第5話My pray

初めての調理実習がやってきた。


正確には調理学実習なんだけど。


4人で構成される班で基本的に複数品仕上げていくというスタンスの実習だ。最初、ということと今まで包丁を持ったこともないような子も入学するということで最初は野菜の切り方、剥き方から始まる。


「では、見本を見せますね」


と、先生が一番前でデモンストレーションを見せてくれる。


個人的にはかつら剥きが苦手だった。昔大根の皮ではなくて自分の皮を剥いていたことがある。当然、痛かった。それ以来、薄さを追い求めたかつら剥きが出来なくなった。


人に言わせれば、そうやって覚えていくのだ、と言うが、結構ざっくりやってしまったからちょっとしたトラウマになってしまっている。


飾り切りもやった。胡瓜を蛇腹にしてみたりして、調理師専門校の頃を思い出して懐かしい気持ちになっていた。


「うわ、よく剥けますね」


実際に剥き始めてから学籍番号1番の青山さんが俺のかつら剥きを見て言った。青山さんは細身で、陸上でもやってそうな体型だった。


「でも、かなり厚くなってるからかつら剥きとしては失敗だよ」


「これで? 」


「これで」


糧食でもわざわざかつら剥きなんてしなかったからな。時間かかるからさっさとピーラーで剥いてた。駐屯地全員分の飯を出さなきゃいけないんだからスピード勝負だったし。そんなときに出来るからって理由でそんなに速くもないかつら剥きなんて披露できるわけがない。


「昔これで自分の皮を剥いちゃってね。それ以来薄く剥くのが怖くなってしまってさ」


「え、痛そうですね」


と言ったのは赤木さん。こちらは背は低めで体型は少々太め。


「痛かったよ。ただ、上手い人に言わせればこれの繰り返しで上手くなるんだって」


「えー。でも、痛いのは嫌ですね」


因みにこの赤木さん、この数ヵ月後に包丁で少々痛い目を見てしまうことになる。


「でも、手際いいですよね」


こちらは安達さん。実は入学式で踵を踏んでしまったのはこの方だったりする。で、俺と同じ社会人学生で、実は当学科における最年長者だった。入学した理由は勤めていた会社が潰れてしまい、就職活動とか今後を決めようとしたときに目に入り、受けてみたのだとか。


「私はずっと実家だったのであまり料理とかしてなくて。今も結構ドキドキしてます」


と言う割には手つきは悪くないと思う。そつなく大根を剥き、切っているように思うのだけど。


「そんなことないと思いますよ。ね、青山さん」


すかさず赤木さんによるフォローが入る。


「そーですよ」


青山さん、フォローが雑。そう思ってないのがバレバレだよ。


「まぁ、こうして練習させてもらえるわけですから、これから上達していけばいいと思いますよ」


こちらからもフォローをいれておこう。ただ、これってただの問題先送りなんだよな。


でも、練習して上達すればいいというのはある種の真理だ。俺もかつら剥きが苦手だし、ちゃんと練習しよう。手には気をつけて。



























この日の実習は大根を切るだけで全て終わった。後は切った大根をどう処理するか、だ。


俺は当然持って帰る。大きく切った奴は煮るし、薄いやつとかはサラダとか味噌汁にする。


「わたし実家なんで、江波さん要りませんか? 」


「あ、私もです」


と言ったのは赤木さんと安達さん。


「いいんですか? 」


「はい」


貰えるのならありがたく。


「うちのもどうぞ。どうせ食べないんで」


青山さんも渡してくる。君、独り暮らしって言ってなかったかな。


まぁ、くれるって言うんなら貰っておくけど。


「わかりました。ありがとうございます」


そんなわけで、大根三昧が確定いたしました。班全員分だから一本分あるんだよな。これは食いでがあるぞ。


ただ、最初の時点で葉が除かれていたのが惜しい。あれば家で菜飯にしたのに。


「では本日の実習は終了です。1班の皆さんは次回実習の発注がありますので、授業終了後に助手の部屋まで来てください」


1班というのは俺達の班だ。で、発注とはそのまんまで、次回の実習で使用する食材を注文するということだった。栄養士が現場でする業務の中にあることなので、こうして経験させてもらえるらしい。


とはいえ、既に決まっている物の必要数を算出し、所定の業者に発注書をファックスするだけとのこと。ただ、一部の場合は支払いに行くところまで含むそうだ。


市内の業者だろうし、車もあるし、一人暮らしで制約もないから行くんなら俺が行った方が後腐れがないんだろうな。


え、青山さん?


彼女、バイト三昧で忙しいんだって。アパートの冷蔵庫にマヨネーズしか入ってないらしいし。


そんなわけで午後の授業を経て発注の時がやってきた。


持参したのは筆記用具と教科書として購入した食品成分表。


実習の献立表にはあくまで必要量だけが書かれているので、野菜における皮や蔕のような捨てる部分については触れられていない。つまり、単純に一人50グラムだから44人と先生の分を含めて50人分程度発注します。だから50倍です、では足りなくなるのだ。


そこで登場するのが食品成分表。これには、食品の『廃棄率』というものが書かれている。つまり、皮を捨てた、蔕を除いた、などをした場合、それがどれくらいなのかを百分率で現してくれている。


なので、総量を算出するために、必要量プラス廃棄量を求める必要があるのだ。ただ、購入する物品が魚で、それが切り身であった場合はこの限りではない。廃棄する部位がないので。


因みに個人的にびっくりしたのが、ブロッコリーの廃棄率が50パーセントだったことだ。ようは、茎は全て捨てる、ということだった。茎とかスライスして茹でてサラダに入れたり、スープに入れても美味しいんだけどな。


そんな感じで発注は無事終了し、計算する際に使用した献立については翌週の実習で使用するので忘れずに持ち帰り、当日持参するように言われたが、俺はそれをすっかり忘れてしまった。


成分表に挟み込んで、そのまま記憶の海の底に沈めてしまったのだ。情けない限りだった。で、それで先生と喧嘩になるし。失敗失敗。


「さて、今日は帰りますかね」


一人呟いて鞄を背負い、歩き始める。


行きは登りでしんどいけど、帰りは下りで楽といえば楽だ。体にかかる負担としては落下の衝撃的な部分でこっちのほうが危ないらしいけど。


帰ったらご飯の準備して、時間が来るまでは何かゲームでもしてようかな。


そんなことを思いながら階段を下りると一人の男性の姿が目に入った。


入学式の日にどなたかの保護者かと間違えてしまった方だ。実のところ、俺の一つ年上であるにも関わらず一般入試で入ったという山野康生やまのこうせいさんだった。年は近いし趣味も色々被るわで直ぐに仲良くなった人だった。


ただ、この日と結構多忙で別講座で図書館司書も受講されている上に、生活費をアルバイトで賄っているのだそうだ。その所為か、授業中によく眠っている。流石に起こしはするけど、もうちょっと頑張って、とも言いたくなる。


今日はこれからバスに乗って帰るようだ。


向こうもこちらに気付いたようなので軽く会釈だけして見送る。俺は歩くんだ。


ポケットに突っ込んでいたミュージックプレイヤーを操作し、気分は、Scudelia ElectroでFLAMINGOの気分だな。


楽しく帰ろう。


そういえば、そろそろ喫茶店探したいな。自家焙煎コーヒーの店で1時間くらい落ち着いて本が読める店に行きたい。


今日は駄目だけど、週末に探しに行こうか。


それと、パソコンにオフィスを入れよう。レポートとかパソコンで作れるようにしよう。


何せ、今まではテキスト打ち込みたいとか、DVD見たいくらいで、オフィスは入れてなかったし、近しいところでフリーソフトが入ってたくらいだから。これを機に純正のソフトを入れたいな。


聞くところによるとアカデミックパックなる学生か学校職員しか買えないお得なセットがあるらしいし。取り敢えずは色々見に行くとしよう。























* * * * * * *



後書に相当するもの



サブタイトル:日本のバンド、音楽制作集団だったScudelia ElectroのアルバムFLAMINGOに収録されている一曲。雰囲気は明るめで、実習を楽しんでいることを示している。解散したのが残念でならない。アニオタ的にわかりやすく紹介すると王ドロボウJingの主題歌、劇伴全てを担当していた。演劇的には劇団キャラメルボックスの楽曲も担当していた。


個人的には大好きなユニットだったので解散していたことが残念でならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る