「となりの温室」

 …それから数分後。


 歯車の埋もれた上階部屋に続く長いハシゴを見上げたジョン太は、人気のない通路へと目を向けました。


 壁を伝う古びたパイプはうす暗い通路にどこまでも続き、あちらこちらの角に砂がたまっている様子がうかがえます。


 何の印か、床には平行な二本の直線も見られましたが、そこにどのような意味があるのかジョン太にはわかりませんでした。


「うう、パトリシアはどこにいるんだろう」


 パイプの伝う通路はうすら寒く、半袖のジョン太は寒さに身を震わせます。


「寒い。あっちの部屋は暖かいのかなあ?」


 …通路の左側にあるガラスの先。


 その先は温室になっているようでトマトやレタスやマンゴーやバナナの木など色とりどりの野菜や果物がなっているのが見えます。


「おいしそう…でも、あの向こうに、僕は行くことができないんだよなぁ」


 マッチ売りの少女のようなことを言って、白いため息をつくジョン太。


 近づいたガラスにジョン太の顔が映り込むと「エラー」と「×」の文字が大量に浮かび、天井のスピーカーから音声が流れます。


『登録されていません。至急、エリア3に向かい認証手続きを行ってください』


「どこだよ、そこ」


 音声案内にツッコミを入れつつ、ジョン太は周囲を見渡しますが、見取り図はないようで、どこにどういけば良いか、まるで見当もつきません。


「うーん、あんまりお腹が空いたのならおじいさんのサンドイッチがあるけど…泡の妖精にお願いすれば、ご飯ぐらいは出してもらえるかもしれないしなぁ」


 チラリと小脇に抱えていたボトルに目をやるジョン太ですが、残り100回と言われたことを思い出すと、すぐに首をふって歩き出します。


「ダメダメ。ご飯を出してもらったら残りの回数が減っちゃう。この先パトリシアも無事に見つけられるかもわからないし、ちゃんと節約しておかないと」


 もっともらしい理由をつけてその場を離れるジョン太ですが、その口からは「100回分で40億、100回分で40億クレジット」と、本音がだだ漏れになっています。


 でも、そんなことをつぶやいてもお腹が満たされるわけもなくジョン太は空腹を抱えながらひたすらペタペタと通路を歩いて行きます…すると、5分もしないうちに薄暗い通路の向こうから透明な箱がやってくるのが見えました。


 それは小型のエレベータ。

 床に描かれた二本線の上を滑るように走ってきます。


 ついで、エレベータはジョン太の前まで来ると停車し、ドアを開けました。


『ザザ…乗っていかれますか?』


 中から聞こえるのはノイズ混じりの機械の声。


 ジョン太は「こんなものがあるのなら通路なんか歩かなくてもいいじゃん」と喜び勇み、ノイズの声に疑う様子もなく、いそいそと箱の中に乗り込みます。


「じゃ、お願いします」


 すると、音声。


『どちらに行かれますか?』


 ジョン太はどこへ行こうかと迷ったあげく。


「犬を探しているんだけど、ついでに食べ物があるところにも行きたいな」


 と、ひどくあいまいなお願いをしてみます。

 …すると、音声はしばらく黙ってからこう言いました。


『犬は検索中ですが食堂はEエリアにございます。まずは認証をさせてください』


 そして、エレベータに映るジョン太の顔に大量の「×」マークがつきます。


『残念ですが、あなたは登録されていません。至急、エリア3に向かいますので登録手続きを行ってください』


 …何だか、先ほども聞いたようなセリフ。


 ついでガシャンとガラスのドアが閉じてしまい、エレベータは勝手に先へ先へと進んでいってしまいました。


「え、ちょっと、困るよ。お腹が空いているだけなのに」


 ジョン太は慌てて外に出ようとしますが、ガラスのドアはびくともしません。


『至急、エリア3に向かいます、登録手続きを行ってください』


 同じ言葉しか繰り返さない音声に「そんなー」と叫ぶジョン太。

 そしてエレベータは、うす暗い通路の奥へ奥へと進んで行くのでした…

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