「聞いてくれない大人たち」

「バスから入り込んできた巨大な白い腕は、

 彼と一匹の犬を連れて上空へと逃げて行きました。

 その時、ほんのわずかなあいだですが、

 砂の雨のあいだから雲に浮かぶ塔のような建物が見えたのです。

 俺はそこへと向かうジョン太の姿をはっきりと見ました。」


真剣な表情で周囲の大人に話すヨシロー。


「俺はそのあと、あの塔が何なのか、手がかりはないかと思い、

 施設の図書館で調べた結果、『宇宙と空間の島』の存在を知りました。

 人の存在しない人工島。かつて天才イデア博士が宇宙開発のために設計し、

 事故のために人が住まなくなってしまった廃墟はいきょの島。

 …そこに、ジョン太は連れていかれたと俺は確信したんです。」


ですが、『理事長』と書かれた名札を見せ付ける黒手袋の老人は、

うっとうしそうに手を振るとヨシローに向かってこう続けました。


「…だが、彼が戻ってきた以上、

 島について調べる必要もなくなったわけだ。

 何があったかについては彼から直接に話を聞けばいいし、

 必要なら彼の家族に被害者としてお金を渡すことも考えよう。」


「お金の問題じゃあ…」と反論しようとするヨシロー。


そこに『警察署所長けいさつしょしょちょう』と名札の置かれた男性が、

「そうそう」とすかさず口を挟みます。


「被害者が無傷で戻ったのならそれに越したことはない。我々警察も、

 この島から以前から砂が湧き出して近づけない状況は理解できているし、

 付近の住人には生活に困らないだけの資金援助も出している。

 …それの何がご不満かね?」


その隣に座る『顧問弁護士こもんべんごし』と名札の付いた

若い女性もそれに続きます。


「…そもそも、この事件の発端ほったんが、

 島にいる人間の仕業かどうかも定かではないでしょう?

 原因がどこにあるのか探る理由がなくなった以上、

 ここで話をすること自体に意味がないのでは?」


「そうは思いませんか、皆さん?」と言いながら、

立ち上がって大げさにうなずいて見せる女性。


それに合わせたかのように

ウンウンと同じ顔でうなずく大人達。


ヨシローはその様子に愕然がくぜんとします。


「それが青少年学習機構の、

 …いや、市長や警察や教育施設の出した結論ですか?

 何の対策もせずに、このまま見過ごすつもりなんですか?」


シンと静まり返る部屋。


ですが、ジョン太にとって、

彼らの話はチンプンカンプンです。


自分のことについて言っているのは何となくわかりますが、

どうやらその話の裏にもいろいろあるようで、

とりあえず全員の「結論を出すのはまた今度にしようや」

というフンイキだけは感じ取れます。


ついで、彼の話を受けてのことか、

『理事長』と書かれた名札の老人が立ち上がり、

高そうな靴音をひびかせながらヨシローの元へと歩いてきました。


「…まあ、若いうちは色々とコトを急いでしまいがちだ。

 聞けばヨシローくんは天文学者を目指しているそうだね。

 どうだね?大人の事情はさておいて自分の事をまず考えるのは。

 ここには勉学の基礎きそがそろっている…頭の良い君のことだ。

 まず学ぶことを自分の中心としてみるのも悪くはないと思うがね?」


そう言って、子供に言い聞かせるように、

ヨシローの頭に手を置こうとする理事長。


そこに赤いフチ取りをしたメガネ姿の女性が歩みより、

スッとヨシローを理事長から引きはなします。


「…申し訳ありません、サカモト理事長。

 彼はここに来たときに他のバスで来た子たちと同じく

 健康診断を受けさせる予定だったのですが、

 行方不明の子の件でうやむやになっていまして…

 話も終わったようなので退席させていただいても

 よろしいでしょうか?」


女性の言葉に手袋に包まれた手を宙に浮かせ、

目を白黒とさせる、サカモト理事長。


「ん?ああ、そうだったか…医務官のクロサキくん。

 まあ、確かに健康診断はまだだったかもしれないが…」


しかし、理事長の返事を待たずに女性は歩き出すと、

ジョン太も来るようにと手招きします。


「では、この子たちの施設内の見学も兼ねていますので。

 失礼させていただきます。」


「え、ちょっと、クロサキくん…?」


そうして、クロサキと呼ばれた女性は

ハイヒールの靴音高くジョン太とヨシローを連れて行き、

理事長たちの残る広い講義室を後にしたのでした…

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