓶を買うのには理由がある。


俺自身、部隊にいた頃からコーヒーが好きでよく飲みに行っていたのだが、営内を脱出してからならば自分で淹れるというのが選択肢に入るようになった。


さらに、Y市にいた頃に教えてもらった店が近くにあるし、そこが豆を卸している店も更に近くにあるのだ。で、そこからは勢いだった。


まず、手回し式のコーヒーミルを買った。ドリッパーは当然買った。エアロプレスを通販で購入した。


ここまですると、今度は同時に複数の豆が欲しくなってくる。そいつの保管用に瓶が必要になってくるのだ。最近じゃ冷蔵庫にホワイトボードを貼り付けて、瓶に書いた番号と中の豆の対照表まで作ってしまった。


俺が何処に向かおうとしているのか、自分でもわかっていない。


そして、瓶の追加購入をしようとしているということは、まだ豆を増やすつもりだということだ。


我ながら何を考えてやがる。


結局、瓶を2つ買って、本屋で好きな作家の新刊を見かけたので購入して帰った。


バランとか笹についてはまた赤木さんに確認しよう。本当に甘えていいのかって。





































* * * * * * *



後書に相当するもの



サブタイトル:日本のロックデュオだったSpiralLife(スライラルライフ)の楽曲。前回扱ったスクーデリアエレクトロのメンバー、石田ショーキチが参加していた。庭から笹とバランを持ってこい、と言われたことに起因する。メンバー二人の音楽性の違いから解散となったが、その分、その楽曲はバラエティ豊かである。解散したのが残念でならない。

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